記事

トランプ旋風が生み出す尖閣戦争の危機 - 高橋一也

「トランプ“大統領”誕生は日本にとっての悪夢」とまで語られる米国大統領選挙でのトランプ旋風。この「悪夢」の本質とは何であろうか。

 それは、日米関係の骨幹である日米同盟についての無理解だろう。トランプ氏の「安保タダ乗り」「核武装容認」「在日米軍撤退」などの発言は、これを如実に表している。

 アジアにおける米国のプレゼンスを支える日米同盟について、トランプ氏はなぜ、ここまで無理解な発言を続けるのか。日米同盟が米国のアジア・太平洋地域における経済的繁栄の最重要インフラであることは常識であり、日米同盟なしに米国の対中国政策もありえないのだがーー。

「冷戦思考」が支えるトランプの対日政策

 防衛省のある研究員は、こうしたトランプ氏の対日政策には、「冷戦思考」の軍事顧問が影響を与えていると指摘する。

 「トランプ氏の安全保障ブレインは、元海軍少将のチャールズ・クービック氏と現役陸軍少将のバート・ミズサワ氏であるといわれます。

 クービック氏は、オバマ政権でリビアとの平和交渉を非公式に担当した、自称中東通です。彼は、イラク戦争に海兵隊の工兵部隊として従軍したとの触れ込みですが、実際には常駐経験はなく、月に数回程度、それも税金対策としてイラクを訪れていたにすぎません。

 一方でミズサワ氏は、アフガニスタンや上院軍事委員会で勤務したこともあるため、米国の軍事戦略には通暁しており、ブレインの中ではまともな方だと思います。彼は名前から分かるとおり日系人ですが、日本勤務の経験はなく、子供の頃に空軍軍人だった父とともに、三沢基地に短期間住んだことがあるだけです。

 そんな彼らに共通するのは、中東重視です。アジアや中国問題に疎く、中東やロシアを重視する冷戦思考が彼ら戦略思想の根底にあります。また、米軍には、実戦ばかりで損な役回りの中東派と、実戦はないのに優遇されている太平洋派の間で、感情的なしこりもあります。

 このような戦略思想や感情的なしこりを持つ彼らの考えが、トランプ氏の対日政策に影響を与えているのは間違いないでしょう」(防衛省の研究員)

 ちなみに、トランプ氏のブレインの能力不足については、すでに米国で問題視されている。3月に5人の政策アドバイザーが発表され際には、「グーグルでもヒットしない者たち」と話題になったほどだ。

 では、日本に理解がなく、能力もないブレインに影響されたトランプ氏の対日政策は、どのような影響を与えていくのだろうか? 戦略国際問題研究所(CSIS)でアジア地域の外交・安全保障を研究するザック・クーパー氏は、「同盟関係に変化はない」と指摘する。

 「米国の強さは、数十年にわたって、共通の価値観を根底とした世界的な同盟の要となってきました。なかでも日米関係は安全保障、経済、文化の面で、米国の同盟関係の強さの源です。トランプ氏が日本や他の同盟国を傷つける発言をしても、米国における同盟についての価値観に変化はなく、同盟は今後も続くでしょう」(クーパー氏)

 クーパー氏の発言は、プロの外交官や専門官の意見と共通する。だが、この種の意見には、希望的観測と長い時間をかけて築き上げてきた日米関係を覆させないという自負心が背景にあり、当然、日本へのリップサービスも込められているとみるべきだろう。

 だが、今年3月にトランプ氏不支持を表明する共和党関係者の署名を報じて話題になった、ニュースサイト「War on the Rocks」のライアン・エバンス編集長は、トランプ氏の利己的な性格が与える影響を懸念する。

 「トランプ氏は、米国が掲げている重要な理念であるグローバルコモンズへのアクセスと商業の自由を可能とする国際秩序を守ることについて、理解していないし、理解しようともしていません。

 この理念によって最も恩恵を受けているのは米国であるにもかかわらず、トランプ氏は国家の利益について考えておらず、自己の利益を優先し、自分の会社との敵対関係しか頭にないのです」(エバンス編集長)

 このようなトランプ氏が唱える孤立主義的な外交・安全保障政策については、氏が属する共和党においてでさえ、懸念を示す向きが多いことは周知の通り。

 というのも、これまでの共和党は、前回の大統領選挙でオバマ大統領に敗れたマケイン上院議員がアジア重視を鮮明にして、アジア・太平洋地域の海軍力強化に努めており、米軍のアジアへのコミットを強く支持してきた。それを覆すような発言を続けるトランプ氏は、共和党にとって、票が集まる人気者であると同時に、厄介者でもあるのだ。

米国不在が生み出す中国の危険な挑戦

 しかし、ここにきてトランプ氏の大統領就任の可能性に戦々恐々とする米国で、日本は「普通の国」に生まれ変わるべきとの意見も出てきている。知日家として知られる世界戦略トランスフォーメーション研究所所長のポール・ギアラ氏も、そんな日本の再生をと唱える一人だ。

 「トランプ氏の対日政策は、日本が非対称的な同盟関係を再考する機会となるでしょう。これは、日本のいびつな平和主義の終わりを意味するという点で、重要です。

 実際、日本は少しずつではありますが、いわゆる『普通の国』として軍事力を持つことにより、新しい安全保障政策を打ち出し、“米国に使われる立場”から“経済的パートナー”へと変わりつつあります。

 これは、日本が最前線国家として、中国と北朝鮮との摩擦に直面しており、ロシアやイラン、イスラム過激派に対しても、責任ある国家として対応しなくてはならなくなってきた。そのため、結果的に米国との関係性にも変化が現れ始めているのです」(ギアラ氏)

 ギアラ氏は、インタビューに際して「トランプ支持者ではない」と断った上で、日本がこれまでの日米同盟を見直す時期にきていると強調している。図らずも、トランプ氏の無理解な対日政策がトリガーとなり、日本が親離れする形での日米関係の見直し論が浮上しているのだ。

 しかし、中国との間でスプラトリー(中国名:南沙)諸島の領有権問題を抱えるフィリピンの大統領政策担当スタッフであるアレハ・バーセロン氏は、「日米関係の見直しはアジア諸国に悪影響を与える」と懸念を示す。

 「トランプ氏が大統領になれば、危険なシナリオを招く可能性があります。それは、アジアにおける米国のプレゼンス不在による、中国の覇権的行動の拡大です。

 トランプ氏は、これまで日本やフィリピン、ASEAN諸国が築き上げてきた、アジアの平和と安定にほとんど興味がありません。彼が大統領に就任するということは、アジア諸国に対する米国の関与を著しく損なわせるとともに、それら諸国との安全保障条約を一方的に破棄するという、最悪の事態を招く可能性があります。

 これまでアジア諸国の後ろ盾であった米国のプレゼンスが弱まれば、中国はその脅威を気にかけることなく、覇権的行動を強めることができるのです」(バーセロン氏)

 中国が6月9日にフィリゲート艦1隻を尖閣諸島の接続海域に侵入させたことに続けて、中国戦闘機が空自戦闘機に空中戦を仕掛けたと報じられたこと(6月30日付産経新聞http://www.sankei.com/world/news/160629/wor1606290008-n1.html)は、記憶に新しい。中国がこのように軍事的挑発を強めている背景には、トランプ氏の対日政策が、米国からの“誤ったメッセージ”として受けとられている可能性が考えられる。

 中国による南シナ海の領有化や北朝鮮による核・ミサイル開発にみられるように、アジアは世界で唯一残された、国家間における戦争の危機を内在する地域だ。過去にも、朝鮮戦争やイラクのクエート侵攻やなどは、「米国はアジアに関与しない」と受け取れる、“誤ったメッセージ”が発端となり起こったことであることを忘れてはならないだろう。

 日本政府には、米国大統領選の推移を見守るだけはなく、米国の主要な同盟国として、従来に増して日米同盟の重要性を国内外に発信し、アジア地域の平和と安定を維持するために、“誤ったメッセージ”を払拭していく努力が求められる。このような積極的な関与こそが、新たな日米関係に求められる姿ではないであろうか。

あわせて読みたい

「ドナルド・トランプ」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。