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ゲーム理論で楽しく学べる「戦争と平和」

著者 イェール大学名誉教授・内閣官房参与 浜田宏一 構成=久保田正志 図版作成=大橋昭一

自分の都合だけ考えて行動しても結果は得られない

最初にお断りしておくと、私は経済問題に限ってだけの内閣官房参与であり、以下の話は、100%私個人の見解である。

私はゲーム理論をしばしば利用する経済学者である。ゲーム理論は人間社会を科学的に理解することを目的として生まれた学問であり、本来は政治を含めた社会の多くの分野で活用されるべきものだ。

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イェール大学名誉教授・内閣官房参与 浜田宏一氏

ところが、現実社会で活用が進んでいるのは主に経済の分野で、実際に政治に関わる人たちはゲーム理論に理解がない。先日、米国の外交問題評議会に呼ばれたので、「ゲーム理論と外交の関係についてお話ししましょう」と提案したところ、「ゲーム理論という言葉を口にした途端、誰も聞いてくれなくなります」と、瞬時に却下されてしまった。

米国では大学の政治学課程でゲーム理論は教えられているが、数学的で難解だと受け取られている。複雑な理論追求に没頭するゲーム理論の専門家に罪がないわけではないが、本場である米国の政治の専門家ですら、アレルギーを持っている。

そこで、ゲーム理論を国内外の現実に引き寄せて簡単に解説しよう。

ゲーム理論では、社会を構成する人間や、企業・国家といった集団を、ルールに従って行動するプレーヤーとみなす。プレーヤーは様々な局面で互いに競い合っているが、一方で互いに協力もできる存在である。

完全競争状態を想定する古典的な経済学では、市場のプレーヤーは互いに影響を与えないものと仮定されている。しかしゲーム理論では、複数のプレーヤーそれぞれがお互いに影響を与え合うものと考える。

私が専門とする金融政策の世界でも、ある国が金融緩和を行えば、変動制の世界ではその国の為替レートが下落し、貿易相手国にとっさには悪影響を与える(昨今の議論で往々に理解されていないか、無視されているのは、米国の金融緩和からの出口での利上げが、実はドルと変動制をとる欧州や日本には、反対に拡張的な影響をもたらすということである)。こうして見ると、金融政策を行っている諸国は、まるで将棋や囲碁を戦わせているように、相手の着手によって自分の着手を調節しているのである。

日本銀行のゼロ金利政策の決定にしても、世界市場全体の悲観ムードに日銀が対処したわけだが、これに対して、たとえば欧州中央銀行がどう応じるか、という相互関係で考えるのがゲーム理論的な考え方である。

ゲーム理論の創始者フォン・ノイマンは、「人間社会は競争と協力のバランスで成り立っている」と考え、「他の相手の出方を見ずに、自分の都合だけを考えて行動しても、思うような結果は得られない」という。複数のプレーヤーが互いに競争と協力の関係を持っている点では、国際政治も同じ。各国政府は、自国の利益を最大化することを目的として外交戦略を立てる。ゲーム理論を応用しやすい領域である。

長期的にはタカ派のほうが国際平和に貢献

ここで、軍拡を例にとって、ゲーム理論的に考察してみよう。

隣り合う二国が、お互いに対抗しようと、軍備の増強を続けている。

それぞれの国の選択肢は二つ。第一は、相手を信用して軍拡をやめること。第二は、相手を信用せずに軍拡を続けることである。

もし両国が、共に相手を信用して軍拡をやめれば、両国とも軍事費を節約でき、かつ地域の平和も保たれる。これは双方にとってベストの解(協力解)である。

もしどちらか一国が軍拡をやめ、もう一国が軍拡を続けたとすれば、軍拡をやめた国は軍事費を節約できるが、相手国との間に軍事力で大差がつく。ここで相手が戦争を仕掛けてきたら、軍拡をやめた国には悲惨な結果が待っている。もし両国が共に軍拡を続けたとすれば、両国とも増加する一方の軍事費の負担に苦しむだけでなく、二国間の緊張が続く。

このようなケースでは、一方だけが軍拡を放棄して戦争が起きた場合の代償が大きいため、「両国が共に軍拡をやめない」という選択に向かう可能性が高くなる。

このようなゲームの利害構造は、「囚人のジレンマ」というシナリオとともに知られており、当連載(http://president.jp/articles/-/17287)でも紹介した。2人の共犯者がいて、別々の部屋で尋問されている。2人がどちらも黙秘(協調)すれば、双方が軽い罪を受ける。1人が黙秘し1人が密告(裏切り)すれば、黙秘した囚人は重い罪を受け、密告した囚人は罪を許される。結局、両者とも相手を裏切ってしまう可能性が強い(図1)。

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図1「囚人のジレンマ」

米ソの冷戦も、そうした経緯を辿った。ところが1980年代半ばに状況が一転した。旧ソ連の新しい指導者ゴルバチョフ書記長とレーガン米大統領(いずれも当時)が、互いに軍拡を停止することに合意したのである。両者の仲介を行ったのは「鉄の女」サッチャー英首相であったという。

一方の行動を、信頼のないところから信頼に基づくものにするような戦略を、ゲーム理論では「トリガー戦略」と呼ぶが、それはどうすれば形成が可能となるのだろうか。

ゲームには、プレーヤーが行動を1回選択しただけで終了する1段階のゲームと、繰り返し選択がなされる多段階のゲームがある。現実の社会では、多くの場合繰り返しゲームが行われている。

米国ミシガン大学の政治学者ロバート・アクセルロッドは、ゲーム理論学者、社会科学者などを集めて80年にコンピュータ・プログラムを用いて、「囚人のジレンマ」を、総当たりで繰り返し戦わせるコンテストを行った。

いつも相手の言うことに従っているプレーヤーが、不利な状態になることは明らかであろう。しかし、いつも強硬に協力を拒むプレーヤーも、相手との協調の利益が得られないので長期的にはうまくいかない。

このコンテストで優勝したのが、心理学者アナトール・ラポポートによる、「しっぺ返し(Tit for Tat)」戦略を採るプログラムだった(図2)。

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図2 囚人A「しっぺ返し戦略」の一例

同戦略では、最初の対戦では「協調」を選択する。2回目以降は前回の相手の行動と同じ行動を採る。つまり相手が前回、協調してきたならこちらも今回は協調し、相手が裏切ったなら同じく裏切るものとする。

相手が協力的なら、もとより協力してまずはフレンドリーに接するが、相手が戦いを仕掛けてくるようなら、タカ派に変身してガツンと叩く。相手が協調しないならば、その代償は大きいぞということを示して、相手を好むと好まざるとにかかわらず協調行動に導こうとする戦略が功を奏するのである。相手の心根を変えて信頼関係を築くのではなく、当方を信頼しないと困ったことになるぞと協力を必然化させるのである。

タカ派の政治家のほうが、長期的にはかえって国際平和に貢献するという事実には、このような理論的裏付けもありうる。安倍首相のぶれない姿勢が、逆に各国首脳の態度を軟化させるように見えるのも、このような事情によるのかもしれない。

ゲーム理論の想定とは異なる日本国憲法前文

第二次大戦後の日本は、平和憲法を掲げるとともに、米国の庇護下に入ることによって、軍備にかける国費を最小化し、経済復興を優先する戦略を採った。いわゆる吉田ドクトリンである。この戦略は戦後の日本の高度成長を大いに助けた。

このとき、米国は共産主義陣営に対抗すべく、同盟国である日本の軍事力増強を望んでいた。しかし吉田茂をはじめとする戦後の日本の歴代政権は、平和憲法を盾にその要求に応えようとしなかった。その意味で平和憲法と日米安保条約は、戦後の日本の高度経済成長をもたらした車の両輪といえる。

政治の世界では昨年、安保法案の合憲性が問題となった。安保法案を巡る憲法論争は、ゲーム理論を専門とする立場から見ると、違憲とする側はあまりにも理屈だけの形式論理に終始していたと感じる。

国際社会での外交、防衛の目的は、国民の現在、将来にかけての安全な生活を守ることにある。憲法の条文の論理整合性を守るためではない。

日本国憲法は、その前文において、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と宣言している。こうした認識は、「各国は、自らの利益の最大化を追求する」というゲーム理論の想定、あるいは国際政治の基本原則と異なる。

現実の世界を見れば、北朝鮮の例を出すまでもなく、南沙諸島の一部を埋め立てて空港を建設した中国にしても、ウクライナに干渉してクリミア半島を自国に編入したロシアにしても、まず自国の利益を追求している。そうした現実を無視して、「非武装で、しかも他国と軍事同盟も結ばない」という戦略を採るとしたら、それは日本国民にとって、極めて危険な状況を招きうる。

戦後、日本人は勤勉に働き、世界的に見ても豊かな、そして品格のある社会を築き上げた。他国も聖人君子の国ばかりではないから、日本に手を出したいと思わないとは限らない。その国の平和を守るために、日本は相応の抑止力を備えなければならない。それには多大な財政負担を伴うので、日本単独では困難だ。そこに安保条約の存在理由がある。

憲法改正論で一番危険なのは、日本の一部にあるように、安全保障体制の強化だけでなく、政治に民意を反映させる民主主義や、国民の基本的人権を認めるシステムを変えるという動きである。イェール大の憲法学者ブルース・アカーマンが私に語ったように、自国をどこまで守るかを決めるのは国民の責任であるが、我々がものを自由に言える今の社会を保証してくれる憲法の根本原則を変えようとする動きは、歴史を逆戻りさせるものである。

なぜ私が日本は軍事国家化しないと安心していられるかというと、民意を選挙で問うシステムが曲がりなりにも機能し、言論の自由が認められているからである。そしてなぜ、中国のほうがアジアの平和において危険だと考えるかというと、共産党政権と異なる意見を持つ論者を拘束することが可能な、かつての日本の治安維持法の時代のような社会に見えるからである。

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