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バングラデシュの人質殺害事件を受けて

沈黙に抗うために

バングラデシュでテロ事件が発生し、20人の人質が犠牲となりました。うち7人は日本人の援助関係者でした。事件発生から時間が経つにつれて、人質殺害をめぐる凄惨な状況が明らかになってきました。報道によれば、犯人達は人質にコーランの暗唱を迫り、異教徒と見做した者たちを刃物で殺していったといいます。犠牲となった7人の同胞は、途上国の発展に使命感を持っていたことでしょう。犠牲者のご家族のご心痛を思うと言葉もありません。

私は、このような事件が起きるたびに、言葉というものの空疎さを思わずにはいられません。何を言っても、書いても、そこには正義も癒しもありません。そして、我々に沈黙を迫る事件があまりにも多すぎやしないか、と。沈黙と同時に徒労感が募り、すべての現実をシャットアウトしてしまいたくなってしまいます。

それでも、意味合いを見出し、進むべき進路を探らなければいけません。それは、ペンを持って生きる自らの運命を呪う瞬間でもあり、戦争と暴力と向き合うことを選んだ者の責務でもあろうと思っています。人間的であり、誠実でありたいけれど、同時に客観的であり、冷徹でなければいけないという戒めです。

過激主義という疫病

犯人達をして、大量殺人に走らせた過激主義は疫病のような存在です。この過激主義は、寛容を憎み、女性の自己主張を憎み、何より人々の自由を憎んでいるのです。過激主義の起源を、現代社会が抱える経済的、社会的な矛盾に求める論者が多いけれど、そんな生易しいものではありません。過激主義は一つの思想であり、人間の中に潜む原初的な悪を結晶化させた存在です。当たり前の幸せを拒み、人間社会のあらゆる佳きもの嫉妬と怨嗟の業火で焼き尽くそうとする病です。過激主義は、アナーキズムやコミュニズムという形態をとった際にも、運動の原初には存在した正義の欠片をあっという間に食い尽くしてしまいました。

今日、我々が対面しているのがイスラーム過激主義であることを認めないわけにはいきません。イスラーム教とイスラーム過激主義を峻別すべきという大前提は是認しつつも、イスラーム教という文脈なしに、世界中に広がるテロを理解することはできません。イスラーム過激主義は、そのねじ曲がった世界観を通じて「汝殺すなかれ」というかの宗教の根本にある原理を否定する教えを広げてしまっているのです。

いわゆる「イスラーム国」が実態とかけ離れて有しているイデオロギーや、ジハード(=聖戦)の教義の解釈の中にグローバルな規模での許容できない倫理の崩壊が存在するのです。かつて、過激主義はキリスト教にも、ユダヤ教にも、仏教の中にも存在しました。今でも、その残滓は見られるけれど、その多くは克服されました。その意味で、イスラーム教が特別に劣った宗教であると断じることは建設的ではないけれど、この瞬間には、深刻な問題を抱える宗教であるということから目を背けてはならないでしょう。宗教の大義を振りかざしたところで、差別も、殺人も、許容はされません。異文化への配慮と、価値相対主義の信念があったとしても、その点を揺るがせにすることはありえません。

自由の側に立つことを畏れない

犠牲者達の中に、「私は日本人。撃たないで」という叫びがあったと報道されています。死を突き付けられた犠牲者の悲痛な本音であったろうと思われます。全体として、たいへんな親日国であるバングラデシュをよく知る犠牲者達に共通する感覚でもあったでしょう。過激主義は、自由を愛する者の敵であり、文明の敵ですから、当然、日本人の敵なのです。

日本国内の論調には、白人と違って、欧米諸国と違って、キリスト教徒やユダヤ教徒と違って、日本人には、テロに対して特別の役割があると主張する向きがあります。私は、それは完全な誤りであると思います。過激主義を前にして、日本の優位性など存在しません。過激主義と融和することも、架け橋となることもあり得ません。そこに温情主義や迷いがあってはならないし、我々は自由の側に立つことを畏れてはいけないのです。

残念ながら、世界には絶対的な悪が存在します。このような事件が起きたときほどその事実を突き付けられることはありません。

ただし、悪を悪として認識することは、暴力に暴力で対処することと同じではありません。ましてや、戦争が唯一の解決策であると言いたいわけでもありません。テロが一種の戦争行為であることを認識しつつ、卑劣な殺人者には予防と取り締まりで対処する外はないのです。

過激主義と対峙する際に妥協の余地はありません。その点を揺るがせにすることは、尊い犠牲に唾することであると思っています。

2016年

世界中がテロの脅威に押しつぶされそうになっています。ダッカ、バグダット、ラマーディ、モスル、アレッポ、ダマスカス、イスタンブール、アンカラ、ベイルート、アデン、カブール、ラホール、ディクワ、バイドワ、オーランド、パリ、ブリュッセル。これらは、2016年の上半期にテロを経験した都市の一例です。我々の生き方に対する挑戦がなされているのです。改めて、犠牲者のご冥福を心よりお祈りするとともに、世界中で自由のために倒れた犠牲者に思いを馳せたいと思います。

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