- 2016年07月02日 16:29
独仏がいればEUは不滅 - パスカル・ヤン (著述家)
パスカル・ヤン (著述家)
文京区のとんかつ屋で最近みまかった鳩山邦夫さんに何度もお会いしたことがある。感じのいいおじさんであった。とんかつが好物だったのだろう。友達でも友人でもなかったが、偶然隣に座ったり、目の前に座ったりして食べた。そんな彼の祖父を覚えているだろうか。鳩山一郎は、日ソ国交回復をなした首相だ。彼が取り立ててソ連に興味があったとは思わない。彼にとって目障りな吉田茂が日米安保をなしたのなら自分はソ連だという子供じみた動機であったとするとすべて説明がつくことになる。
国民投票など必要なかった
大政治家であっても、その行動原理は功名心とジェラシーで説明がつく場合がほとんどだ。ましてや、子犬のようなデーヴィッド・キャメロン首相が下手を打っても驚かない。はた迷惑をまき散らしてしまったが、所詮そんなものだ。すでに今回の件、キャメロンの名前がパナマ文書に出てきたときに嫌な予感がした。国民投票などする必要はなかったのだ。そんな投票は、自分の考えを押し通す時に、数々のからくりや仕組みをして行うものだ。
忌まわしいヒトラーも、時々で国民投票をしているが、自分を正当化するためで、国民をハナから馬鹿にして行動している。一時、太陽神戸三井銀行という銀行があった。人柄のよい銀行がいくつも集まったので内部でまとまりがなくなってしまった。知恵者が、安上がりに状況打開するため、行内投票で銀行名を決めることとなったようだ。結果さくら銀行となったが、三択で残りの二つは箸にも棒にものかからない名前で、さくらに決まったそうだ。みんなで決めた名前なので頑張るようにという指示があったと聞くが、経営者は当初よりさくらに決めていたのだろう。
銀行名ならともかく国家存亡の事項を、学級会ではないのだから、国民に判断させてはいけない。加えて選挙民は世界中で劣化していることも考慮しなければいけない。キャメロンは、オックスフォードを優秀な成績で出ていても、町会長くらいしかやらせてはいけない人材だろう。切れ味の落ちた晩年のサッチャーのマスコットボーイにすぎない。
あの国には、見たこともない驚きの首相がもう一人いた。平和主義が一番だという信念で、というより身内でノーベル平和賞を受けている人がいるため、兄弟受賞を夢にみたのであろうか、ヒトラーとの対話に道を開こうとして相手の術策に乗ってしまったチェンバレンだ。
とはいえ、不幸中の幸いもあるのだ。英国の歴代首相は通貨ユーロを導入してユーロ圏に入るのが夢であった。トニー・ブレアは、自らもフランス語で演説したりして愛嬌を振りまいていたはずだった。政治は面白い。キャメロンの閣僚の中にも離脱派は三人以上いたとされているが、トニー・ブレアの副官であったゴードン・ブラウンも、後に首相の座を引き継ぐが、ユーロ導入は乗り気でなかった。ただ単に、トニー・ブレアが熱心だったからだ。なんせ、オフサイトミーティングの山荘かなにかで、トイレに入ったところドアを壊して雪隠詰めになり、携帯電話で助けを呼んだという話があるくらいだ。
幸い、ギリシャ危機のお陰で、ユーロ導入の話は消えた。英国ポンド維持はトニー・ブレアを引き継いだゴードン・ブラウンの手柄とされる。嫌なやつの反対の行動をとり、なんもしなかっただけだが、この貢献はきわめて大きい。
一大事であるがどうにかなる
本当のことを言うと、英国が出て行ってもどうにかなる。一大事ではあるが、アンダー・コントロールだ。そもそも、EUの前のECの前のEECは、音楽家と画家が作ったといわれる。すなわちシューマンと、モネだ。同じ名字の立役者が作ったので、そのように言われることがある。
仏独伊とベネルクスの集まりがEUの根幹だ。ギリシャやスペインが早くに加入したのは、彼らを監視するためだそうだ。ギリシャもスペインも軍事政権ができる国だ。人前では言わないが、彼らは危ないので仲間に入れて監視しようという腹だったようだ。では、芸術も文化も劣る英国がなぜ入ってしまったのだろうか。そもそも入れるべきではなかったのだ。入ったとしておとなしくしているべきであったのだが。
フランス外相のシューマンと、第一次大戦で地獄を見てしまったシャンペン屋の親父(モネ)が、これからは地獄の底まで独仏は一心同体で生きてゆく事を誓って作ったのがEUの基本理念だ。もう何百万人何千万人と戦争で死なせたくないというところが出発点だ。独仏が揺らがない限りそれほど心配することはない。フランスではルペンが騒いでいるが、最終的に国民はしたたかだ。馬鹿に見せても、最後はとどまる。そしてドイツはフランスと離れないので。
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