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サッカー少年が味わった挫折、義肢装具士となり再び立つフィールド 義肢装具士/アンプティサッカー・FCアウボラーダ ヘッドコーチ 野口魁さん

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アンプティサッカーとの出会い

 そんな野口がアンプティサッカー(主に上肢、下肢の切断障害を持った選手が行う競技)を知ったきっかけは学生時代に見た1本のビデオである。
日本代表のエンヒッキ・松茂良・ジアス(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3023)の強烈なプレーと共に、クラッチを使ってプレーする選手たちの姿が印象的だった。「自分もこのサッカーに関わりたい」と思ったが、学生時代は時間的に新しいことを始める余裕がなかった。

 実際にアンプティサッカーに接したのは(有)坂井製作所に就職してからのことだ。

 「国リハ(国立障害者リハビリテーションセンター学院)の同期が、埼玉県障害者交流センターに勤務していて、たまたま僕がアンプティサッカーのことを話題にしたら、『勤務先の施設でもやっているよ』と言って、日本代表の新井誠治さんを紹介してくれたのです。自分でも早いなと思いつつ、参加させてもらった練習初日に『入ります!』と言って入れてもらいました(笑)。

 運よく日本選手権のスタッフ登録ギリギリのタイミングだったことも重なって、この世界に入ったのですが、決勝は延長戦にもつれ込む激しい試合になりました。あの優勝以来、すっかりアンプティサッカーにはまったのですが、あまりにも凄い試合を見せられて涙が溢れてしまいました(笑)」

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練習中の野口さん(撮影:鳥飼祥恵さん)

 日本アンプティサッカー協会アンバサダーの阿部眞一氏もその試合を振り返って、「あの年の日本選手権の決勝は、まさに壮絶という言葉に尽きます。その日にワールドカップに出場する日本代表選手が発表されるということもあって、選手たちはなおさら熱くなっていたんです。障害者スポーツを超えたなと実感した試合でした。野口君はそんな熱い試合を観て心に期するものがあったのでしょう」

 野口は加入後間もないコーチとして日本選手権の優勝を経験した。共に喜び、共に涙してチームの一員になれたという実感が湧いたという。

 悔しくて、泣いて、離れていった野口が、勝って泣いて再びサッカーに自身の居場所を見つけたのである。

思いをぶつけ合うことで縮めた距離感

 「そのパスになんで追いつけないの?」「なぜそこで一歩踏み込めないの?」なぜなの? なぜ? なぜ?

 コーチとしてアドバイスする中で次々に湧き上がる疑問。それに答えを出すには、自分が選手といっしょになってプレーする以外に理解する道はない。

 「まずは自分が選手と同じようにできるようにならなければいけないと思ったのです。競技を理解しなければ、選手に近い目線の指導はできないですから」

 野口は利き足である右足を使い、いったんフィールドに入れば休憩時間が来るまでは左足を地面に着けることはない。それが他の選手と同条件であり対等な関係になれるからだ。

 あるとき、チームメイトのエンヒッキとミニゲーム中に言い争ったことがあった。

 「今のボールは僕の足元にパスを出してくれ」

 「違う。今のは前でいいんだ」

 「追いつけないから足元にくれと言ってるんだ」

 「足元に出して相手にカットされカウンターを食らうよりも、野口を前に走らせた方がリスクが少ないだろ」

 「 」部分はトーンを抑えて書いてみたが、フィールドでは選手同士が考えをぶつけ合う。みな真剣だから、時に激しくもなる。野口にとってはこれが新鮮だった。

 「日本で一番上手いエンヒッキと揉めることによって、年齢に関係なくグラウンド内ではみんなが対等であって、言いたいことが言える関係にあるんだとわかったのです。

 考えをぶつけ合ったことによって、急に距離が縮まったように感じましたし、コーチと選手という関係ですが、日本代表とバチバチやり合うことによって、いろいろなことが吸収できました」

エンヒッキと過ごし気付いた自らの役割

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石井賢くんと(撮影:鳥飼祥恵さん)

 これもエンヒッキとのエピソードだが、ゲーム中に「一対一」の奪い合いをしたときのこと。野口が激しく体を寄せていってボールに絡もうとしても、エンヒッキのボールを取ることが出来ない。両手でクラッチを着いているはずなのに、野口がどう絡んでも体を押されて寄せ切れなかった。

 当日はお互いに夢中で、それがどうしてなのかわからなかったが、ボールを取りに行った野口も、キープし続けたエンヒッキも、そのシーンが頭の片隅に残った。そして後日……。

 「僕が『あのシーンでさぁ』と言っただけで、エンヒッキも気になっていたらしく、すぐにそのプレーを見せてくれたのですが、彼は感覚派なので言葉で表現することがあまり得意ではありません。僕はその逆でプレーを客観視して、言語化するのが得意ですから、二人でそれを分析しました」

 要約するとエンヒッキのディフェンスは、両手でクラッチを使いながらも、肘を外側に張ることによって自分のプレーエリアを大きくして、相手の侵入を防いでいたということだ。それを感覚的に掴んで無意識に実戦で使っていたのだが、他の選手が同じことをやろうとしても、強い腕や体幹を必要とするため、その姿勢をキープし続けることが難しい。

 「でも、チームのレベルアップには絶対にそれが必要だと思って、チーム全体の練習に取り入れていこうと二人で相談しました。僕の役割は上手い選手の感覚的なプレーを言語化して、チームのみんなに伝えることなんだと改めて感じました。それがこの競技全体の発展にもつながっていくはずなんです。まだまだ発展途上の段階にあるアンプティサッカーですから、工夫の余地が大きいと思っています」

 それまで感覚的に行われていたプレーが、野口の気づきによって言語化され、チームの知識やスキルとして浸透したものは多い。

 たとえば試合終盤に転倒する選手の特徴をつかんで、「なぜ?」を分析し、練習に取り入れてみたり、選手の利き手、利き足と欠損部位の関係から、いかに強化を図るか、その方法なども考えている。

また、試合で使用するクラッチのグリップや底の部分、またクラッチの長さとパフォーマンスの関係にも注意を払って選手にアドバイスを送っている。

 阿部眞一氏によれば、「山本五十六さんの言葉に、『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』というのがありますね、野口君はまさにそれかなと思っています。

 彼の良いところは選手と対等にプレーすることにあるんです。選手といっしょにやることによって、気づいたことを練習に取り入れてアドバイスを送る。できれば褒める。だから選手は伸びていく。そういった良い循環がチームにできてきていると感じています」と野口の働きを評している。

ヘッドコーチとしての夢

 最後に「FCアウボラーダ」のヘッドコーチとしての夢を聞いた。

 ヘッドコーチという立場で良い結果を出し続けたいと思っています。でもそれは優勝するというだけではないんです。大切なことは、選手たちとコミュニケーションを図りながら、楽しく蹴ってくれるメニューを作ることであり、選手が考えたアイデアを取り入れたり、新しいことにチャレンジするような練習にしたいということです。

 現在チームには日本代表が5名いて国内最多です。だからチームの練習レベルが上がれば、日本代表のレベルアップにも良い意味で影響すると考えています。

 もうひとつ大切なことがあって、それは小学4年生のチームメイト石井賢くんが、『将来は日本代表になりたい!』と言っているので、僕がそこへ連れて行ってあげたいんです。僕にとってもアンプティサッカーにとっても賢は宝物です。賢の夢、それは僕にとっても大きな夢です。

取材後記

 上肢、下肢の切断障害を持った選手がプレーするアンプティサッカーと義肢装具士との相性は最高に良いはずだと考えていました。しかし、野口さんはチームメイトの義足を作ろうとはまったく考えていないようです。選手とコーチというシンプルな関係を保ちたいから、というのがその理由です。

 平日は義肢装具士、休日はアップティサッカーチーム「FCアウボラーダ」のヘッドコーチに徹したいというのが野口さんの願いです。

 ただ、アンプティサッカーに義肢装具士が関わっていることの意味は大きく、選手たちの会話には仕事に繋がる学びが溢れています。高い気持ちを維持するため、常に義足がすぐ近くにある環境に自分を置いておけることの意味は計り知れないとも語っていました。

<野口魁 主な経歴>
1991年 沖縄県浦添市出身
1996年〜はくつるフットボールクラブ
2004年〜創価中学校・サッカー部
2007年〜創価高等学校・バレーボール部
2010年〜国立障害者リハビリテーションセンター学院義肢装具学科
2013年〜有限会社 坂井製作所(http://sakai-po.sub.jp/index.htm)
2014年〜アンプティサッカーチーム・FCアウボラーダ(http://fc-alvorada.net/)

シーズンチケット16年目の浦和レッズサポーター
好きなサッカー選手は細貝萌、梅崎司、田中マルクス闘莉王、ロブソン・ポンテ

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