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「地方の足」問題に45億円つぎこむトヨタ・モビリティ基金 - 井上久男 (ジャーナリスト)

 民間の路線バスが廃止されるなど、中山間地域の公共交通網をどう維持していくか悩んでいる自治体は多い。こうした中、住民が運営する乗り合いタクシー「チクタク」の導入が成功、過疎地域の交通網維持で先進的な取り組みをしているとして、全国から多くの見学者が訪れるのが兵庫県豊岡市だ。

 日本海に面した同市は人口8万2000人。国内最後の野生コウノトリの生息地としても有名だ。2005年に近隣の5町と合併したことで、県内で面積が最大の自治体でもある。

 合併された旧但東町や旧出石町は中山間地域が多く、車を運転できない高齢者らの移動手段確保が課題になっていた矢先の08年、市内を走る路線バス26路線のうち11路線が不採算のために廃止になった。このため、代替え交通機関として運送事業者に委託した白ナンバーの市営バス「イナカー」を導入するものの、市が定めた最低需要基準などを満たさなかったため、11年には11路線のうち3路線が廃止された。

 こうした状況下で誕生したのが「チクタク」だ。路線バス廃止後に白ナンバーの市営バスを導入している地域は珍しくないが、豊岡市が注目されるのは、住民が中心となって「チクタク」を運営して成果を出している点だ。

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住民が高齢者をドアツードアで送りとどける (TOYOOKACITY)

 現在、旧出石町や旧但東町の4地区で運営されている「チクタク」は、市が国土交通省から許可を得て地元組織に委託する形を取り、7人乗りワンボックスカー(白ナンバー)を無償で各地区に貸し出す。燃料代(実費)、車検代(同)、保険料(同)、運転手当(1人1日3000円)、事務委託料(月2万円)などの運行経費も市が負担。利用者は会員登録した地域の住民だ。週3日の運行で運賃は市条例によって100~200円と決められている。

運転手を地域独自で確保ドアツードアが人気

 道路運送法上、管理監督責任は市にあり、交通事故が起きた際も市が対応するが、詳細なダイヤや停留所の位置は安全確認のために警察の許可を得たうえで、利便性の向上のために地域主導で決める。そして、「イナカー」と最も違う点は、ボランティアに近い運転手を地域独自で確保する点にある。お寺の住職、郵便局員、農家、猟師といった人たちが引き受けてくれ、地域貢献への意識が高い人が多いという。

 筆者は4地区の1つ、旧出石町の小野地区を訪れた。運営主体は「チクタクひぼこ運営協議会」で、同地区内の4区長や運転手らで構成、11年から運行が始まった。「チクタク」は生活インフラとして活用され、集落と金融機関、病院、スーパー、農協、役所、温泉施設などの間を運行している。乗車専用の停留所は集落に近いところに点在させ、帰りは自宅近くまで送り届け、「毛細血管」としての機能を強めたことも「イナカー」にはなかった点だ。

 取りまとめ役である同協議会代表の加藤幸洋氏(66)は言う。「『チクタク』自体が走るコミュニティーと化し、乗り合った人同士で情報交換をしたり、移動手段がないために途絶えていた付き合いが復活したりしている」。

 ただ、苦労する点は運転手の確保と指導だ。3カ月先までスケジュールを組み、予備要員まで確保しなければならない。引き受けた運転手は自分が担当する日は午前7時45分~午後5時まで拘束され、日当は3000円。1日の走行距離が100キロを超えることもある。プロドライバーでない人に、安全運転やマナー、時間厳守などを指導することには少し気苦労も伴う。

 加藤氏はボランティアで代表を務めているが、元県職員だけに地域社会への貢献意識も高く、「これからの時代、行政の負担にも限界がある。地域で対応できることは地域で対応する時代が来ている」とも言う。

 この加藤氏を支えるのが実務を担う本田一恵さん(67)だ。地元で小さなスーパーを経営しながら簡易郵便局長も務めている。「チクタク」乗車には予約が必要なため、専用電話で予約をさばくほか、運転手の健康チェックなども本田さんが担当する。「乗客の平均年齢は80歳程度」という。

 市によると、「チクタク」は行き先を細かく設定するなどドアツードアに近いサービスをしたことで、「イナカー」に比べて利用者が5倍に増えた地区もあり、税金投入による市負担額もほぼ半減。市都市整備課交通政策係の大岸勝也係長は「高齢者の外出機会が増加して人と人のつながりができることで、心身の健康の維持・向上といった福祉的な効果もある」と話す。

 トヨタ自動車は社会貢献活動の一環として、こうした地域の移動手段確保のプロジェクトに助成金を出し始めた。担当するのは、14年に設立されたトヨタ・モビリティ基金(豊田章男理事長)だ。トヨタ株3000万株を信託運用することで運営経費を年間30億~45億円計上、「より多くの人の、より多くの場所への移動を実現」をモットーにNPOや研究機関などと連携しながら助成をしている(編集部注:都市部の交通問題も対象である)。

 国内で助成1号案件となったのが、16年1月から岡山県美作市上山地区で始まった「中山間地域における生活・経済活性化のための多様なモビリティ導入プロジェクト」。70世帯160人の集落を対象に、最初に交通網維持ありきではなく、地域の活性化のために移動手段をどう位置付けていくかという考えに基づき、19年9月までに計2億2000万円が助成される。

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多様なモビリティがある農村のロールモデルを目指す美作市 (MIMASAKACITY)

 このプロジェクトは行政がほとんど関与しておらず、民間有志の人的つながりがSNSなどを通じて拡散し、支援者が全国から集まってきたことに端を発する点も興味深い。同基金事務局長代理の青山伸氏は「この地域の取り組みが日本の農村のロールモデルになれないか」と言う。

 美作市は05年、5町1村が合併したものの、人口は約2万8000人と県内で最も人口が少ない市だ。旧英田町内にある上山地区はかつて8300枚もの棚田が広がっていたが、高齢化とともに耕作放棄地が増えていった。公共交通機関も週に2回、白ナンバーの市営バスの運行があるのみだ。

 一方、06年頃から週末農業を楽しむ人らが都会から移り住むようになって、こうした人たちが地域住民の協力を得ながら、笹で覆われた耕作放棄地を再び耕し、米作りに挑んだり、地域おこしをしたりする動きが起きた。その流れが11年のNPO法人「英田上山棚田団」設立につながった。代表理事の猪野全代さん(62)は言う。「水路の掃除から始まり、最初はわずか3枚の棚田再生から始まったプロジェクトですが、トヨタの助成が決まった時はびっくりしました」。

都会からの移住者が「結の精神」で地域を支える

 ゼネコン勤務を辞め、移住者のリーダー的存在である西口和雄氏(50)は農業や養蜂、酒造りなどで生活している。「私物のセグウェイを地元の80歳を超えたお年寄りに貸したら上手に使っている。とにかく元気な高齢者が多い。ひとり暮らしで移動手段がない高齢者をお互いで支え合う『結の精神』が残った地域」。農作業を手伝ってくれた人には、気持ちとしてお小遣い程度のお金を渡す高齢者も多いという。

 西口氏の講演を東京で聞いたのが岡山NPOセンター副代表理事の石原達也氏で、氏は限界集落などへの支援策を検討するNPO法人「みんなの集落研究所」代表執行役も務め、トヨタ財団ともつながりもあったため、上山地区の取り組みがトヨタ・モビリティ基金の目に留まることになった。基金が助成するのは、同研究所と「英田上山棚田団」の2NPO法人だ。

 現在、プロジェクトチームは住民一人ひとりにアンケート調査して、生活者のニーズを把握、生活実態に合った交通網の構築に向けて動き始めたばかりだ。6月末までにトヨタ車体製の一人乗りの小型EV「コムス」10台を試験導入する計画だ。

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棚田が広がる山間部の細い道を電気自動車が走る (HISAO INOUE)

 基金では今年3月、2号案件として愛知県豊田市足助地区への助成も決めた。助成金は3年間で3億6000万円。名古屋大学の研究を具現化し、停留所と自宅間の「ラストワンマイル自動運転」などの実証実験をする。また、農業や林業にも利用できるように、中山間地域に適した「コムス」の仕様も検証していく。

 今後、中山間地域の高齢化は加速し、移動手段確保がますます大きな課題になる。豊岡市のように行政が大きな青写真を描き、運営は地元主体、あるいは美作市のように計画も運営も民間が主導、そして愛知足助地区のように大学のアイデアの実証化、といった様々な対応策がある。成功のカギは、「自助」にあると筆者は感じる。行政などから押し付けられたものではなく、各地域の実態に合った移動手段をどう確保するか、住民一人ひとりが考える時代が到来しつつある。

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