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イギリスのEU離脱とスコットランド――独立への茨の道 - 久保山尚 / スコットランド史

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独立とEU加盟-「外」からか、「内」からか

UKのEU離脱手続きが開始すると、スコットランド政府はEU残留確保のため、独立に向けた住民投票開催を目指すことになる。しかし問題は、住民投票を法的に有効なものにするためにはUK政府の同意が必要な点である。

UK・スコットランド両政府間で交渉は公には始まっていないため現時点では未知数だが、UK政府が住民投票開催を認めない可能性がないわけではない。またUK政府が住民投票の結果を法的に有効にするにあたり、一定の投票率以上、一定の得票以上、といった条件をつける可能性もある。

仮にUK政府が第二の住民投票の開催を認め法的に有効と同意し、住民投票が開催され、独立支持派が勝ち、スコットランドのEU加盟交渉が始まるとしよう。基本的にEUは独立国家でないと加盟できないため、UKからの独立が前提となるが、独立の際に自動的にEUからも離脱することになり、新生国家としてEUの「外」から加盟申請をすることになる。現在EUに加盟申請をしている国は5カ国あるが、それらを尻目にスコットランドが特別な待遇を受けて、速やかにEU加盟が実現するだろうか? 少なくともEUからしてもスコットランドを特別扱いする理由は特にない(注7)。

(注7)しかし政治状況の変化により、EUは現在スコットランドの加盟を支援する可能性が高いという意見もある。http://eulawanalysis.blogspot.co.uk/ またEUはスコットランドを歓迎し、加盟を迅速に済ませるべきだという発言もEU首脳周辺から出始めた。http://www.reuters.com/article/us-britain-eu-scotland-germany-idUSKCN0ZC0QT

この「外」から加盟するシナリオが現実になった場合、その間スコットランドはUKとEUの外側に存在することになり、政治的不安定さに起因する、海外からの投資の停滞や国内の経済活動の落ち込みなどにより、国民経済が大打撃を受けるだろう。

さらにスコットランド独立からEU加盟の間にどういった通貨を使うのか、という問題も未解決である。UKがポンドを公式に共有する理由はなく、またEU新加盟国家は現在では条件が整い次第ユーロの導入を義務付けられているため、独立スコットランドの通貨はユーロになる可能性が高いが、それまでの移行の過程は単純ではない。

一方、スコットランド政府はEUと交渉し、UKから独立する際にEU残留を法的に保証するような条約あるいは合意の達成が可能かどうか探っている(注8)。こうして加盟国としてEU「内」で独立を達成するシナリオが実現すれば、政治的不安定期間を短縮でき、したがって経済的打撃も抑えられる可能性はある。しかしこうした前例は今までないため、可能か不可能かを含めすべてが未知数である(注9)。

(注8)EU側からスタージョンへの打診もあったようだ。元ベルギー首相、現在ヨーロッパ自由民主同盟代表ヒー・フェルホフスタットのツイートを参照。

https://twitter.com/GuyVerhofstadt/status/746302049927708672

こうした打診を公の場で行うことの意味は大きい。

(注9)1985年にグリーンランドがEU加盟国デンマーク領でありながらもEUから離脱した際には、デンマーク内のどの地域がEU内となるのかを条約により変更させた。このようにEUは個別の状況に応じて柔軟な対応をとることも可能である。

https://www.pressandjournal.co.uk/fp/news/politics/holyrood/831457/exclusive-scotland-could-remain-in-the-eu-even-if-the-rest-of-the-uk-were-to-vote-to-leave/

またスコットランドのEU「内」での独立を可能とするFriends of Europeの研究報告も参照。

http://www.friendsofeurope.org/media/uploads/2016/01/FoE-FE-discussion-paper-Scotland-and-Brexit-3.pdf

また、より大きな問題として、残された時間の少なさがある。UKのEU離脱に2年かかるとして、その間にUKからの独立、EU残留、通貨、通商貿易、出入国管理等すべてを交渉し法的に整理するのは、内務省や外務省などの関連省庁を持たないスコットランドにとって至難の業といってよい。

さらにいずれかのシナリオで国家として独立し、EUに加盟したとしても、スコットランド最大の通商相手であるイングランドはEU外になるため、越境しての経済活動が影響を受けるだけではなく、税制・規制の違い、出入国管理等、困難な問題が山積みになることが予想される。

経済リスクと政治リスク

つまり、UKがEUから離脱し、スコットランドが独立すると仮定すると、EU加盟がいかにすばやく円滑に達成されるか、が重要となる。それが早ければ早いほど政治的混乱に起因する経済の停滞も軽減できるが、長引くとダメージは大きく、恐慌を引き起こしかねない。スタージョン首相としては、可能であれば独立スコットランドのEU加盟の確約を得たあと、住民投票を開催したいだろう。

とはいえ、さらにEU加盟が円滑に行われたとしても、EUによる財政コントロール、新通貨ユーロの導入による混乱、そして最大の市場イングランドとの経済活動の停滞により、少なくとも短期的には独立スコットランド経済の先行きは困難に満ちたものになると予想される。一方、仮にスコットランドがUKに留まれば、最低でもこうした経済的リスクを回避することができるため、国民生活への影響は軽減されるはずである。

スコットランドの将来は、有権者がこういった経済リスクと、EU離脱派が勝利し右派が政治を支配しつつあるUKに留まる政治リスクとのどちらをとるかにかかっている。EU住民投票後の世論調査では独立支持が増加しており、有権者は前者のリスクをとることに傾いているようだ。

EU離脱の心理的ショックと独立支持

すでに述べたように、統計的に見てスコットランド人の移民に対する態度はイングランドとさほど変わりないが、政治的には親ヨーロッパ、親移民というナラティブが支配的で、この国は移民を必要とし、移民を受け入れ、移民を歓迎する、という政治的コンセンサスが存在する(注10)。こうした移民への寛容な姿勢は、進歩主義的社会民主主義、そして市民主義的・包括主義的ナショナリズムを掲げるSNPの台頭にともない形作られてきた、スコットランド人の自意識の重要な一部となっている。

(注10)スコットランドにもScottish Defence Leagueなど、反移民の人種差別主義ファシスト集団は存在する。また極右団体Britain Firstの創始者Jim Dowsonはグラスゴー近郊の出身である。スコットランド西部-南西部にはこうした土壌があり、その支持基盤はサッカーのレンジャーズのファンの一部などが中心である。

2014年の独立住民投票、2015年のUK総選挙、そして2016年のスコットランド議会選挙を通じ、スコットランドの有権者は国のあり方について議論し、想像力を膨らませてきた。その中で生み出されてきたのが進歩主義的で、寛容で、包括的なスコットランドというイメージであり、現実には違うとしても、社会としてそのようにありたい、という願望であった。

それだけに、イングランドの有権者が移民制限を掲げ、右翼政党UKIPの率いるEU離脱派を支持したことは、スコットランドで非常に大きな心理的ショックを持って受け止められた。進歩主義的で寛容で包括的なスコットランドという自意識を持つ大多数の有権者にとって、EU離脱派はあまりに異質で、単純に受け入れることが不可能なのだ。予想される経済的リスクに関わらず独立支持が増えていることを理解する鍵は、こうした有権者の心理状態にあると思われる。

UKのEU離脱という予期せぬ事態は、スコットランドの有権者に大きなショックを与え、彼らはいまEU残留を前提とした独立賛成になびいている。その選択は経済的なギャンブルではなく、イングランドで台頭する不寛容で反動的な政治に対する直感的な拒否感に基づいていると言ってよいだろう。

スタージョン首相はUKのEU離脱、スコットランド独立とEU加盟と言う複雑かつ不確定要素に満ちた出来事の連鎖に対処し、EU残留という国民の希望をかなえることができるだろうか。あるいはUKとEUという巨大な政体の力学に翻弄され、国民の希望を政治的混沌の中に霧散させてしまうだろうか。全世界がその手腕に注目している。
画像を見る 久保山尚(くぼやま・ひさし)
スコットランド史、スコットランド政策研究

英国最大規模のビジネス利益団体で政策研究、ロビー活動等に従事。早稲田大学文学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学、エディンバラ大学人文社会科学部歴史学専攻博士課程修了(PhD, Scottish History)。早稲田大学、エディンバラ大学非常勤講師、シンクタンクでの政策研究インターン、英国中小企業連盟政策研究部を経、現職。https://twitter.com/HisashiKuboyama

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