- 2016年06月28日 11:34
油の一滴は血の一滴サウジ国営石油会社の上場 - パスカル・ヤン (著述家)
日本でも石油は少し出る。しかし、毎日おおよそ450万バレル、すなわちドラム缶で400万本弱消費されているうち1%以下であろう。10年を昔というなら、一昔と少々まえまでは、1割以上は自家製で押さえていた。アラビア石油(株)が、サウジアラビアとクウェートの国境地帯のカフジ沖で原油を産出していたのだ。実際に、海上にあるギャザリングセンターと呼ばれるプラットフォームや、現地本社や従業員の住宅がある地区にも行ったことがある。なぜ、そんなところに利権を持って採掘し、日の丸原油が出たのかとても興味がわく。その権益は、今はない。巨大原油消費国ジャポニカの10%をまかなう、そのカフジ油田は、どうしてなくなってしまったのだろうか。
油の一滴は血の一滴
先の大戦も、石油戦争であったはずだ。我が国に石油を売らないという、「オイル・エンバーゴー」を通告してきたことが大きなきっかけであった。お陰で、真珠湾攻撃の直後に、インドネシアの大油田パレンバンとロイヤルダッチシェルの製油所を占領してしまった。最初は吉と出たが、最終的にはごらんの通りだ。もし、自家油田があれば、別の道もあったかもしれない。当時は、油の一滴は血の一滴だという言葉でいろいろなことが正当化されていたのだろう。油が戦略商品となったのは、その直前の事で、ペリーの黒船は風で走り、港では石炭。その後も長らく石炭による外燃機関が主力であったのだが。
そもそも、初めて中東の商業的石油掘削が始まったバハレーンで、1932年のことだ。それまでは、アラビア湾の主な産業は天然真珠採取で、劣悪な環境で採取した真珠が現地の主要輸出品であった。バハレーンでの原油生産開始と期を一にして御木本幸吉が始めた真珠ビジネスが世界を席巻し始めたのも面白い偶然かもしれない。同時期に、御木本はニューヨーク、ロンドンなどに支店を出して、名声を獲得している。
もし、原油が中東で見つからなければ、頼みの真珠産業も衰退してどのように生計を立てていたのだろうか、心配になる。捨てる神あれば拾う神ありというのは本当である。この場合、拾う神が怪力であったという事かもしれない。
石炭から、石油の時代に変化したその日に、幸運がやってきたようなものだ。こんな戦略的重要物資がちょいと掘ればわんさと出る地区が中近東のあのあたりだ。残念ながら、バハレーンの井戸は早くに涸れてしまったようだが、クウェートやサウジアラビア、アブダビは元気いっぱいだ。
値段も1バレルあたり数ドルであったのが、第一次、第二次オイルショックや、リーマンショック直前の好景気の最中に、150ドル近辺まで上昇したのは、記憶にあたらしい。お陰で、世界がどうなろうが、サウジやクウェートでは、低負担の高福祉が実現していた。
では、なぜあの、ジャポニカ・カフジ油田が消えてしまったのだろうか。日本的な生真面目さや、陰謀が原因なのだろうか。2000年前後に、油田の租借権がきれるのでアラビア石油側も鋭意、交渉をしていた。間接的ではあるが、皇室外交や首相外交、豪腕の元通産次官を社長にいただき、万全を期していたが、不首尾であった。
先方は、権益は更新するが鉄道を建設してほしいといって来たのだ。側聞するに、いいよといえば、すんだのかもしれない。まじめなジャポニカは、砂漠に鉄道を引けば、砂嵐で埋もれてしまい脱線する。従ってすべて地下にするか、屋根をつけるかなども含めて議論したようだ。
様変わりしたカフジ油田
ハナから約束だけして、なかなか建設しない選択肢はなかったのだろう。悠久の時が流れて、議論を楽しむ先方と、ステップがちがっていたのだ。別の協力でどうにかならないかなどと議論すればするほど、鉄道に固執して当方の苦悩を楽しむ嫌いもあるのだ。先方も、日本に残ってほしかったといわれている。チキンゲームのどツボにはまってしまい時間切れで召し上げとなったのは、ごらんの通りだ。
日本の需要を日々10%もまかなえるカフジ油田が、現在どうなっているか見れば、陰謀説の方も解明できる。現在は、サウジアラムコの事業所となっているのだ。当時、秋田大学の鉱山学部や帝国石油の流れをくむ人たちなどが、日本の炭鉱住宅的設えの長屋に住んで、摂氏50度にもなる環境下で働いていた。
最近は模様替えされ、米国西海岸のパサデナのような住宅地となり、女性がタックトップで歩いているそうだ。すなわち、日の丸原油は消えて嘉手納基地周辺の米軍住宅ように衣替えしたのだ。その、サウジアラムコが今回株式を公開する。史上最大のIPO(株式公開)で、地球最大の企業となるはずだ。トヨタ自動車の10倍の規模になるかもしれない。
原油価格の低迷や、軍事費用などの増大で、福祉などの維持が難しくなってきたのが原因であろう。日本国内にカフジの代わりはないのか。欧州に行ってパリから高速で数分、東に向かうと、道路沿いに油田の掘削機を見ることができる。東京で言えば江戸川区あたりだ。パリは地下には油田層があるのだ。
東京は無理か。血の一滴だろう。
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