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“東京化”するニューヨーク地下鉄事情 背景に透けるのは不動産高騰? - 田村明子 (ジャーナリスト)

 ニューヨーカーにとって、地下鉄は生活に欠かせない乗り物だ。

 車両がグラフィティアートに埋もれていたのは一昔前のお話。このところ電車は比較的清潔になり、以前よりも安全になって車内広告も洗練されたポスターが目立つようになってきた。

“東京化”しつつある地下鉄

 以前はスケジュールなんてあってないようなものだったのに、最近ではメジャーな駅には「次の電車は何分で到着」という電光掲示板も設置された。

 日本人の目から見ると、ニューヨークのサブウェイは限りなく「東京化」されてきた、と言っても良い。

 これらは良い意味での「東京化」だけれど、残念ながら、あまり名誉ではない「東京化」もある。

 それは、ここ15年ほどで車内で居眠りをする人を見かけるようになったこと。そして、若い人たちがあまり年寄りに席を譲らなくなったことである。

かつてタブーだった地下鉄の居眠り

 筆者がニューヨークに移住した当時、地下鉄の中で寝ているのは、ホームレスの人くらいのものだった。

 一般人は、絶対に車内で居眠りなどしなかった。その理由は今より治安が悪かったためである。

 地下鉄でもバスでも、居眠りして隙だらけの姿を公共でさらしては、スリなどの格好の餌食になる。ニューヨーカーたるもの、一歩家から外に出たら毅然として常に周りに注意をはらうのが常識だった。

 筆者はまだ学生だった当時にマンハッタンのバスの中でうとうとしていて、黒人のおじいさんに起こされたことがある。

 「居眠りなんかして危ないよ。Be careful!(気をつけなさい!)」と言われて、恥じらいながらお礼を言って肝に銘じたものだった。

 そんな生活に慣れて日本に一時帰国をすると、今度は東京の電車では横並びに座った乗客たちがいっせいに眠りこけているのが物珍しく、壮観に見える。

 「ああ、平和な日本に帰ってきたなあ」と実感し、数日もすると自分も一緒になって居眠りをしているのであった。

 滞在を終えて再びニューヨークに帰ってくると、自動的に体も心もニューヨーカーモードに戻る。そんな日常を繰り返していた。

なぜか疲れてきたニューヨーカーたち

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ニューヨークの地下鉄内で眠りこけるニューヨーカーたち(筆者撮影)

 ところが。

 ここ10年ほどで、ふと気がつくと、ニューヨークでも電車で居眠りをする人の姿が目につくようになってきた。

 特に月曜の朝などは、大人も子供も週末の疲れかダルそうに目をつぶり、隣の人にもたれかかりそうになっている人もいる。好意的に考えると、それだけニューヨークの地下鉄も安全になったということだ。

 それと同時に、老人たちに席を譲ろうとする若者の数が減った。お年寄りが乗り込んできても、みんなスマートフォンなどを見て知らない顔をしている。

 以前は若い男性は、席があっても座ろうとしない人も少なくなかった。席は年寄りと女子供のためのもの、という毅然とした姿勢がカッコよく、見ていて惚れ惚れしたものである。

 でも今では、若い男性も大またで電車に乗り込んできてわれ先にと席に座る。

ニューヨーカーが疲れているワケ

 その理由は、おそらくニューヨーカーも疲労がたまっているからではないか。平均的な通勤時間が、以前よりかなり長くなってきているためだ。

 筆者がニューヨークに移住した1980年当時、学生でもマンハッタンに住むのは普通のことだった。イーストビレッジなど探せばお手ごろなアパートはいくらでもあったし、エレベーターなしのビルなら、さらに家賃は安かった。

 だがこの30年あまりで、マンハッタンの家賃は10倍近くに高騰した。

 現在マンハッタンで1ベッドルーム(寝室プラスキッチン、リビングルーム)の平均家賃は、日本円にして30万円ほどである。Studioと呼ばれる、いわゆるワンルームでも一月20万以下のところを見つけるのは困難だ。

家賃の高騰で郊外に逃げ出すニューヨーカーたち

 当然ながら、今ではマンハッタンに住むにはよほどの高給取りでなくては不可能になってしまった。あるいは会社が家賃を負担してくれるビジネスマン、運よく高騰前に購入した物件に住んでいるという、ごく一部の恵まれた人々だけである。

 中産階級のほとんどは、ブルックリンやクイーンズ、ブロンクスなどに引っ越していった。マンハッタンの外に出ても地下鉄の便が良いところはじわじわと値上がりし、現在では社会人でも独身だったらルームメイトを募ってシェアをするのがごく一般的なことになってきている。

 お金のあまりない人々、大家族を抱えている人たちは、安い家賃を求めてどんどんマンハッタンから離れていく。かつては20分程度だった通勤時間が、片道1時間ほどかけて通勤する人も珍しくなくなってきたのである。

 地下鉄に乗っている時間が10分やそこらなら気軽に席を譲っていたニューヨーカーも、45分かかるとなったらおいそれとは譲れない、という訳なのだ。

 その意味でも、ニューヨークの地下鉄事情は東京に似てきている気がするのである。

モラルを促す車内広告

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「ポールを独り占めしない」と注意を促す車内広告(筆者撮影)

 そんな中で、最近よく目にするようになったのは、公共モラルを促すキャンペーンポスターだ。日本にもよくある、「お年寄りには席を譲りましょう」というようなたぐいのものである。

 Courtesy Counts.(礼儀は無駄ではない)

 と題された、このキャンペーン。この場合のcountsは「勘定に入る」というニュアンスで、「無駄ではない」という意味になる。

 色々なバージョンがあり、単純に「席を譲りましょう」というのものから、中にはこんなものもある。
 Don’t Be a Pole Hog. Leave room for others to hold on. In other words, share the pole.
(ポールを独り占めしない。他の人も使える場所を空けましょう。要するに、ポールはみんなで共有すること)

 たまにいる、ポールにもたれかかっている人に注意を促すものである。

 ちなみに余談だがHogとはブタのこと。欲張ることを、よく英語で「He is such a hog.(彼は貪欲なブタのよう)」と形容するのだが、ブタにしてみると一番貪欲なのは人間だと言いたいだろうにと思う。

時代と共に変わったニューヨーカーのモラル

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「ここは地下鉄。化粧室ではありません」と書かれた車内広告(筆者撮影)

 日本でも一時問題となった、車内の化粧を注意するものもある。
 Clipping? Primping? Everyone wants to look their best, but it is a subway car, not a restroom.
(爪きり?おめかし?誰でもきれいでいたいけれど、ここは地下鉄。化粧室ではありません)

 以前に東横線で、すっぴんで乗り込んできて降りるまでにみごとに顔を完成させていった若い女性を見かけて驚愕したことがある。

 さすがにニューヨークではそこまでの技を見たことがないが、最近では大胆に車内でアイメークをはじめたり、チークを入れたりする女性をたまに見かける。

 私がアメリカに来た当時は、女性は人前で鏡を出して化粧直しをすることは、絶対タブーと教わった。お客を探している娼婦と間違えられるから、というのがその理由だった。

 こんなことは、一昔前は親が当たり前のように教えたことだったのだろう。

 でも時代と共に人々のモラルも常識も変わっていく。通勤時間が長くなると、化粧する時間も惜しんで一分でも長く寝ていたい人も増えたということだ。

 「最近の若者は」と批難するのは簡単だけど、その背後にあるのはマンハッタンの不動産の高騰と、それに一般庶民の収入が見合っていないという今のニューヨーク市の現実である。

 こうして街の雰囲気、市民の気質というのは少しづつ変わってくるのだなと考えさせられたのであった。

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