記事

日本人が好きなのは「政治」ではなく「床屋政談」である

 なーんか微妙に調子悪くて、いろいろなタスクをこなせないので、こちらでリハビリがてら。

 今月に入ってから、2本ほど『Yahoo!ニュース個人』に政治関連の記事を公開したのだけれど、まぁ読まれないわけですわ。

 記者クラブ外のメディアからはまだまだ「政治」が遠いという話 
 争点のない選挙戦こそ「誰」に投票するのか問われる

 もちろん、書き手としての私の力不足もあるし、「誰が言ったか」というところがモノをいうプラットフォームになっているということがあるわけなのだけど。アクセスがない割にはあちこちからクソリプはやってきるし、まぁ書くモチベを折られるますわな。これからも書くけどね!

 一方で、舛添要一都知事の関連した記事に関しては、どのメディアでもよく読まれる。その謝罪の姿勢を分析したものもあれば、彼が辞任に追い込まれた理由を日本人の「不寛容」によると分析したものもある。それらの記事はそれなりに「読まれる」意味があるコンテンツだと個人的には認める部分もあるのだけれど、一方で虚しさも感じる。
 結局のところ、日本人が好きなのは「政治」ではなくて「政局」であるし、もっというならば「床屋政談」であると断じてもいいのかもしれない。関心があるのは政策そのものではなく政治家の不祥事であったり人事(毎回、内閣改造は盛り上がる)であったりするわけだし、そこに絡む人間関係であったり党派であったりするグループ間の「争い」であったりするわけで、つまるところは「何を」するのではなく「誰が」するのかに関心があるんだなーと思わざるをえない。

 もう一つ、今のメディアは「議論」「オピニオン」といったものよりも「共感」が軸となっているところが多いから、誰か政治家が『Twitter』で投稿した内容が、どのような反応になっているのか、といった記事の方がよっぽど「ウケ」る。自分がそれに対して「共感」するか、しないかのどちらかで読めるからだ。それをさらにSNSで感想を投稿してさらに「共感」が増幅する。メディアはその役目程度しか果たしていない、という現実がある。良い悪いの問題ではなく、そうなっている、という話ね。
 
 どちらにしても、「政治」はその国民性の縮図だと思うし、それが「残念」ということであれば有権者が残念ということになるわけで、少なくとも未来の世代について考えた投票行動を自分はしたいなぁ、と思う次第です。

 シャワーを浴びたいのでこの辺で。あ、私自身も「床屋政談」は大好きなので、そのあたりは批判する意味はないよ! ……ということは言明しておきます。それじゃーね!

あわせて読みたい

「メディア」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。