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- 2011年09月11日 15:49
岐路に立つ世界経済(2) 〜 「軽量化」「孤立化」する日本と、「世界の流れ」を読めない日本
仏マルセイユで開催されたG7は「これまでに累積されてきた不均衡を背景に、経済成長や財政赤字、およびソブリン債務について大きな問題が生じている。こうしたことは、金融市場の緊張の高まりにも反映されている。世界経済には今や、減速の兆候がはっきりと表れている。われわれはこうした課題に対して、力強く協調した国際的対応をとることにコミットする」という声明を発表。「中央銀行は必要に応じて銀行システムに流動性を供給する準備がある」という点を除けば、「懸念の共有化」をしただけで「具体的協調行動なきG7」となった。
「具体的成果」が見え難いG7となったが、幾つか世界の潮流の変化を感じさせる会議でもあった。
§1. G7内で進む日本ので「軽量化」「孤立化」
まずは、G7内で日本の「軽量化」「孤立化」が進んでいること。今回のマルセイユG7では、欧州の財務危機が大きな課題という地域性の強いものではあったものの、日本の存在の薄さ、軽さ、を感じずにはいられなかった。
しかし、日本は今年1月に欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の初回発行債(50億ユーロ)の20%以上を買い入れたことに加え、「重要かつ安定的投資家」 としてEFSFが発行する債券を今後も購入する計画を表明している。つまり日本は、欧州財務危機に伴う金融市場の混乱を抑えるための重要な役割を担っている国であり、欧州財務危機をメインテーマとした今回のG7ではもっとその存在感が見えて然るべきであった。
それにも拘わらずG7会議で「日本の存在が消えていた」のは、日本が「今の状況では円高が景気の下振れを招きかねないと伝え、円売り介入など円高対策について各国に理解を求めること」に固執し過ぎたからである。この辺りが欧州財務危機に積極的に関わることで存在感を増す戦略を見せて来ている「世界第2位の経済大国 中国」との大きな差である。
「為替市場の投機的な動きには、今後も介入を含めた『断固たる措置』を取る方針を欧米当局に伝えた」とする日本が挙げた成果は、「市場で決定される為替レートを支持。為替の過度の変動や無秩序な動きに関して緊密に協議し、適切に協力する」という「決まり文句」が声明に加えられただけであった。しかし、この「決まり文句」は8月8日に開催されたG7緊急電話会議の声明文にも加えられていたものであり、その時から各国の日本の為替政策に関する理解は全く進んでいないことを証明したものでもある。これは、「素人財務相」が「『断固たる措置をとる』方針を伝えて、理解させる」ことを目的にせず、文字通り「欧米当局に伝える」ことを目的にしてしまっていたからである。
「素人財務相」は、G7後に日本の円高懸念は各国から「理解を得られた」との認識を示しているが、これは大きな勘違いである。そもそも「理解を得られた」という認識を持つに至った理由が「日本の為替政策に異論は出なかった」というものなのだから、情けない限り。「異論が出なかった」のは、単に今回のG7では「日本の為替政策」の議論に割く時間と必要性がなかっただけである。
現実には「理解を得られた」どころか、「理解は失われている」。今年3月、東日本大震災直後に協調介入が行われた際に、今回辞任を表明したECBのシュタルク専務理事は、日本経済新聞とのインタビューで「日本が必要と判断すれば再度介入する用意がある」と発言し、ユーログループのユンケル議長(ルクセンブルク首相兼国庫相)も「円の上昇を抑制するために必要とあれば、ECBには米国やほかの主要7カ国(G7)の中銀と共に更なる行動をとる用意がある」と述べている。当時、欧州首脳が円高抑制に積極的な姿勢を示していたことから比べると、各国の日本の円高懸念に関する理解は大きく後退しているというのが現実なのである。そしてこれも日本の政治的戦略の失敗でもある。
【参考】⇒ 協調介入〜 欧州の「動機」と初ヒット
日本の円高懸念に関する理解を得るということに失敗した「素人財務相」が今回のG7の目的の一つに挙げていた「ガイトナー米財務長官はじめ、年代が近いので信頼関係を高めたい」という「信頼関係の構築」。こちらの方も、残念ながら失敗に終わったようだ。
「素人財務相」はG7終了後、「年代が近い」ガイトナー財務長官と日米財務相会談を行った。この日米財務相会談を伝えたテレ朝ニュースが非常に興味深い。
フランス・マルセイユを訪問中の安住財務大臣が日本時間の10日午後、アメリカのガイトナー財務長官と会談し、円高問題などを話し合いました。
安住財務大臣:「経済が非常にサプライチェーンも回復して良くなってきていると。しかし、そういうなかで円高が非常に下振れ感を強めているので、それは分かってほしいということを申し上げた」
「(Q.それに対してガイトナー長官は)笑っていました」
【参考】⇒ テレ朝ニュース「日米が円高問題など話し合い 為替介入を含め」
ガイトナー財務長官が「笑っていました」というところに全てが集約されているようである。国際社会で、「年代が近いことで信頼感が高められる」などと思っている甘ちゃんを、ガイトナー財務長官は相手にしなかったというのが真相のようだ。満面の笑みを浮かべる「素人財務相」と、不愉快そうな硬い表情を見せ続ける「百戦錬磨の財務相」という表情の違いからも「素人財務相」が相手にされていない様子が見て取れる。「年代は近い」が、「格は段違い」ということを見せつけられた格好。
9日付の英フィナンシャル・タイムズ紙に寄稿し「主要な中央銀行で(金融緩和などで)弾切れのところはない」として、物価面などの状況が許せば追加緩和を実施することは可能との見方を示し、財政政策でも「一部の国は成長を支援するために追加策をとる余地があり、財政再建のペースを緩めることが可能な国もある」と指摘したガイトナー米財務長官にとって、各国の了解など不必要な日銀の「量的緩和」などの円高対策をとらない日本の「介入」に関する訴えなど「聞くに値しない話し」でしかなかったのだろう。「素人財務相」には、こうしたガイトナー財務長官の寄稿の情報は入っていなかったのだろうか。情報が入っていないとしたらそれも問題だし、情報が入っていてこの対応だったらそれはそれで大きな問題。
マルセイユで開催された今回のG7は「危機対応 具体策見えず」(9日付日本経済新聞夕刊)という「懸念の共有」以上の成果を挙げることなく閉幕した。そして「具体的成果を挙げられなかったG7」の中でもひと際深刻だったのは、菅、野田、安住と、毎回「素人財務相」を送りこむ日本の「軽量化」「孤立化」である。「年代が近い」という理由以外で各国首脳と信頼関係を構築出来る可能性のある人物を財務相に据えてG7に参加させるべきであった。増税を実現するという国内要因で「素人財務相」をG7に送り込んでしまったことで、日本は間違いなく「国益」を失った。
§2. 「財政再建原理主義」から距離をとり始めた世界と、「世界の流れ」を感じとれない「素人財務相」
G7内における日本の「軽量化」「孤立化」と共に現れた変化の兆しは、欧米各国が「財政再建原理主義」から距離を置き始めたこと。
G7 から帰国した「素人財務相」は、財政問題が主要議題となったことを受けて「財政健全化を目指すことが成長の礎になる。世界の流れから見てはっきりした」と述べ、復興や社会保障・税一体改革へ向けて増税が必要になるとの認識を改めて示し、増税は「心苦しいが、日本でも負担を多くの国民にお願いしないといけない局面がくる。国民の理解を得られるよう努力したい」と述べた、と伝えられている。
しかし、「財政健全化を目指すことが成長の礎になる。世界の流れから見てはっきりした」という認識は正しいものではない。G7の声明でも「成長に配慮した中期財政健全化計画を策定、実行」が謳われており、「財政健全化を目指すことが成長の礎になる」などというコメントは、「財政再建原理主義」に染まり切っている財務省が作り出したフィクションでしかない。
G7 が開催された9日、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事はロンドンでスピーチし、「先進国の政策当局者は成長を促すためあらゆるツールを用いるべきだ」との考えを示し、景気回復が「危険な新段階」に入るのを食い止めるため、大胆な措置を講じるよう求めた。さらに、「市場の圧力に直面している国は緊急に財政健全化を進めなければならない」と指摘。一方、「市場の圧力にさらされていない国は時間をかけて行動する余裕がある」との認識を示した。
G7 の声明とIMFラガルド専務理事の発言は、先進国をギリシャに代表される「市場の圧力に直面している国」と、それ以外の「市場の圧力にさらされていない国」に分け、「市場の圧力に直面している国」に対しては「緊急に財政健全化」を、「市場の圧力にさらされていない国」は「成長を促すためあらゆるツールを用い」て「時間をかけて」財政再建を求めるという、各国の状況に応じて異なる政策を求めて行くことが「世界の流れ」であることを示したもの。
2年債利回りが57%台まで上昇し、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場でデフォルト(債務不履行)確率が90%超とされるギリシャは、間違いなく「市場の圧力に直面している国」である。
これに対して、2年債利回りが0.17%で10年債利回りが1.92%となっている米国や、2年債利回りが0.14%で10年債利回りが1.0%である日本は、格付け機関の格付けに関係なく「市場の圧力にさらされていない国」であることは明らかである。
10 年間で2.4兆ドルの財政赤字削減方針を決めたオバマ大統領が、景気拡大や雇用創出を目指して4,470億ドル規模の対策を提案したことについて、IMF ラガルド専務理事が「われわれはオバマ大統領が昨夜発表した、短期的な成長支援と雇用創出に焦点を当てた提案を歓迎する」と述べ、歓迎する意向を表明したのも、IMFが米国を「市場の圧力にさらされていない国」であるとの認識を持ち、「成長を促すためのあらゆるツールを用いる」ことを期待しているからである。
世界が「市場の圧力にさらされていない国」に対して「財政再建」よりも「成長」を求める方向に明確に舵を切り始めた中で、「財政健全化を目指すことが成長の礎になる。世界の流れから見てはっきりした」とする「素人財務相」。
今回のG7出席を通して見えて来たことは、残念ながら「素人財務相」は、日本の円高懸念を各国に伝えて説得する「説得能力」も、「世代が近い」各国財務大臣との信頼関係を構築する「政治家としての魅力と能力」も、「世界の流れ」が「財政再建原理主義」から離れ始めて来ていることを感じとる「感覚」も持ち合わせていないことである。
「素人財務相」が「市場の圧力にさらされていない国」に求められて来ているものが「財政再建」よりも「成長」にシフトして来ていることに気付かずに、これまで通り財務省のスポークスマンとして「財政健全化を目指すことが成長の礎になる」という文言を呪文のように唱え、増税に走るとしたら、国際社会における日本の「軽量化」と「孤立化」は取り返しのつかないところまで進んでしまうだろう。
今回のG7 は、日本が好き嫌いに基づく「消去法」によって毎年コロコロと首相を替えることで、大きな「国益」を失って来たことを痛感させられるものになった。さらに、バラエティ番組等で顔を売った人物を政治家にしてしまうという「政治家の粗製乱造」を繰り返して来た日本は、暫くの間「毎年コロコロ首相が替るリスク」と「無能な首相が居座るリスク」という「究極の選択」を迫られる宿命を背負ってしまっている。
「具体的成果」が見え難いG7となったが、幾つか世界の潮流の変化を感じさせる会議でもあった。
§1. G7内で進む日本ので「軽量化」「孤立化」
まずは、G7内で日本の「軽量化」「孤立化」が進んでいること。今回のマルセイユG7では、欧州の財務危機が大きな課題という地域性の強いものではあったものの、日本の存在の薄さ、軽さ、を感じずにはいられなかった。
しかし、日本は今年1月に欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の初回発行債(50億ユーロ)の20%以上を買い入れたことに加え、「重要かつ安定的投資家」 としてEFSFが発行する債券を今後も購入する計画を表明している。つまり日本は、欧州財務危機に伴う金融市場の混乱を抑えるための重要な役割を担っている国であり、欧州財務危機をメインテーマとした今回のG7ではもっとその存在感が見えて然るべきであった。
それにも拘わらずG7会議で「日本の存在が消えていた」のは、日本が「今の状況では円高が景気の下振れを招きかねないと伝え、円売り介入など円高対策について各国に理解を求めること」に固執し過ぎたからである。この辺りが欧州財務危機に積極的に関わることで存在感を増す戦略を見せて来ている「世界第2位の経済大国 中国」との大きな差である。
「為替市場の投機的な動きには、今後も介入を含めた『断固たる措置』を取る方針を欧米当局に伝えた」とする日本が挙げた成果は、「市場で決定される為替レートを支持。為替の過度の変動や無秩序な動きに関して緊密に協議し、適切に協力する」という「決まり文句」が声明に加えられただけであった。しかし、この「決まり文句」は8月8日に開催されたG7緊急電話会議の声明文にも加えられていたものであり、その時から各国の日本の為替政策に関する理解は全く進んでいないことを証明したものでもある。これは、「素人財務相」が「『断固たる措置をとる』方針を伝えて、理解させる」ことを目的にせず、文字通り「欧米当局に伝える」ことを目的にしてしまっていたからである。
「素人財務相」は、G7後に日本の円高懸念は各国から「理解を得られた」との認識を示しているが、これは大きな勘違いである。そもそも「理解を得られた」という認識を持つに至った理由が「日本の為替政策に異論は出なかった」というものなのだから、情けない限り。「異論が出なかった」のは、単に今回のG7では「日本の為替政策」の議論に割く時間と必要性がなかっただけである。
現実には「理解を得られた」どころか、「理解は失われている」。今年3月、東日本大震災直後に協調介入が行われた際に、今回辞任を表明したECBのシュタルク専務理事は、日本経済新聞とのインタビューで「日本が必要と判断すれば再度介入する用意がある」と発言し、ユーログループのユンケル議長(ルクセンブルク首相兼国庫相)も「円の上昇を抑制するために必要とあれば、ECBには米国やほかの主要7カ国(G7)の中銀と共に更なる行動をとる用意がある」と述べている。当時、欧州首脳が円高抑制に積極的な姿勢を示していたことから比べると、各国の日本の円高懸念に関する理解は大きく後退しているというのが現実なのである。そしてこれも日本の政治的戦略の失敗でもある。
【参考】⇒ 協調介入〜 欧州の「動機」と初ヒット
日本の円高懸念に関する理解を得るということに失敗した「素人財務相」が今回のG7の目的の一つに挙げていた「ガイトナー米財務長官はじめ、年代が近いので信頼関係を高めたい」という「信頼関係の構築」。こちらの方も、残念ながら失敗に終わったようだ。
「素人財務相」はG7終了後、「年代が近い」ガイトナー財務長官と日米財務相会談を行った。この日米財務相会談を伝えたテレ朝ニュースが非常に興味深い。
フランス・マルセイユを訪問中の安住財務大臣が日本時間の10日午後、アメリカのガイトナー財務長官と会談し、円高問題などを話し合いました。
安住財務大臣:「経済が非常にサプライチェーンも回復して良くなってきていると。しかし、そういうなかで円高が非常に下振れ感を強めているので、それは分かってほしいということを申し上げた」
「(Q.それに対してガイトナー長官は)笑っていました」
【参考】⇒ テレ朝ニュース「日米が円高問題など話し合い 為替介入を含め」
ガイトナー財務長官が「笑っていました」というところに全てが集約されているようである。国際社会で、「年代が近いことで信頼感が高められる」などと思っている甘ちゃんを、ガイトナー財務長官は相手にしなかったというのが真相のようだ。満面の笑みを浮かべる「素人財務相」と、不愉快そうな硬い表情を見せ続ける「百戦錬磨の財務相」という表情の違いからも「素人財務相」が相手にされていない様子が見て取れる。「年代は近い」が、「格は段違い」ということを見せつけられた格好。
9日付の英フィナンシャル・タイムズ紙に寄稿し「主要な中央銀行で(金融緩和などで)弾切れのところはない」として、物価面などの状況が許せば追加緩和を実施することは可能との見方を示し、財政政策でも「一部の国は成長を支援するために追加策をとる余地があり、財政再建のペースを緩めることが可能な国もある」と指摘したガイトナー米財務長官にとって、各国の了解など不必要な日銀の「量的緩和」などの円高対策をとらない日本の「介入」に関する訴えなど「聞くに値しない話し」でしかなかったのだろう。「素人財務相」には、こうしたガイトナー財務長官の寄稿の情報は入っていなかったのだろうか。情報が入っていないとしたらそれも問題だし、情報が入っていてこの対応だったらそれはそれで大きな問題。
マルセイユで開催された今回のG7は「危機対応 具体策見えず」(9日付日本経済新聞夕刊)という「懸念の共有」以上の成果を挙げることなく閉幕した。そして「具体的成果を挙げられなかったG7」の中でもひと際深刻だったのは、菅、野田、安住と、毎回「素人財務相」を送りこむ日本の「軽量化」「孤立化」である。「年代が近い」という理由以外で各国首脳と信頼関係を構築出来る可能性のある人物を財務相に据えてG7に参加させるべきであった。増税を実現するという国内要因で「素人財務相」をG7に送り込んでしまったことで、日本は間違いなく「国益」を失った。
§2. 「財政再建原理主義」から距離をとり始めた世界と、「世界の流れ」を感じとれない「素人財務相」
G7内における日本の「軽量化」「孤立化」と共に現れた変化の兆しは、欧米各国が「財政再建原理主義」から距離を置き始めたこと。
G7 から帰国した「素人財務相」は、財政問題が主要議題となったことを受けて「財政健全化を目指すことが成長の礎になる。世界の流れから見てはっきりした」と述べ、復興や社会保障・税一体改革へ向けて増税が必要になるとの認識を改めて示し、増税は「心苦しいが、日本でも負担を多くの国民にお願いしないといけない局面がくる。国民の理解を得られるよう努力したい」と述べた、と伝えられている。
しかし、「財政健全化を目指すことが成長の礎になる。世界の流れから見てはっきりした」という認識は正しいものではない。G7の声明でも「成長に配慮した中期財政健全化計画を策定、実行」が謳われており、「財政健全化を目指すことが成長の礎になる」などというコメントは、「財政再建原理主義」に染まり切っている財務省が作り出したフィクションでしかない。
G7 が開催された9日、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事はロンドンでスピーチし、「先進国の政策当局者は成長を促すためあらゆるツールを用いるべきだ」との考えを示し、景気回復が「危険な新段階」に入るのを食い止めるため、大胆な措置を講じるよう求めた。さらに、「市場の圧力に直面している国は緊急に財政健全化を進めなければならない」と指摘。一方、「市場の圧力にさらされていない国は時間をかけて行動する余裕がある」との認識を示した。
G7 の声明とIMFラガルド専務理事の発言は、先進国をギリシャに代表される「市場の圧力に直面している国」と、それ以外の「市場の圧力にさらされていない国」に分け、「市場の圧力に直面している国」に対しては「緊急に財政健全化」を、「市場の圧力にさらされていない国」は「成長を促すためあらゆるツールを用い」て「時間をかけて」財政再建を求めるという、各国の状況に応じて異なる政策を求めて行くことが「世界の流れ」であることを示したもの。
2年債利回りが57%台まで上昇し、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場でデフォルト(債務不履行)確率が90%超とされるギリシャは、間違いなく「市場の圧力に直面している国」である。
これに対して、2年債利回りが0.17%で10年債利回りが1.92%となっている米国や、2年債利回りが0.14%で10年債利回りが1.0%である日本は、格付け機関の格付けに関係なく「市場の圧力にさらされていない国」であることは明らかである。
10 年間で2.4兆ドルの財政赤字削減方針を決めたオバマ大統領が、景気拡大や雇用創出を目指して4,470億ドル規模の対策を提案したことについて、IMF ラガルド専務理事が「われわれはオバマ大統領が昨夜発表した、短期的な成長支援と雇用創出に焦点を当てた提案を歓迎する」と述べ、歓迎する意向を表明したのも、IMFが米国を「市場の圧力にさらされていない国」であるとの認識を持ち、「成長を促すためのあらゆるツールを用いる」ことを期待しているからである。
世界が「市場の圧力にさらされていない国」に対して「財政再建」よりも「成長」を求める方向に明確に舵を切り始めた中で、「財政健全化を目指すことが成長の礎になる。世界の流れから見てはっきりした」とする「素人財務相」。
今回のG7出席を通して見えて来たことは、残念ながら「素人財務相」は、日本の円高懸念を各国に伝えて説得する「説得能力」も、「世代が近い」各国財務大臣との信頼関係を構築する「政治家としての魅力と能力」も、「世界の流れ」が「財政再建原理主義」から離れ始めて来ていることを感じとる「感覚」も持ち合わせていないことである。
「素人財務相」が「市場の圧力にさらされていない国」に求められて来ているものが「財政再建」よりも「成長」にシフトして来ていることに気付かずに、これまで通り財務省のスポークスマンとして「財政健全化を目指すことが成長の礎になる」という文言を呪文のように唱え、増税に走るとしたら、国際社会における日本の「軽量化」と「孤立化」は取り返しのつかないところまで進んでしまうだろう。
今回のG7 は、日本が好き嫌いに基づく「消去法」によって毎年コロコロと首相を替えることで、大きな「国益」を失って来たことを痛感させられるものになった。さらに、バラエティ番組等で顔を売った人物を政治家にしてしまうという「政治家の粗製乱造」を繰り返して来た日本は、暫くの間「毎年コロコロ首相が替るリスク」と「無能な首相が居座るリスク」という「究極の選択」を迫られる宿命を背負ってしまっている。



