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スペインにおけるカタルーニャ問題――なぜ今独立を求めるのか 八嶋由香利 / スペイン近現代史

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「合意の精神」の希薄化

統一的なスペインを志向する国民党政権とそれに反発し、自治から独立に向けて舵を切ろうとするカタルーニャ独立派。こうした政治的対立の激化の背景には何があるのだろう。一つ考えられるのが、フランコ後の民主化を支えてきた「合意(コンセンソ)の精神」の希薄化である。

スペイン人のナショナルな意識調査を行った社会学調査センター(CIS)のデータによると、2006年から2014年までの8年間で、「自治権のないより統一的な国家」を望む割合は11.2%から20.7%へ増加している(注11)。おそらく、国民党政権の強気の姿勢は、自治に対するこのような意識変化に裏付けられているのかもしれない。

(注11)Centro de Investigaciones Sociológicas, Barómetro de Julio 2014,Estudio no.3033, Pregunta 21. Estudios 2667, La identidad nacional en España, 18 de diciembre de 2006, Pregunta 8. 

一方、現行の自治制度への支持は54.1%から34.5%へと減少している。自治制度に対する不満の一部は、「スペインからの分離・独立を認めるべき」という方向にも流れているので、自治をめぐる国民の意識が二極分解していると言える。より統一的なスペインを求める立場と、各地域の自主性を尊重する多元的な国家をめざす立場の間で溝が広がっているのだ。スペインの歴史でつねに対立の火種となり、時には武力衝突にまでエスカレートした、国家観をめぐる危険な対立が今再び浮上しつつある。

フランコ後の民主化過程において、スペイン人の中には再び内戦を繰り返してはならないという強い思いがあった。また、フランコ独裁への逆行をおそれる気持ちもあった。こうした集団的心理は、皆が受け入れ可能な共存のための枠組みづくりをめざす「合意の精神」を生み出した(注12)。流血をみることなく平和裏に民主主義を達成したスペインの民主化は、軍事独裁に苦しむ中南米などにも「成功モデル」として提示された。

(注12)民主化で「合意の精神」に関する言説がどのように生まれ、政治プロセスにどのように作用したかについては、以下の論文を参照されたい。加藤伸吾「モンクロア協定と「合意」の言説の生成(1977年6月~10月)‐世論、知識人、日刊紙『エル・パイース』-」、『スペイン史研究』第27号(2013年12月)。

「合意の精神」を象徴するものが憲法第2条である。ここには「全スペイン人の共通で不可分の祖国たるスペイン国家が、固く結ばれ一体である」と定義する統一的な国家観と「諸ナシオナリダー(民族体)および諸レヒオン(地方)の自治権を承認し保証する(注13)」という多元的な国家観とが併記されている。

(注13)憲法には「ナシオナリダーnacionalidad」に関する具体的な記述はないが、カタルーニャやバスク、ガリシアなど固有の言語や文化、歴史をもち、他地域とは異なる民族的な実態を備えている地域を指すと一般に理解されている。これによって、スペイン国内に単なる「レヒオン」と「ナシオナリダー」という質の異なる二つの地域共同体が生まれることになった。カタルーニャ主義者は「ナシオナリダー」をネーションと同義に捉えている。

この第2条は起草されたときに、ナシオナリダーがいったい何を指すのかなど最も議論を呼んだ。しかし、当時は民主化成功のために「スペイン人の共存の枠組みづくり」が最優先された。憲法起草委員会に参加した一人、カタルーニャ出身の政治家ミケル・ロカも「誰をも完全に満足させないが、全員の最低限の満足を与える(注14)」憲法が目指されたと述べている。第2条は相対立する国家観の政治的妥協の産物といえる。

(注14)「エル・パイース」(電子版)2013年12月2日。

しかし、全員が受け入れ可能なものは、逆に言えば誰も完全に満足させられないということでもある。憲法制定からすでに40年近くが経過し、内戦を知らない若い世代が国民の約9割を占めるようになった。世代交代が進むにつれて、国民の間から聞こえてくるのは「成功モデル」への疑問や不満で、民主主義の一層の深化を求める声が高まっている。これまでかろうじて抑えられてきた異なる国家観の対立が、「合意の精神」の希薄化と共に顕在化し、「白か黒か」の自己主張を始めたようである。

こうした対立の激化は、カタルーニャ社会の内部でも亀裂を生み出している。長年穏健なカタルーニャ主義を標ぼうし、中道右派の政党として州政府を掌握してきた集中と統一(CiU)の分裂は、まさにそれを象徴している。独立に反対する穏健なキリスト教民主主義のUDCが、独立へと傾斜するCDCと袂を別ち、その結果36年間続いた二党連合のCiUは消滅した。

二大政党制の行き詰まり

「合意の精神」の希薄化は、かつて民主化をリードしてきた中道左派(社会労働党)の衰退という形でも現れている。社会労働党は伝統的にスペイン南部の農民と労組などに組織された労働者階級に支えられてきた。さらに、フランコ体制末期にマルクス主義政党から中道左派の大衆政党へ変容することで社会の中間層を巧みに取り込み、民主化の主導権を握ることに成功した。

だが、スペインは高度経済成長をへて農業国から工業国になり、さらに国民の7割以上がサービス産業に従事する先進国の産業構造に変化してきた。農民と組織労働者という社会労働党の伝統的な存立基盤は揺らいでいる。1981年に発生した軍・警察の一部による国会占拠事件直後の総選挙で、一千万票以上(投票総数の48%、350議席のうち202議席)という圧倒的な支持で勝利し、民主化を決定づけたあの勢いはどこにもない。

国家モデルとして連邦制を掲げ、党の機構も一応連邦主義の構成をとる社会労働党は、カタルーニャの自治拡大に一定の理解を示してきた。21世紀に入って、カタルーニャの分離独立をめぐって対立する勢力の間に立ち、社会労働党は「第三の道tercera vía」を模索してきたが、2015年12月20日の国政選挙では、350議席のうちわずか90議席という最低を記録した。

一方、中道右派の与党国民党も昨年末の選挙では大きく議席数を減らし、社会労働党と共にスペインの政権を担ってきた二大政党がどちらも低迷するという状況が生まれている。代わって登場したのがポデモスと市民党という新しい政党である。どの政党も過半数に達しないので、組閣は諸政党間の交渉に委ねられたが、結局折り合いがつかず、6月に再選挙の実施が決まった。前代未聞の出来事であるが、民主化後機能してきた二大政党制が行き詰まりを見せていることは確かである。

さて、政党間での合意形成ができずに再選挙となるわけであるが、この合意形成に失敗した理由の一つがカタルーニャ問題をめぐる意見の対立である。昨年12月の選挙結果を受けて、社会労働党を中心とした政権づくりが進んだが、そこで2つの可能性が検討された。「ルート199」と「ルート161」と呼ばれるもので、「ルート199」とは社会労働党、市民党、ポデモスの3党が合意することで、議会で199議席(過半数176)を獲得し首班指名を得ることをめざしている。一方、「ルート161」とは、市民党を除外した社会労働党とポデモスのみの合意形成である。

「ルート199」を追求しようと社会労働党は、まず市民党との間で合意に達する。しかし、その中に「スペインのいかなる領域内においても、「(民族)自決権 autodeterminación」を推進するために住民投票を実施しようとするあらゆる意図に反対する」という文言が含まれた(注15)。これは明らかにカタルーニャの住民投票を念頭に置いたものである。カタルーニャの住民投票実施に理解を示すポデモスはこれに強く反発し、結局3党合意は実現しなかった。

(注15)PSOE, Ciudadanos, Acuerdos para un gobierno reformista y de progreso,p.66.

もちろん、労働法改正や税制改革といった他の問題でも見解の不一致はあるが、カタルーニャをめぐる問題が、合意形成の過程でネックになったことは確かである。6月に再選挙が行われたとしても、果たして選挙結果がどれだけ変化するかは不透明で、また政党間の立場の違いはそう簡単に埋まりそうもなく、今後もスペインの政局は流動的であり続けるだろう。

一方、新たにカタルーニャ州首相に就任したカルラス・プッチダモンは、マドリードにおける初の記者会見で、カタルーニャ独立へ向けての手続きを予定通り着々と進めるとしながらも、6月選挙後に成立する新政権との対話再開への期待を表明している。新しい中央政府がより柔軟な態度を示し、カタルーニャ州政府との対話の糸口を探れるかどうか、それが今後の鍵となるだろう。

八嶋由香利(やしま・ゆかり)
スペイン近現代史
東京大学総合文化研究科博士課程修了。学術博士。
専攻:スペイン近現代史。特にカタルーニャとキューバの関係史。
現在、慶応大学経済学部教授
主要業績:『近代都市バルセロナの形成 都市空間・芸術家・パトロン』(共著、山道佳子、鳥居徳敏、木下亮、慶応大学出版会、2009年)、「19世紀スペインの植民地支配と商業移住者のネットワーク―カタルーニャの「インディアーノ」ミゲル・ビアダを通して―」(『史学』第81巻第4号、2013年)

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