記事

スペインにおけるカタルーニャ問題――なぜ今独立を求めるのか 八嶋由香利 / スペイン近現代史

2/3

なぜ今独立をめざすのか?

(1)政治的側面

フランコ後のスペインで高度な自治を享受してきたカタルーニャであるが、なぜ今独立へ向けて舵を切ろうとしているのだろうか。「独立問題」を先鋭化させている最大の政治的要因は、現国民党政権の中央集権的政策である(注3)。国民党の前身である国民連合(AP)は、憲法制定時、多元的スペインを認めた第2条(後述)の採決に態度を留保した唯一の政治勢力であった。

2011年に政権復帰を果たした国民党であるが、党首のラホイ首相は「自治州はネーションあるいは国家となったこともないし、なることもできない(注4)」と述べ、スペインが政治的、文化的にみて唯一のネーションであるとする立場を堅持している。これがカタルーニャなど周辺地域のナショナリストをいらだたせているのだ。

(注3)2015年12月20日の総選挙後は暫定的な政府として今に至っている。
(注4)Javier Fernández Sebastián, Juan Francisco Fuentes(dirs.) Diccionario político y social del siglo XX español,

国民党政権下において、中央とカタルーニャの政治的緊張を高めた例を二つあげよう。まず、自治憲章改正問題である。2005年、州議会で採択された新憲章案はカタルーニャを「ネーション(カタルーニャ語でナシオー)」と定義し、行政面でカタルーニャ語の使用を(カスティーリャ語よりも)「優先的」とし、州政府が排他的な権限をもつ分野では、国の各行政機関に直接参加する権利などを要求した。これらは「多元的スペイン」をさらに一歩前進させるものであった。しかし、その文言は国会審議を経てほぼ全面的に削除され、「ネーション」という言葉は法的拘束力のない前文にまわされた。

2006年、新しい自治憲章案は大幅な内容の修正をへてようやく国会で可決され、カタルーニャの住民投票で承認された。しかし、一連の審議に不満を抱いていた国民党は、自治憲章をマドリードの憲法裁判所に提訴し、裁判所も2010年6月その一部に違憲判決を出した。譲歩に譲歩を重ねた自治憲章が違憲とされたことはカタルーニャに衝撃を与え、ここに現行憲法の枠組みの限界を感じた人々は、「自治」を断念し「独立」へ向かうことになった(注5)。

(注5)カタルーニャ州政府及び州議会は、憲法裁判所裁判長のペレス・デ・ロス・コボスを国民党への偏向があるとして非難している。

二つ目の例は言語教育についてである。1983年に制定された「言語正常化法」、さらに1998年の「言語政策法」により、初等・中等教育ではカタルーニャ語が使用言語として根づいている。しかし、2013年中央政府は教育の質改善のためとして、通称「ヴェルツ法」と呼ばれる法律を制定した。この中で、従来「基礎教育科目」であったカタルーニャ語は「特殊選択科目」と位置づけられた。これに対してカタルーニャでは激しい抗議が沸き起こる。

EUの掲げる多言語主義(plurilingüismo)に反するとの批判も高まっている。言語政策をめぐるカタルーニャの危機感の背景には、スペイン語が世界言語として存在感を増す一方、カタルーニャでは多数の外国人労働者の流入もあって、非カタルーニャ語話者が増大しているというグローバルな社会変化があることを指摘しておこう。

(2)経済的側面

確かに国民党政権の非寛容な姿勢はカタルーニャの州政府及び独立派を刺激しているが、双方の政治的緊張関係をさらに悪化させている背景には、やはり未曽有の経済危機があると思われる。2008年のリーマンショックは、ヨーロッパの中でも特にギリシャ、イタリアそしてスペインに大きな打撃を与えた。カタルーニャも企業の倒産や失業者が増大し、危機の開始から2013年までに民間で567,000人分の雇用が失われた(注6)。ローン返済ができずに自宅を失う人も出てきた。

(注6)A.D. Guzmán Ramírez, M.L. Quiroga Riviere, “La crisis económica y el movimiento independentista catalán”, Oasis, No.18, p.61.

2014年第Ⅱ四半期のスペイン銀行によるデータでは、17自治州が抱える赤字総額はスペインGDPのおよそ22.3%に相当する2,282億3,400万ユーロにのぼっている(注7)。このうち、カタルーニャ(約618億ユーロ)が全体の27%を占め、この地域一人あたりの借金は8,186ユーロ(約106万円)と全国平均の倍近くに達している。

(注7)Pablo Molina, “La deuda autonómica alcanza los 4.860 euros por habitante” (http://www.libremercado.com/2014-09-16/la-deuda-autonomica-alcanza-los-4860-euros-por-habitante-1276528272/)(2016年6月4日閲覧)

長年にわたって州政治を支配してきた集中と統一(CiU)の資金不正疑惑も発覚し、既成政党に対する市民の失望と不信感は高まっている。反資本主義を標ぼうする人民連合党(CUP)や、政治腐敗を糾弾する市民党などの新政党が支持を伸ばしているのはその表れであろう。独立すれば経済的苦境が少しは改善されるのではないかと市民が期待を寄せたとしてもおかしくはないし、また州政府の側もそう受け取られるキャンペーンを展開してきた。

一方、市民の怒りは債務削減のために緊縮政策を推進するスペイン政府にも向けられる。EUから押し付けられた財政赤字削減という目標達成のために、中央政府は公共事業費のみならず、医療や教育など市民生活と直結した分野での経費カットを州政府に要求している。これが州・中央の関係をさらに悪化させているのだが、政府が国民党政権であるだけに、カタルーニャ州政府の不信感はさらに強くなる。

「財政自主権soberanía fiscal」をめぐる問題もカタルーニャを独立へと駆り立てる要因の一つである。スペインではバスクとナバーラだけは中央政府との特別な取決めによって、地域管轄内の税金は各州(あるいは県)が徴収し、その一部を中央政府に納めている(注8)。一方、カタルーニャを含む他の15州は共通の税制度に組み込まれており、国税は国が徴収し、交付金という形でそれを各自治州に分配している。この分配方法が不公平だとカタルーニャの人々は考えている。

(注8)憲法はバスクとナバーラに対し「歴史的諸法derechos históricos」を認め、それによって徴税権のような他の州には認められていない高度な自治を享受している。バスクとナバーラの自治に関する歴史については、萩尾生、吉田浩美(編著)『現代バスクを知るための50章』(明石書店、2012年)を参照。

財務省のデータによれば、2012年に17自治州の中で国税負担額が国からの交付金額よりも多かった州は、カタルーニャ、マドリード、バレンシア、バレアレス諸島の4州で、いずれもスペインの中では豊かな州である。

カタルーニャは州内GDPの3.75%分、金額にするとおよそ74億3,900万ユーロの持ち出し状態になっているが(注9)、一方、税負担に対する見返りが少ないため、鉄道や高速道路などのインフラ整備が他の自治州に比べて遅れているとされる。新自治憲章では、カタルーニャにおける国の公共投資(インフラ整備)がGDPに占めるカタルーニャの比率と同じ水準になることが求められているのに(注10)、である。経済危機の影響が深刻なだけに、より強い財政自治権を求める気持ちは強くなる。州政府はバスクやナバーラと並ぶ完全な徴税権を求めているが、中央政府はその要求をはねつけている。

(注9)Ministerio de Hacienda y Administraciones Públicas, “Informe sobre la dimensión territorial de la actuación de las Administraciones Públicas, Ejercicio 2012 ”, P.15

(注10)Pere Ysás, “Cataluña 30 años de Autonomía”,Historia de España, Espasa Calpe, vol.43, p.520.

あわせて読みたい

「スペイン」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。