- 2016年06月22日 12:24
東電は、第三者委『報告書』を破棄せよ - 南部義典
2/2第三者委の調査、検証が始まった経緯
私たちは、なぜ、このタイミングで、このような内容の『報告書』が公表されたのか? という疑問を持ち続けなければなりません。東電が今後、『報告書』をどのように扱うのか、厳しく監視する必要があるからです。第三者委の調査、検証が始まった経緯について、改めて振り返っておきます。
直接のきっかけは、国ではなく、新潟県とのやり取りの中で生まれています。新潟県は2003年、新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会を組織し、外部有識者を交え、県内に立地する柏崎刈羽原発の安全管理などに関して検証、議論を重ねてきました。
福島第一原発事故の後、技術委員会は、24回にわたって会合を開いています。「福島第一原発で炉心溶融が起きたことを、東電はもっと早く察知することができたのではないか。もっと早く公表ができていれば、住民の避難が迅速、的確にできたのではないか」と、技術委員会は会合に出席した東電担当者に対し再三再四、指摘してきたのですが、東電側は「炉心溶融の定義が存在しないので、そう判断することができなかった」との答弁を繰り返してきました。
そして、ことし2月24日の会合で、東電は初めて、炉心溶融の判断基準を定めたマニュアルの存在を認めたのです(「福島第一原子力発電所事故当時における通報・報告状況について」)。事故から5年近くが経過し、やっと明らかになった事実です。結果として、技術委員会の場において、東電は誤った説明を繰り返してきたことになります。事故当時、マニュアルに従っていれば、3月14日には、炉心溶融の判断ができていたとされます。
第三者委は、こうした経緯を踏まえて、○福島第一原発事故当時の社内マニュアルに従って、炉心溶融を判定、公表できなかった経緯とその原因、○技術委員会に事故当時の経緯を説明するなかで、誤った説明をした経緯とその原因、を調査・検証するため、3月に組織されました(「『福島第一原子力発電所事故に係る通報・報告に関する第三者検証委員会』の設置について」)。社内マニュアルの存在は、わずか4ケ月前に明らかになった事実であり、第三者委による調査、検証は、国会事故調など過去に行われた権威ある本格調査結果との整合性を保ちながら、その内容を合理的に補充するものとなったはずですが、『報告書』はむしろ、官邸側への責任転嫁を示唆する(そうした流れを作出しようとする)、逆転の発想に立ったものなので、疑問が大いに生まれるわけです。
福島第一原発事故の炉心溶融の公表に関して、今回、第三者委が調査、検証の対象としなかった点については、新たに設置される「東京電力HD・新潟県合同検証委員会(仮称)」がフォローを始めます。私は、今回の『報告書』の内容を是として、次の議論に転じるのではなく、そもそも論として、報告書の作成経緯等も含めて、ゼロベースから議論を始める方が理に適うと考えます(⇔新潟県には何の責任もありませんが)。あえて言えば、本来は国レベルの問題として、国権の最高機関であり、立法・政府監視機関である国会が、この役割を主導しなければならないのです。
報告書の公表を許す空気を作ってしまっていた
『報告書』が公表された翌日、民進党の枝野幹事長は臨時の会見を開き、「報告書の内容は、(自分や菅元総理の)名誉、信用を毀損するばかりか、このタイミングの公表は、参院選挙を政治的に妨害する行為に他ならない」と、法的措置を講ずる可能性にも言及しながら、厳しく抗議しました。同党の福山哲郎参院議員も、自らのホームページで抗議の意思を示しています。
批評する相手が政治家であれば、その内容が政治的な意味の受け止めをされることは当然です。第三者委も、それは分かっていたはずです。今後どのようなケジメが付けられることになるのか、成り行きを見守らなければなりません。国会レベルの対応として、衆議院原子力問題調査特別委員会、参議院東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会に、第三者委のメンバーを招致し、事実関係等を質すことが最低限必要でしょう。
私たち市民の側は、「検証修正主義」ともいうべき『報告書』の作成、公表を許してしまう社会の空気を作ってしまっていたのではないでしょうか。自分事として、省みる必要があると思います。事実、私も福島第一原発事故から得たはずの教訓を日常、意識しなくなっています。本連載でも、原発に関するテーマを扱うことが減ってきています。その理由を考えると「福島の事故はもう終わったこと」と、知らず知らずのうちに思い込んでいる自分がいる気がします。・・・否、終わっていないのです。現在進行形のことと受け止め直し、議論を継続し、次の世代へと継いでいかなければなりません。事故時、事故後、相当な時間を共有した、一市民としての責任を感じます。
東電は、『報告書』を「全面的に受け止める」のではなく、あっさりと破棄すべきです。国会でも、与野党の政治的思惑と対立を超えた、公正・中立な検証作業とルールづくりが実践できるよう、市民の声をもっと強くしなければなりません。



