- 2016年06月21日 16:55
別所哲也 すべての挑戦は演技のために 別所哲也(俳優) - 吉永みち子
2/2すべては表現につながる
「僕の家は、祖父も父も銀行員という堅い家、堅い思考でして、僕は完全に一家のブラックシープなんです」
どこまでいっても堅実な雰囲気の中で育った別所は、生まれた時から真っ白な中の黒い羊だったのだろうか。高校時代はバレーボール部でスポ根路線、慶應義塾大学では、入学当初は商社を目指して英語の必要性からESS(英語部)に入り、体を動かす英語劇に参加している。そこから大きく方向転換して俳優への道を歩き出したわけだが、予測できる展開に一度ははまりながら、あえてそれを外して生きている印象も受けるのである。
「小学校2年の時にね、学校で同じクラスの女の子が『鶏のトサカは何で赤いんですか』って先生に質問したんです。で、僕は思わず『そんなの当たり前だろう』って呟(つぶや)いちゃった。そうしたら先生が、『別所君、当たり前って何? 世の中に当たり前なんかひとつもないんじゃないかな』って言ったんです。それがガーンと胸に突き刺さって、先生の言葉が耳から離れなくなってね。どうもそれから、当たり前を疑う性格になったみたいです。あの時のことは忘れられないですね」
思い込みやすい自分の発見と、当たり前なんか世の中にないという衝撃の指摘。ひと言がその後の生き方の軸を定めてしまうことがある。普通や無難に流れそうになると内なる針が反発して、これでいいのか? 本当にそうか? という方向に振れる。そんな別所は、小2のこの瞬間に生まれたのかもしれない。
画像を見る「 前に進もう、次のことをやろうと動けば新たな発見がある。そのすべてが演技につながっています」
英語力向上のために始めた英語劇で演劇の面白さに夢中になり、英語と演劇が逆転し、在学中にミュージカル「ファンタスティックス」で俳優としてデビュー。当然ながら、堅実を旨とする父は安定の対極のリスキーな選択などありえないと反対したけれど、自分に正直に生きる道を選んだ。
「高校でバレーボールをやってたのに、レオタードでバレエのレッスンですからね。人前で踊ったり歌ったりもやっぱり最初はこっぱずかしかったけど、自分の感情を解放して本気で表現することで人に何かが伝わっていく面白さのほうが断然勝ってましたから」
俳優としての別所哲也は、「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」など数々の代表作をもつ舞台はもちろん、映画、テレビと演技の場は広がり、劇画を生み出した辰巳ヨシヒロの世界を描いたエリック・クー監督作品「TATSUMI」ではひとりで6役の声を演じ分け、声優としても注目されている。さらに、素の自分でリスナーと向き合うラジオ番組のナビゲーターとして、10年もの間、J-WAVEで月曜から木曜の朝6時から9時までの生放送を続けている。そして今春からは、BS11で「報道ライブINsideOUT」のメインキャスターも務めている。
常識的にはそれだけでも手一杯のはずだが、その上に、映画祭の主宰とシアターの運営管理の仕事が乗っているということになる。加えて、観光庁のVISIT JAPAN大使、外務省「ジャパン・ハウス」有識者諮問会議や映画倫理委員会の委員などを務め、今年は新たに、東京都からの要請で東京ブランドを世界に発信する「東京ブランドアンバサダー」に就任した。
別所の場合、俳優の顔ですべてをこなしているわけではなく、たくさんの顔を持っているためにそれぞれの顔を求められて多岐にわたる仕事が発生している。心が動くことは何でもやってしまう。何かを捨てて次に進むのではなく、何も捨てずに重ねていく。しかも一過性ではなく、それぞれが長く継続される。
幹があって小枝が伸びるというより、種子が落ちたところに幹が林立しているというイメージである。それなら根にあたるのは何なのだろうかと、地中を覗きたくなる。
「それは俳優です。すべてが俳優・別所の表現につながっていると思っています」
間髪を入れずに答えが返ってきた。
昨年は初めて、河瀬直美監督の短編映画「嘘」に自ら出演。今年の6月には「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2016」が開催され、映画「マザーレイク」も公開、夏には舞台「南太平洋」で全国ツアー。その間もずっとラジオの生番組は続くのである。毎朝起床は4時半。睡眠時間は4時間程度。それなのに疲れた顔は見たことがない。どれだけ超人なのかと思う。
「僕はいつもオンなんです。生きている間はずっとオンだと思ってる。子どもと一緒の時も、プライベートで旅に行ってる時も、遊びとしてオン。眠っている時も、寝るというオンなんです」
どうやらオフというボタンは別所の中には存在していないらしい。この日も4時半起き。すでに12時間以上、それぞれ色合いの違う仕事や時間に全力で向かい合っているはずなのに、翳(かげ)りのない笑顔を残して力強い足取りで次の予定に向かって飛び出して行ったのである。
(写真・岡本隆史)
べっしょ てつや
1965年、静岡県生まれ。90年、日米合作映画「クライシス2050」でハリウッドデビュー。99年より日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル」を主宰。2010年、第1回岩谷時子賞奨励賞受賞、12年、内閣府の「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の一人に選出される。16年、東京ブランドアンバサダーに就任。
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