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別所哲也 すべての挑戦は演技のために 別所哲也(俳優) - 吉永みち子

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吉永みち子

舞台、映画、ラジオ番組のナビゲーター、さらには国際的評価の高い映画祭の主宰。とどまるところを知らない挑戦が俳優としての表現の土壌を豊かにし、揺るぎない存在感をもたらしている。

 横浜のみなとみらい21地区。日本で唯一の常設の短編映画専門の映画館「ブリリア ショートショート シアター」は、みなとみらい駅からほど近い、高層や超高層の集合住宅が並ぶ一角にあった。黒を基調にした小さな喫茶店のようなロビーを抜けると、赤い絨毯の階段が劇場内へと誘う。カンヌ映画祭のフェスティバルホールと同じ深紅の椅子に腰かけた別所哲也は、舞台、映画、ミュージカル、テレビドラマなどでなじんでいる俳優・別所哲也の顔で華やいだ雰囲気を漂わせている。

 が、2008年に世界でも珍しいこの短編映画館を誕生させたのは別所自身であり、1回1時間で5本から6本の作品を上映するために世界中から作品を集め、運営に当たっているのも別所なのである。そのために劇場開設の1年半前に設立した会社の社長でもある。

 「最初は、短編映画をかけてくれる映画館を探したんだけど、日本にはそういう興行スタイルが確立されていないということがわかった。ないのなら自分で作ろうと思ったけど、周囲の人たちみんなが反対しました。単館の映像上映施設を作るなんて採算とれないし、ビジネスとしてありえないからやめとけって」

 失敗を心配するだけでなく、何も俳優がそんなことまでしなくてもいいじゃないかという思いも周囲にはあったのだろう。常識的に考えればまさしく正論である。が、それらの声は、別所を思いとどまらせることはできなかったということになる。

 「それなら新しい時代の映画館の上映スタイル、運営方法、経営モデルを作れないかと思ったんです。それと、シアターが短編のクリエーターが集まれる場所になり、また町の井戸端的な場としての機能を持てたら面白いんじゃないか。銭湯に行く感じ、買い物のついでや歯医者帰りなどに立ち寄れるコミュニティーシアターという発想で、とにかくスタートしました」

 思いを走らせてから5年かけて開設にこぎつけ、今年で8年目を迎える。夢先行型なんですと笑って振り返る顔は、まさしく時代を切り拓くベンチャービジネスの起業家を彷彿とさせる。短編作品を上映できる場所が何としてもほしいという思いを掲げて突き進んでいく潔さと熱気が感じられる。

日本発の短編映画祭を開催

 俳優が映画館を作るというありえない道に別所を押し出したのは、1999年に日本で初めて開催され、しっかりと定着した国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」なのだろう。この映画祭を生み出したのも別所自身である。主宰者にして代表も務め、ここでも自ら運営に当たっている。

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「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2015」の授賞式

 「1997年に短編映画の面白さに取りつかれて、上映会をやろうと考えたんですが、どこの映画館もラインアップが決まっていてダメだし、短編なんかと頭ごなしで入り込む余地がない。それならポケットマネーでイベントとして映画祭をやろうかと思って、2年かけて準備して、99年に原宿での映画祭が実現したんです」

 こんなことができたらとアイデアを出したり、応援団として名前だけ連ねるのはよくある話だが、別所の場合、すべて自分で動くのである。動くとハードルが次々現れ、提出書類の山が築かれる。身をもってぶち当たり、突き抜けていくのは容易なことではない。しかも俳優としての仕事を続けながらである。

 「それまで演じることだけに専念していた役者ですからね。場所はどうする? 税関を通すにはどうするの? 字幕は? 法人格でないと外国からのフィルムの調達交渉ができないと知って会社を作ったり。東京都や保健所への申請、会場のある渋谷区の区長や原宿駅長への挨拶、商店街の人たちへの挨拶、ミーティングのセットアップとか、すべてがそれまでの人生では無縁だったことなので、本当に勉強になりました。もう全部が全力疾走。無事に終わった後、精も魂も尽き果てて、3日ほど寝込みました」

 疲れ果てたはずの別所に、2回目、3回目と映画祭を続けさせる原動力を与えたのは、短編映画を初めて見たという人からの声や、来年もまたやってほしいという要望だった。涙が出るほどうれしかったという。

 「自分が面白いと思ったことを人も面白いと思ってくれたとわかった瞬間の喜びって忘れられない。で、またやりたくなるんですね」

 今年で18回目を迎える「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、米国アカデミー賞公認の映画祭に認定され、グランプリ作品は米国アカデミー賞短編部門のノミネート選考作品になる。いまでは、苦しんで産み育てた子どもが18歳を迎えた親の心境だという。

99年当時、別所は34歳。若さとエネルギーにあふれた30代とはいえ、その奮闘ぶりには鬼気迫るものが感じられる。そもそもなぜ短編映画が、別所に次々と険しい道を歩かせることになったのか。もう少し時間を巻き戻さないと、ほとばしる情熱の根源が見えてこない。

 俳優としてデビューして3年後の90年には「クライシス2050」というハリウッド映画にも出演して順風満帆。仕事に追われながら20代から30代に入り、仕事のことしか話すことがなくなっていることに気づいた。そんな自分に疑問を感じ、3ヵ月の休みを取って、以前撮影のために1年半過ごしたアメリカに渡った。自分を一度リセットして、演劇の原点に立ち戻るため。その滞在中に、かつての仕事仲間から短編映画を見に行こうと誘われて、断れずにいやいや10本の短編を見ることになったのだという。

 「衝撃的な出会いでしたねえ。行く前には、つまらないに決まってるという先入観バリバリで完全に後ろ向きでしたから。それがもうめちゃくちゃ面白かったんです。10分足らずの映画に、泣いたり笑ったり考え込んだり。映画って長さじゃないんだって気づいたというか、実際に流れている時間軸とスクリーンに流れる時間軸の違いというか。5分がかくも壮大な5分になりうる感覚というか」

 入る時と出る時で、つまらないと思い込んでいた短編の位相が自分の中ですっかり変わってしまったようだ。

 「映画ってなんでみんな同じような長さなんだろう。いつのまにか自分もそれが当たり前だと思っていたけど、その時にふと疑問に感じた。音楽だって長い交響曲もあれば3分で人の心を打つ美しい小品もある。文章の世界でもエッセイやコラムや長編大作などそれぞれの個性があって多様なのだから、映画だってもっと自由に表現していいはず。映画館の興行の回転効率のためにいつの間にか収まりのいい尺になっていったのなら、それってやっぱりおかしいんじゃないかって感じました」

 短編映画の自由な表現、まだ磨かれていないけれど輝きの断片を見せる原石の自己主張の数々から感じる面白さと、いつのまにか思い込みと当たり前の世界に安住していた自分を発見したことの衝撃。きっと2つのショックが別所を襲ったのだろう。

 このエピソードは、その後の別所の常識や、普通なら避ける危険に敢然と向かっていく姿に重なってくるようで興味深い。映画祭や映画館の創設や運営手腕から、つい実務能力の高さやベンチャー的な感覚の鋭さなどに感嘆してしまうのだが、別所をそういうふうに受け止めること自体が思い込みだったのかと揺らいでくる。すべては別所哲也というひとりの人間の中にあふれる感性の表現方法のひとつなのかもしれない、そんな気がしてくる。

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