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英EU離脱、欧州の安定に突きつける問題

 英国の欧州連合(EU)残留の主張で最も強力と思われるのは、英国がEUを離脱すれば誰も制御できない力が解放されてしまう、というものだろう。この議論は、今回の投票を巡る運動自体の中であまり大きな役割を果たしてこなかった。キャメロン首相は数週間前、「疑いの余地なく欧州大陸の平和と安定を確かにする」ことは誰にでも可能なことだろうかと問いかけたが、これは各方面から嘲笑を浴びた。新聞各紙は、英国のEU離脱(ブレグジット)が実現すれば、第3次世界大戦や大虐殺が起きると予見している、として首相を批判した。逆に離脱派の中心人物であるゴーブ司法相は、離脱すればユーロやEUから欧州が「解放」されると主張している。だがそこには、戦後の欧州における秩序の崩壊が英国や欧州の安定と繁栄にとってどのような意味を持っていたかという考察はほとんど見られなかった。

 ブレグジットで発生する可能性のあるコストの経済分析(離脱派はこれを「恐怖のプロジェクト」と呼んでいる)はいずれも、英国の離脱にEU側は総じて影響を受けないという想定に基づいている。まるで、国民投票で争点となっている問題は全て英国と欧州政府の2者間の問題であり、28カ国あるEU加盟国間の複合的な関係に対する直接的影響などないとでもいうようにだ。偏狭な英国内での議論において、欧州の安定は所与のものと考えられているのだ。

 しかし、23日の投票を目前に控え、こうした想定は悠長なもののように思われる。ブレグジットになった場合、欧州で制御できない政治的力が解き放たれる兆しは高まっている。英国が欧州協定の枠組みに頼らず、欧州内において単独でその目標を追求すると決定した場合、英国以外の国々も既存の欧州の構造にコミットメントすることに疑問を抱く恐れが大きい。米調査機関のピュー・リサーチ・センターによると、EU全体で不満が高まる一方、英国の離脱はEUにとって悪材料になると考える意見が過半数を占めている。世論調査の結果では、同様の国民投票実施への支持がスウェーデンやデンマーク、オランダ、さらにはフランスにおいてすら増加している。

 中欧や東欧は特に、政治的影響を受ける可能性がある。こうした地域の政治にはすでにブレグジット問題の影響が出ており、EUにおけるドイツの支配力が拡大する一方、自由市場の最大の支持者でありユーロを導入していないEU加盟国で最大の影響力を持つ国(である英国)が抜けてしまう、という懸念に乗じ、右寄りの国家主義的な政治勢力が台頭している。今月プラハで行われた経済サミットでは、ポーランドとハンガリーの首相がいずれも、英国が離脱した場合にEUの運営に大きな変化を求めるべきだと主張しており、このため、欧州政府との間で法の支配や欧州の価値の構成要件に関する解釈を巡り、対立が高まるのではないかと懸念が広がっている。 

 また、英国が離脱すれば、経済面でも制御できない力が欧州に広がる恐れがある。英国との貿易に障害が起きる可能性があるうえ、金融市場の不安定化が金利を押し上げるとみられることから、ユーロ圏の一部で成長見通しの引き下げは避けられないだろう。英ポンドが下落し、米連邦準備制度理事会(FRB)がブレグジットを次回利上げ先送りの理由と判断した場合、ユーロ高が進み、これが欧州の輸出に足かせとなるだろう。ユーロ圏内の一部中銀関係者は、企業や家計が投資計画や支出を先送りする中、EUの将来的な方向性に関する不透明感がより大きなショックにつながることを懸念している。

 こうした環境では、欧州中央銀行(ECB)の防衛策も限られる可能性がある。マイナス金利の費用と効果がより均衡へと向かいつつある一方、債券購入策はすでに能力的にも政治的にも制約にぶつかっている。ドイツ憲法裁判所が今週、ECBの債券購入策の適法性について判断を下した時点で、ECBの選択肢は一層複雑なものとなるかもしれない。市場が再度、国債の持続可能性や銀行の支払能力に疑問を呈するようになれば、ユーロ圏の各政府は即座に政治的解決策を策定するよう圧力を受けるだろう。だが、現時点でそうした解決策はまだ用意されていないと思われる。

 しかし、ブレグジットで制御不能な力が最も大きく解放されるのは、他ならぬ英国である。先週起きたコックス議員殺害事件の前からすでに、国民投票を巡る運動は英国政界で理性を超えた感情的反応を呼んでおり、投票結果がどう出てもこうした熱がすぐ冷めるとは思えない。離脱派は運動の中で、離脱直後からEUとの貿易関係を壊すことなく大規模な移民の流入に歯止めをかけられるとし、その過程で数十億ポンド規模を歳出するとの公約を掲げていた。だが、これはできそうもない約束への期待を膨らませるというリスクを冒している。同時に、離脱派はトルコのEU加盟が間近とする誤った想定やこれを訴える反移民ポスターを使っているが、こうしたことに批判的な「専門家」を理性より感情に訴えるやり方で攻撃している。だが、こうした専門家の懸念の正しさが明らかになった場合、離脱派はどう反応するのだろうか。

 ブレグジットは、ある意味で英国に革命が起きるようなものだ。英国で最も力を持つ機関、つまり、議会や財務省、中央銀行、さらには多くの企業や金融、科学、教育、軍事、外交の主導権が拒絶されることになる。23日の投票で残留が決まったとしたら、それは有権者が「終わりはどこにあるのだろう」という疑問を自らに発した結果だろう。

By SIMON NIXON

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