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EU離脱をめぐる議員殺害事件が英国にとってもつ意味―試練に直面する「英国らしさ」

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6月16日、EUからの離脱の賛否を問う国民投票が迫る英国で、残留を主張していた下院議員ジョー・コックス氏が、離脱派の暴漢によって殺害されました。

この事件が英国に与えたショックは大きく、離脱、残留の双方の選挙運動が一時停止されました。また、それまで勢いを増していた離脱派が、事件後の世論調査では残留派にリードされる状況も生まれました。国民投票は6月23日に実施される予定で、その結果については予測が困難ですが、今回の事件が少なからず影響をもつとみてよいでしょう。

その一方で、今回の事件は、「英国らしさ」が試練に直面していることも再認識させました。議員を殺害した暴漢は裁判所で氏名を問われ、「私の名前は、裏切り者に死を、英国に自由を」と名乗りました。しかし、「英国らしさ」を裏切ったのは、むしろ殺人者自身だったといえます。そして、そこには英国だけの問題ではなく、世界全体を覆う兆候を見出すこともできます。

英国におけるテロ

政治的、宗教的、民族的な信条に基づく破壊行為、つまりテロリズムは、英国では少なくありません。図1は、英国におけるテロの犠牲者を示しています。

ここからは、1990年代までは北アイルランドの分離独立をめぐる問題で、2000年代からは2005年のロンドン地下鉄爆破事件のようにイスラーム過激派によるテロが頻繁に発生してきたことが分かります。

しかし、今回の事件は、それらと趣が異なります。それは、被害者も加害者も「英国人」を自覚している者だったということです

英国では、英国人の観点からみて基本的に「話し合う余地がない」と思われる相手(北アイルランドの分離派やイスラーム過激派)に対して、鎮圧や取り締まりで臨むことが稀ではありません。北アイルランド問題にかかわるテロが盛んだった1980年代から、英国では街角に監視カメラが設置されていましたが、それは「自由の国を守るため」という主旨で多くの人の理解を得ていました。つまり、北アイルランドの分離派やイスラーム過激派など、英国社会からみた「異物」に対して、英国は「分かり合う」姿勢すら示さないことが珍しくないのです。

その一方で、矛盾するように聞こえるかもしれませんが、異なる意見や思想信条に対して、英国は総じて寛容な姿勢をみせてきました。18世紀以来、「謀反人」や「危険人物」としてヨーロッパ大陸を追われた思想家(ジャン・ジャック・ルソー、カール・マルクスなど)の多くは、英国に亡命した経験があります。

そこには、対抗する国の政府に批判的な人間を受け入れることによる、自国にとっての外交上の間接的な利益が、英国政府の念頭にあったことも容易に想像されます。また、これらの亡命者が少なくとも「白人の国」から来て、英国社会を破壊する意志がなかったことも、寛容な対応を受けられた要因といえます。ただし、他方で近代以降の英国が、多くの国と比較して、個人の思想信条に関する寛容さがあったことも確かです。

言い換えると、英国には(少なくとも英国人同士では)相手が異なる思想信条をもつことをお互いに認めるという考え方が強くありました。この観点から、英国人が英国人を、政治的な思想信条を理由に殺害するという今回の事件が、大きなインパクトを英国社会にもたらしたとしても不思議ではありません。

議会政治の意義

相手が異なる思想信条をもつことをお互いに認めるという考え方は、近代の英国で確立されました。その背景としては、英国のみならず、16-17世紀のヨーロッパで、宗派間の対立が絶えなかったことがあげられます。

宗教改革によって始まったプロテスタントとカトリックの対立は、各国で王位継承問題や外国からの干渉などとリンクし、血で血を洗う抗争に至ることが珍しくありませんでした。1572年、パリで3000人が殺されたサン・バルテルミの虐殺は、その典型でした。

周辺諸国と同様に、英国でも宗派対立は絶えませんでしたが、それに終止符を打ったのは1688年の名誉革命だったといえます。これはカトリックのスチュアート朝にプロテスタントの貴族が結束して抵抗し、オランダからオラニエ公ウィレム(プロテスタント)を迎えて王座に据えた無血クーデタでした。この宗派対立、国王と貴族の政治対立の帰結として、「国王は君臨すれども統治せず」を原則とする立憲君主制が確立されたのです。

これをきっかけに、英国では議会政治が発達することになりました。何事であれ、長所と短所があり、議会政治にも政治家を投票哀願者にしがちなことや、個別の利益を追求することで社会が分断されやすいことなどの弊害があることは確かです。しかし、議会政治が発達したことで、英国ではそれまでの「叩き割った頭の数の多い方」ではなく、「生きている頭の数の多い方」が物事を決められるようになりました。つまり、議会政治の発達は、血を流さずに物事を決めることを可能にしたといえます。

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