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「魔の川」を渡り「死の谷」を越えて「ダーウィンの海」に乗り出すには? 日本企業がイノベーションを取り戻す方法 - 川手恭輔

前回の記事で「株主を重視する米国式経営の一部として日本に持ち込まれた成果主義によって、日本企業のイノベーションが死滅した」と書いた。成果主義は、米国式経営の象徴でもあるGEがいち早く導入した。それまでの米国の大企業における終身雇用という経営者と従業員の暗黙の了解もGEによって破られたとされている。

M&AによるGEの成長戦略

 6月6日に、GEの家電部門が正式に中国のハイアールの傘下となったことが発表された。GEの創業以来の基幹事業である家電部門は、2008年に前年度決算で初めて減益を記録した時から売却が検討されてきた。そして2014年にエレクトロラックスへいったん売却されたものの、2015年に米司法省の提訴で撤回され、その後、56億ドルでハイアールに売却されることが明らかになっていた。東芝も、3月に家電事業を中国のメディアグループ(美的集団)に約537億円で売却した。どちらも家電事業の売却だが、この2つが意味するところは大きく異なる。

 ジャック・ウェルチによって始められたGEのM&Aによるコングロマリット(複合企業)化は、企業規模の拡大を目指すというものではなく、同時に絶え間ない「選択と集中」を行うことにその狙いがある。会長に就任するなり、その市場においてNo.1かNo.2になれない事業は売却・閉鎖によって切り離すという方針を打ち出し実行した。普通の経営者なら、少しでも利益を出している事業から徹底的に利益を絞り出そうとする。しかしジャック・ウェルチは、競合他社に主導権を握られたり賞味期限の過ぎた事業は未練なく売却した。そしてその売却益は収益に計上するのではなく、競争力があり将来的にも成長が見込める事業の強化やM&Aに投下して事業の新陳代謝を行う。

 これは会社全体が落ち目になってからではできない。赤字幅を少しでも縮小するために売却益を収益に計上して、株主の批判と決算を乗り越えなければならないからだ。日本の製造業による事業の縮小や売却の多くは、この残念なケースになってしまっている。さらに、落ち目になってからのリストラは、外でも活躍できる能力をもった優秀な人材から流出していくという事態も引き起こしかねない。

 GEの「選択と集中」は2001年にCEOに就任したジェフリー・イメルトに引き継がれ、2007年に世界トップのプラスチック事業部を売却、2009年にはNBCユニバーサルの株式を売却するなど、金融部門の縮小と非中核部門の分離・売却を加速させて「インフラストラクチャー事業」と「付加価値の高い専門金融事業」という2つの事業領域への集中を進めている。家電部門の売却は、この戦略に沿ったものだ。

イノベーションを金で買う

 1984年に日経ビジネスから発刊された『会社の寿命』では、企業の寿命、1つの企業が繁栄を謳歌できる期間はわずか30年とされている。もちろん30年以上続いている会社はたくさんあるので、それは1つの事業の寿命を意味していると考えるべきだろう。盛者必衰の理という副題の通り、運良く大きく成長した事業も、やがて成熟期を経て衰退していくことは避けられない。会社を存続させるには、イノベーションによって次の事業を継続的に育てていかなければならない。

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図 事業成長の2つのフェーズ
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 新たに誕生した事業を大きく成長させるためには、オペレーショナル・エクセレンスが求められる。オペレーショナル・エクセレンスとは、研究開発、企画、生産、サプライチェーンなどの企業を構成するあらゆる業務の高度(エクセレント)な遂行能力を言う。オペレーショナル・エクセレンスは高効率、高生産性を追求し、現場においても徹底的に無駄とリスクの排除が行われる。

 GEのM&Aによる新規事業創出にはイノベーションのフェーズは存在しないので、オペレーショナル・エクセレンスに集中することができる。オペレーショナル・エクセレンスは成果を客観的に評価できる目標を設定しやすく、成果主義の人事制度との相性が良い。GEはオペレーショナル・エクセレンスに優れた多くの人材を輩出している。

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図 M&Aによる事業の新陳代謝
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 一方でジャック・ウェルチは、ニュートロン(中性子爆弾)ジャックというあまり聞こえの良くないあだ名をつけられていたという。それは中性子爆弾が落ちた後は建物は残るが人は残らないという皮肉からきている。GEという企業は残るが見切りをつけられた事業とそれに携わる人は残らない。

米国ではベンチャーがイノベーションを担当している

 GEに代表される大企業がオペレーショナル・エクセレンスによって高効率や高生産性を追求するのに対し、米国ではベンチャー企業がイノベーションを担当している。シリコンバレーを中心として、ベンチャー企業に多額の資金や優秀な人材を提供する環境が構築されており、大企業の枠にはまることを忌避する人達は、そこで起業してイノベーションに挑戦することができる。スタートアップと呼ばれるベンチャー企業は、株式の上場か、大企業に高額で買収されることを目指す。

 ベンチャー企業に多額の資金や優秀な人材を提供する米国の環境は、戦後の資本主義経済の浮き沈みのなかで生まれてきた。しかしベンチャー企業の歴史が浅い日本では、その環境が整っていない。起業に成功したエンジェルと呼ばれる個人の大口投資家やベンチャーキャピタルの数が米国に比較すると圧倒的に少なく、ベンチャー企業向けの公的な助成金制度も貧弱だ。ベンチャー企業が製品を事業化する段階で、資金が不足して破綻してしまう「死の谷」は米国より深い。オペレーショナル・エクセレンスとイノベーションを、それぞれ大企業とベンチャー企業で分担するという米国の産業構造は日本では成立し得ないだろう。

 デロイト トーマツ コンサルティングが2013年に発表した「日本企業のイノベーション実態調査」によると、直近3年以内に市場に投入した新規領域の売上高の割合は6.6%で、さらに自社のみならず市場においても新しい領域からの売上高は1%にも満たない。米国における同種の調査結果では、それぞれ11.9%と6.1%だったという。

企業と従業員の長期的な信頼関係を取り戻す

 日本企業のイノベーションは、企業と従業員の長期的な信頼関係の中で生まれてきた。イノベーションが「魔の川」を渡り「死の谷」を越えて「ダーウィンの海」に乗り出すには、企業にも従業員にも不確実性に挑戦しようという動機付けが欠かせない。ノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈さんは、かつて在籍したソニーのイノベーションを生み出すカルチャーを「組織された混沌」と表現した。AIBOの開発責任者だった土井利忠さんはそれを「フロー経営」と名付けた。そして、それは米国式経営の導入によって破壊されてしまったと言っている。

 イノベーションを産まなくなってしまった日本の製造業で、イノベーションを起こす人材を育成しイノベーションを可能にするための組織をつくる企業が増えてきた。現業部門から切り離して、目先の収益に縛られることなく将来のイノベーションを追求することを専門に担うという位置づけのようだ。しかし米国式経営の中で、オペレーショナル・エクセレンスとイノベーションは共存できない。オペレーショナル・エクセレンスは、新しい事業を創造するための試行錯誤を伴うイノベーションの取り組みを無駄とリスクとして排除しようとする。日本企業がイノベーションを取り戻すには、まず「企業と従業員の長期的な信頼関係」を基軸にした経営を取り戻す必要がある。

 スティーブ・ジョブズの時代のAppleでは、ティム・クックがオペレーショナル・エクセレンスを担当していた。そしてイノベーションはオペレーショナル・エクセレンスに排除されることなく、トップで株主を無視するスティーブ・ジョブズによって優先されてきた。スティーブ・ジョブズ亡き後のAppleからイノベーションは生まれていない。

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