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菅原道真も森鴎外も池上彰も…… 人はなぜ「左遷」されたと感じるのか 『左遷論』 - 中村宏之

会社員の一人として身につまされるタイトルの本である。「左遷」という文字は、言葉としても暗く、重苦しいイメージが漂う。長年この言葉のネガティブな印象が刷り込まれてきたせいかもしれないが、よくよく考えて見れば、「ご栄転おめでとうございます」とは言うものの、「左遷お悔やみ申し上げます」とは決して言わない。つまり左遷というのは、決して表には出ない、組織や人の心の中にある極めて抽象的な概念であるともいえる。

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『左遷論 ー組織の論理、個人の心理』
(楠木新 著、中央公論新社)

 左遷とは辞書的には「それまでよりも低い官職・地位に落とすこと。中央から地方に移すこと」である。本書での定義も著者は

 〈それまでよりも低い役職や地位に落とすこと。外面から見て明らかな降格でなくても、組織の中で中枢から外れたり、官職に就くことを含む。ただしこの場合は、当の本人が主観的に左遷と理解していることが要件になる〉としている。

 本書は、日本企業の中でなぜ左遷という概念が生まれるのか、組織の論理のほか、働く人の感情や行動パターンにわたる部分にも焦点を当てて論としてまとめ上げた、類いまれな一冊である。

「人は自分のことを3割高く評価している」

 本書で面白いのは様々な例が紹介されていることだ。古くは菅原道真、森鴎外、最近では池上彰氏、そして著者自身の経験である。菅原道真は日本史の授業で習ったとおり京都から遠く離れた太宰府に転任させられた話であるし、森鴎外が東京から小倉に転属になった人事を悔しがって過ごした時期があったことは、高校の現代国語の授業の時に習った。また池上彰さんについては、NHKで望んだ部署への異動がかなわず、NHKを飛び出した後に活躍したことは広く知られている。菅原道真の例は、現代的には古すぎるとも思うが、森鴎外や池上彰さんの話はリアルな実感としてわかる気がする。

 そして第二章にある「定期異動日は大騒ぎ」という部分は、経済記者として多くの企業を見てきた経験から、確かにそうだな、と合点が行く描写である。企業人である限り人事に関心があるのは自分も含めて当然であるが、金融関係、特に銀行の人はその傾向が強いという印象がある。企業も役所も人事は組織の活力を生み出す原点であり、だからこそ多くの人が関心を持ち、内示日はそわそわして仕事が手につかないとか、社内のみならず社外の人にすら影響をあたえるということが起こるのだろう。

 本書で指摘するように、左遷にもいろいろな形があることがわかる。例えば、セクハラやパワハラ、その他の不祥事などはっきりした理由があるものから、そうでないものまで様々だ。それぞれ明確な区別をするべきである、という主張があるのももっともである。

 社員に様々なキャリアを積ませようと、会社がこれまでのキャリアと異なる分野に配置したところ、左遷と思いこんだ経理マンのエピソードが本書に出てくるが、こうしたケースは個人にも会社にも不幸な構図であるといえる。人事の意図を十分に説明できていなかったのが原因なのだろうが、大企業で膨大な数に上る異動対象者にいちいち説明などしていられないということもまた現実ではあろう。

 「人は自分のことを3割高く評価している」という指摘も興味深い。「人間自分の評価は甘い」ということはよく言われる話ではあるが、人事部や組織が決して左遷でないと思っている正当な人事を、本人は左遷だと受け取ってしまうケースがあることなどは十分理解できる。

左遷を乗り越えて

 本書を読み進めてゆくと、人事をめぐって悲喜こもごも、といったドラマのような部分を超越して、企業が人材をどう使うのかという部分にも鋭い考察を加えていることがわかる。

 〈左遷を生み出す仕組みを企業組織の中で考えてゆくと、やはり終身雇用(長期安定雇用)、年功制賃金が頭にうかぶ。ある程度安定した組織の中の出来事であるからだ〉

 著者がこう指摘するように、左遷は日本の会社や役所の組織に根ざす独特の特徴である。日本の伝統的な組織では、採用、人事運用、評価方法、管理職や役員など上位職の選別などが一気通貫で関わってくるからだ。会社のピラミッド構造の中では、どこかで誰かが押し出されてゆくということを考えれば、社長にならない限り「ほぼ全員が何らかの左遷体験をする」ことになる。

 ただ左遷が全てネガティブでないことも本書は説いている。左遷を乗り越えてチャンスにした人は多くいるし、自分を見つめ直して新たな道を見つけ、人生の充実感を味わっている人もいる。心の持ちようも大切であるというメッセージを読者に送っているのだ。

 ゆえに本書は一瞬、どきりとするようなタイトルとは異なり、読み進めるうちに自分が応援されているような感じにとらわれる。実は自分が自分の生かし方を考えるための一級の「ヒューマン・リソース論」として読める本なのである。

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