記事

【なぜ南シナ海に進出するのか?】南シナ海 対米核戦略の内幕 - 能勢伸之(フジテレビ解説委員)

2/2

南シナ海は「聖域」たりうるか?

 では、玉林がある南シナ海はどうだろうか。

 南シナ海には水深2000〜4000mとオホーツク海並みの海域が広がる。また、南シナ海周辺には、P‐8A哨戒機のような強力な潜水艦ハンターを配備している国や米海軍哨戒機を常備する基地はない。中国にとって南シナ海は、SLBMによる反撃可能性を保つ「聖域」にしうる地理的条件を備えていることになる。

 しかし、聖域化にはいくつか越えなければならないハードルがある。

 一つ目は中国のSLBMの射程である。先ほども述べたが、中国が保有するSLBMは2種類で、JL‐1は射程2000㎞台で、米国本土には到底届かず、JL‐2は射程7400㎞で、グアムやアラスカにしか届かない。つまり、南シナ海から太平洋に進出しないと、その射程内に米国本土を収められない。そのためか、米国防総省が2016年5月に発表したリポートによれば、中国はJL‐2に代わるJL‐3を開発中である。

 もう一つは、南シナ海とオホーツク海でもっとも異なる地理的条件に関わっている。それはオホーツク海が北、東、西と三方をソ連に囲まれていたのに対して、南シナ海は東はフィリピン、西はベトナム、南はマレーシア、ブルネイと中国以外の国に囲まれていることだ。

 これでは、中国は玉林から南シナ海にミサイル原潜を密かに潜航させ、太平洋に進出させようとしても、中国以外の国、特に米国にその動きを察知されかねない。それを防ぎ、SLBMによる反撃可能性を保つためには、南シナ海に民間船舶や民間機はともかくとして、海中の潜水艦を捕捉、追尾する能力を持つ他国の水上艦、潜水艦、哨戒機が平時から入れないようにしなければならない。

 中国がここ数年、南シナ海で行っていることは、そのためだと考えると平仄が合う。つまり、中国は「南シナ海の聖域化」のために領域内の島嶼や埋立てで造った人工島に滑走路やレーダー、港湾施設を建設していると考えられるのだ。

 すでに米国国防総省は、2015年5月、晋級ミサイル原潜と海南島南端の玉林について、次のような評価を下している。

「中国は、晋級弾道ミサイル原潜の建造を継続しており、4隻を就役、1隻を建造中である。晋級は推定射程7400㎞のCSS‐NX‐14(JL‐2)SLBMを搭載することになる。この組み合わせは中国人民解放軍海軍に初めて信頼できる長距離海洋発射核保有能力をもたらすことになるだろう。南シナ海の海南島を拠点とする複数の晋級弾道ミサイル原潜は核抑止の哨戒行動を可能とするだろう。恐らく、それは、2015年中に実施されうるだろう」(*1)

 ここで「核抑止の哨戒行動」と記されているものこそ、SLBMによる反撃可能性にほかならない。

 南シナ海における晋級ミサイル原潜の存在に懸念を隠さない米国は、南シナ海で、中国が建設した人工島周囲の「領海」(国際法で領海は陸地から12カイリまでと定められているが、人工島の領海は認められていない)の内側に2015年10月にはイージス駆逐艦ラッセン、2016年1月にはイージス駆逐艦カーティス・ウィルバー、2016年5月にはイージス駆逐艦ウィリアム・P・ローレンスを派遣した。これこそが人工島周辺に中国の領海を認めないという「航行の自由作戦」である。

 米軍の行動は、これだけに留まらない。それらを列挙してみよう。

 2015年11月、揚陸艦エセックス(LHD‐2)、ラッシュモア(LSD‐47)などからなる米揚陸艦部隊が、南シナ海入りし、マレーシア海軍と共同演習を実施。
 2015年11月8日夜から9日にかけて、「通常任務」(米国防総省)として、南沙諸島付近をB‐52H大型爆撃機2機が飛行。
 2015年11月11日、イージス駆逐艦フィッツジェラルドが南シナ海を航行。
 2015年11月14日、原潜支援艦エモリー・S・ランド(AS39)が、マレーシアのセパンガー港で、巡航ミサイル原潜オハイオに補給(岡部いさく氏の取材による)。
 オハイオは大型原潜で、射程1500㎞のトマホーク・ブロックⅣ巡航ミサイルを最大154発搭載し、100発以上連射できる。

 岡部氏はオハイオが「通常任務」で南シナ海の海中に長期間、展開していた可能性を指摘する。それが正しければ、その期間中、中国海軍の原潜基地にある海南島だけでなく、中国本土南部の広範囲がトマホークの射程内だったことになる。

 このように米国は南シナ海において、「航行の自由作戦」だけでなく、軍事的抑止としてより実効性の高い「通常任務」を展開していたと考えられる。

 日本の安全保障という観点から南シナ海問題を考えると、晋級ミサイル原潜に搭載されるJL‐2は、南シナ海から日本が射程内だ。

 日本にとっても軽視できない事態となるかもしれない。


図1 中国の戦略核兵器の射程(米国防総省によるMilitary and Security Developments Involving the People's Republic of China 2015, p.88を基に作成)*出典にはDF-4、DF-5Aの射程は図示されていない。

図2 米国・ロシア・中国の戦略核兵器(the Military Balance 2016による)の三本柱*ICBMは発射装置の数。中国はH-6K爆撃機を約50機保有している。米B-1B爆撃機は、核任務から外れているため、表には入れていない。

*1 Military and Security Developments Involving the People's Republic of China 2015、p.32

のせ のぶゆき 1958年京都府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。フジテレビ報道局取材センター政治部で防衛・外交を中心に取材。ホウドウキョク「週刊安全保障」(http://www.houdoukyoku.jp/毎週土曜20:05~22:00)アンカー。著書に『東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか』(PHP新書)など。

中国 滅亡への法則
巨大さゆえに栄え、巨大さゆえに滅びる。
そのとき世界は、そして日本はどうなる?

最強戦略家が予言する米中対決
トランプが習近平を打ちのめす日 エドワード・ルトワック

パナマ文書を超える衝撃
習体制を揺るがす共産党極秘流出ファイル 峯村健司

田中角栄がいない中国の絶望 水野和夫×中野剛志×川島博之

中国人だからここまで書けた
上海的神経衰弱 赤裸々ルポ 楊素行

ウォッチャーは見た 汚職役人が300人以上の女性から……
十三億人 欲望と打算の仰天事件簿 北村豊

親と離れて党の寄宿制幼稚園に。文革時には四度も投獄
習近平秘録 独裁者が送った洞窟生活 柴田哲雄

2020年 史上最大の不動産バブルが崩壊する 橘玲
AI戦争 グーグルから中国にエース技術者が流出 富坂聰
徹底解剖 人民解放軍230万人の「アキレス腱」 小原凡司
◆「愛人集団」をリストラ◆アメリカには「弱者の戦略」で対抗
鴻海買収劇 傲慢なのはシャープ側だった 喬晋建
日本は中国よりチャンスに開かれている 中国人留学生社長の起業術 程涛(ポップイン代表)
南シナ海 対米核戦略の内幕 能勢伸之
サイバー戦の黒幕「総参謀部第三部第二局」 名和利男
重慶―ルール地方を結ぶ独中同盟鉄の絆 佐藤伸行
社会調査でここまでわかった 中国最新結婚事情 園田茂人
「一帯一路」は民族問題を輸出する 平野聡
雍正帝も手を焼いた 腐敗の中国史 岡本隆司
なぜ民主化は進まないのか 梶谷懐

アジア発中国ホンネの評判 「支那人を叩き出せ!」 安田峰俊
イスラエル ベンチャー企業を爆買い/ 台湾 独立派政権誕生のオモテとウラ
「未熟者」中国経済と付き合う法 丹羽宇一郎×船橋洋一(聞き手 三浦瑠麗)
大国になりたいなら「中華思想」を捨てよ 楊海英
もう騙されない これが中国史の正体だ 岡田英弘・宮脇淳子
カタヤマ教授 入試問題で解く中国史 片山杜秀

山内昌之×佐藤優 大日本史② 西郷と大久保はなぜ決裂したのか


文藝春秋SPECIAL 2016年 07 月号 [雑誌]

あわせて読みたい

「中国」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    総裁選で高市氏が怒涛の追い上げ 単純な「極右ムーブメント」とくくってよいのか

    倉本圭造

    09月17日 14:15

  2. 2

    堀江貴文「西野亮廣の『えんとつ町のプペル』が大成功したたった一つの理由」

    PRESIDENT Online

    09月17日 16:17

  3. 3

    中村格氏が警察庁長官という人事はひどすぎませんか。安倍・菅内閣による検察、警察人事の露骨な恣意性

    猪野 亨

    09月17日 09:07

  4. 4

    毎日使うスマホ機種代をケチる貧乏性。毎日使う重要な道具こそお金をかけるべき!

    かさこ

    09月17日 09:50

  5. 5

    岸田氏が首相になれば真っ向から中国と対立、総裁選の争点になったウイグル人権問題

    木村正人

    09月17日 10:35

  6. 6

    次の首相は誰に? 自民党総裁選の4候補が意気込みや政策語る

    BLOGOS編集部

    09月17日 14:23

  7. 7

    岸田氏と河野氏だけの争いではなくなった自民党総裁選 予断を許さぬ激しい戦いに

    早川忠孝

    09月17日 17:04

  8. 8

    【演説全文】野田聖子氏「自民党は反省と検証が必要」 自民党総裁選・所見発表演説会

    BLOGOS編集部

    09月17日 14:06

  9. 9

    【演説全文】岸田文雄氏「今求められるリーダーは私だと確信」 自民党総裁選・所見発表演説会

    BLOGOS編集部

    09月17日 13:44

  10. 10

    がん患者に断食やサプリメントを推奨 クリニックへの疑問から“潜入取材”した医師

    ABEMA TIMES

    09月17日 15:21

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。