記事

米国雇用統計〜「絶対評価」と「相対評価」

米国の3月の雇用統計が発表された。失業率は8.8%と2年ぶりの低水準に低下し、非農業部門の雇用者数も市場予想を上回る前月比21万6000人増加となった。27週間以上の長期失業者が失業者全体の45.5%を占めた他、就業比率は58.5%(前月58.4%)と、ほぼ30年ぶりの低水準に留まる等まだまだ問題を抱えながらも、経済悪化でパートタイム就労を余儀なくされている労働者や職探しを諦めた人などを含む広義の失業率も前月の15.9%から 15.7%に改善を示すなど、米国の雇用情勢が徐々にではあるが改善方向にあることを示唆する内容であった。

雇用統計が改善を見せる中で注目されたのは、FOMCでの投票権を持つダドリーNY連銀の発言。同総裁は雇用統計発表後に行われたプエルトリコでの講演で、米国の景気回復について「なお弱い」とし、完全雇用と物価安定という米連邦準備制度理事会(FRB)の責務の「達成からは程遠い」状態にあるとの認識を示した。その上で、3月の雇用統計についても「歓迎するが、方針を転換する理由にはならない」と述べた。

雇用統計発表を前に、「タカ派」と称されるFOMCメンバーである地区連銀総裁が積極的に発言をして来たが、「ハト派」と目されるメンバーは殆ど発言をして来なかった点でもダドリーNY連銀総裁の発言は注目された。

しかし、発言をしたのは「ハト派」だけではない。「タカ派」に属するリッチモンド連銀のラッカー総裁(2011年FOMCでの投票権は持たない)も米経済専門局CNBCのインタビューに応じ、発表された米雇用統計について「民間部門が非常に伸びている」と指摘。これを「かなり力強い景気の勢い」と評価した上で、景気の拡大とインフレ率の上昇を受けて、FRBが年内に金融政策を引き締める必要があるかもしれないと発言した。

米国の景気回復について、「ハト派」が「なお弱い」と評価し、「タカ派」が「かなり力強い景気の勢い」と全く異なる評価を下す要因は、「絶対評価」と「相対評価」の違いにある。
27 週間以上の長期失業者が失業者全体の45.5%を占めていることや、就業比率が30年ぶりの低水準である58.5%に留まっているという米国経済に「絶対評価」を下すとすれば、現状の米国経済は「FRBの責務の達成(といえる水準)からは程遠い」状態にあることは明白である。

一方、失業率が4ヵ月連続で低下して8.8%と2年ぶりの低水準になったこと、非農業部門の雇用者数も市場予想を上回る前月比21万6000人増加となったこと、といった「(過去との)相対評価」に目を向けると、米国の雇用情勢は明らかに改善傾向にある。

米国経済の問題点を分析する経済学者や、その改善策を示して理想的な社会の実現を目指さなくてはならない政治家は、「絶対評価」から目を背けるわけにはいかない。しかし、金融市場は
為替市場で円高が進んだ場合の決まり文句である「安全通貨として円が買われた」という表現に代表される様に、「絶対評価」ではなく「相対評価」で動く性格も持っている。

このところの金融市場の大きなテーマは、米国の景気回復を背景としたQE2の「出口戦略」である。今年の6月で期限を迎えるQE2の終了を意識して米国長期金利が上昇傾向を見せていることに加え、リッチモンド連銀のラッカー総裁を始めとした「タカ派」による政策金利引上げの可能性にまで言及する発言を受けて、FRBによる利上げまでも織り込み始めている。こうした金融市場の動きも、米国経済の「(過去との)相対評価」に根差した動き。

為替市場では、ここに来て明らかに円高圧力が弱まって来た。勿論協調介入に対する警戒感もあるが、それだけで円高圧力が弱まった訳ではない。
世界の基軸通貨と言われる「ドル」「ユーロ」「円」は、それぞれに弱点を抱えており、絶対優位な通貨が無い状況にある。米国経済は「絶対評価」としては依然として「異様な程不確かさ」を残しているし、欧州は財政不安が続いている上、リビア情勢という「地政学的リスク」を抱えている。そして日本は、放射能という「見えない敵」との戦いを強いられて来ている。
こうした情勢下では、「絶対評価」を基準とした投資は極めて難しく、不確実性が高過ぎるため、「相対評価」がより重要視されるのである。

「相対評価」において極めて重要な点は、「分析可能か否か」という点である。この点において、「異様な程不確か」と言われるものの、米国の抱える問題はあくまで経済問題であり、「分析可能」な問題である。これに対して欧州が抱える財政危機やリビア問題は、極めて政治的な問題であり、「分析可能」でも、分析結果と実際の結果が食い違うリスクはかなり高い。さらに日本が戦いを強いられている放射能問題は、日々事態が悪化している上に、公表されるデータがコロコロ変更され、殆ど「分析不可能」な状態になる。

従って、「分析可能か否か」という観点からランク付すると、経済問題を抱える米国が最も「分析可能」な国であり、日本が最も「分析不可能」な国という位置付けになる。

米国経済の回復期待を受け米国株式市場が一時今年の最高値を更新するなど、世界の株価が東日本大震災前の水準を回復して来ている。米国経済に対する「絶対評価」が決して高くない中での米国株式市場の上昇と、ドルの堅調は、金融市場が「分析可能」な米国に対して、高い「相対評価」を与えていることを示すと同時に、「相対評価」を重要視して動いていることの証左でもある。

企業分析等においては「絶対評価」は依然として極めて重要なものであるが、金融市場は「相対評価」を基準にして動く傾向が強いということを投資家は忘れてはいけない。

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    緊急事態宣言下で爆発している今の状況での延長なんて反感しか産まない ただ政府だけに責任押しつけるな 

    中村ゆきつぐ

    07月31日 08:58

  2. 2

    都の感染者が3865人のからくり 検査数が増えれば陽性者数も増える

    諌山裕

    07月30日 13:07

  3. 3

    どうして日本から敢えて海外移住するのか?

    内藤忍

    07月31日 11:03

  4. 4

    歌舞伎×ジャズピアノ、タップダンスにイマジン…五輪開会式はなぜ変化球で攻めたのか

    毒蝮三太夫

    07月31日 08:05

  5. 5

    時代遅れの感が否めないほど低画質なサブチャンネル放送 NHKの五輪中継に苦言

    諌山裕

    07月31日 15:52

  6. 6

    無法地帯になってきた空港と選手村 感染爆発が止まらないのも道理

    田中龍作

    07月31日 08:43

  7. 7

    もう、オリンピック・ムードに浸り続けるのは無理なんじゃないかな

    早川忠孝

    07月30日 08:37

  8. 8

    感染者4000人超に マスコミは五輪報道からコロナによる医療崩壊報道に切り替えるべき

    早川忠孝

    07月31日 17:57

  9. 9

    なぜ無効な政策をいつまでも続けるのか?

    青山まさゆき

    07月30日 16:11

  10. 10

    第4波から何も学ばなかった政府 リーダーは意思とメッセージを明確にせよ

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    07月31日 08:55

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。