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- 2016年06月14日 13:33
医師に市販薬を販売させようとする国、日本
病院や診療所において医師が市販薬を販売できるよう、規制緩和を求める声が一部業界団体や政府委員から上がっていると医薬専門メディアが報じています。
保険医の「OTC薬」提供、高まる解禁論
製薬企業にとって、医療用医薬品を市販薬に転用することで、利益の増加を見込める品目があります。例えば、ロキソニンがこれに当たります。
医療用医薬品は、2年に一度の薬価改正で定価が切り下げられ利益が圧縮されるうえ、特許が切れ、同成分で他社が安価に販売する「ジェネリック医薬品」が登場すれば、さらに大きく売上は減少します。
医療用医薬品としての発売当初は、医師に対する販売促進活動が重要であり、期間が経過した後は、市販薬への転用(スイッチOTC化)に成功すれば利益が最大化されます。
市販薬のリスク分類では、薬剤師の関与が必要な要指導医薬品・第一類医薬品として販売を続けるよりも、規制が弱く陳列場所などの制約がない、第二類・第三類医薬品として販売する方が望ましいということになります。テレビCMなどで直接消費者にアピールし、売り上げを追求します。
医師の職能団体である日本医師会は、スイッチOTC化には反対するのが常です。
「安全性が担保できない」という主張ですが、経済的な側面がないともいえません。現在、花粉症などのアレルギー疾患に対する薬物治療の主流である、アレグラなど「第3世代抗ヒスタミン薬」のスイッチOTC化は、医療機関を受診する患者数に大きく影響しました。
一方、厚生労働省は、医療費の逼迫に対応すべく、市販薬と同一あるいは類似成分の医療用医薬品について、保険償還の見直しを検討しています。市販薬を自費で購入するよりも、病院を受診して保険適用されるほうが安価な状況では、医療費の適正化は困難です。
現在、日本における外来診療の受診数はOECD平均の約2倍です。市販薬類似成分の医薬品が保険償還から外され、負担金の逆転現象が解消されることになれば、患者の流れも大きく変わるだろうと指摘されています。
これを商機と捉え、今回の規制緩和を求める声が上がりました。
今後、市販薬類似成分の医薬品が保険から外されるタイミングで、医師が市販薬を販売できるよう規制緩和を実施する。そうすれば、外来患者の減少を懸念する医師側にもメリットがあり、医師会の反対によって滞っていたスイッチOTC化も推進することができる。さらに、医師が患者に勧めることで「販路の拡大」にも繋がる。
こういった考え方です。
果たして、日本医師会・厚労省はこうした業界団体の提案を受け入れるでしょうか。
幸い、日本の医療・薬事に関する規制や制度は、欧州の諸制度を参考に制定された経緯があり、『多少のアレンジ』はあるにせよ、欧米やオーストラリア、ニュージーランドといった先進諸国の状況が参考になります。
市販薬の分野では、薬剤師や販売アシスタント(日本では登録販売者)が患者の状況を聴取した上で、服用に関する助言を行い、適正な使用を担保しています。症状や医薬品の使用状況により、必要であれば医療機関の受診を勧めます。医療機関と違い、検査を行うことができないというデメリットがある他、「医師ではないため、適切な助言・判断ができないのではないか」という意見もあります。
医療保険を利用しないため、公的医療費への負担はありません。
クリニック(診療所)では医師が診療を行います。一般に高額な検査機械は設置しておらず、診察の上、必要であれば大規模な病院に紹介します。高度な検査を実施しない分、医療費も比較的安価です。患者の病状・生活状況について把握しやすく、患者ごとに適切な療養指導(食事・運動・生活上の注意)が実施できます。
大規模な病院では、専門的な検査や治療を担当しますが、その分医療費も高額になりがちです。個々の患者の生活状況などについては把握しづらく、時間をかけた療養指導などにも不向きです。
どの医薬品を市販薬に転用するかは、医薬品そのものの安全性(副作用発現頻度)の他、使用に際して医療者からどの程度介入が必要か、医師・薬剤師など医療職種の人的資源、そして公的医療費のコントロールについて考慮する必要があります。
確かに、「軽い症状でも医師の診察を受けたい」という患者側のニーズは捨て置くべきものではありません。
ただし、OECD平均の2倍の受診数を許容するならば、外来部門において、単純には2倍の医師数、そして2倍の医療費を許容する必要があります。実際、日本はそれを許容しておらず、医師は諸外国よりも安い診療単価で、長時間の勤務を強いられています。患者側も、ゆっくりと医師と相談する時間がない、過労・徹夜明けの医師の診察や手術を受けるといったデメリットを受け入れる必要があります。(当直翌日を休日とすることができる医師は4.4%、予定手術前の当直・オンコールを免除される医師は3.5%)
もし今後、さらに進む高齢化と医療費の逼迫に際して、なお医師の過重労働を前提とした施策を進めるのであれば、今回の規制緩和案はよい選択です。
公的医療費の抑制にも幾らか役立つでしょうし、製薬企業には経済的なメリットがあります。
ただし、今後どこかの時点でこうした方針を転換するのであれば、今回の規制緩和案は完全な悪手です。一度スタートした制度を、なかったことにはできません。
諸外国と比較した日本の医薬品販売制度の特徴は、規制緩和を敢行し、99%以上の市販薬を薬剤師の介入を必要としない分類としている点、そしてこの分類の販売を担当する「登録販売者」がいれば、店舗に薬剤師の配置すら必要ないという点です。OTC医薬品を「カウンター越しの相談・選択」と聞いてもピンとこない方が多いのは、この日本独自の『多少のアレンジ』のためです。
この規制緩和は、商業的な観点からは成功したといえますが、薬剤師による助言・介入の面では大失敗です。日本では多くの購入者が、自分の経験やCMの印象、価格で薬を選択しており、「(医師の診察を受ける必要のない)市販薬は安全なもの」といった誤った認識も珍しくありません。
諸外国では日本に比べ、スイッチOTC化が進んでいます。これは薬剤師や、薬剤師と共に活動する販売アシスタントによる助言・介入を前提としているからです。
市販薬を「利便性の高い商品」として扱う方針を決めた日本では、安全性に目をつぶってスイッチ化を進めるか、それとも再び「独自のアレンジ」を弄して医師をさらなる激務に置くか、それとも誤りを認めるかを問われている訳です。(もっとも、誤りを自発的に認めないのはいずれの国でも同じですから、問題はそれを批判しない、日本のジャーナリズムなのかもしれません)
有識者とは、規制緩和によってどのような社会が導かれ、またそれが望ましい変化であるかどうかを議論するに相応しいという前提ですから。
よく検討し、議論を深めて頂きたいものです。
保険医の「OTC薬」提供、高まる解禁論
製薬企業にとって、医療用医薬品を市販薬に転用することで、利益の増加を見込める品目があります。例えば、ロキソニンがこれに当たります。
医療用医薬品は、2年に一度の薬価改正で定価が切り下げられ利益が圧縮されるうえ、特許が切れ、同成分で他社が安価に販売する「ジェネリック医薬品」が登場すれば、さらに大きく売上は減少します。
医療用医薬品としての発売当初は、医師に対する販売促進活動が重要であり、期間が経過した後は、市販薬への転用(スイッチOTC化)に成功すれば利益が最大化されます。
市販薬のリスク分類では、薬剤師の関与が必要な要指導医薬品・第一類医薬品として販売を続けるよりも、規制が弱く陳列場所などの制約がない、第二類・第三類医薬品として販売する方が望ましいということになります。テレビCMなどで直接消費者にアピールし、売り上げを追求します。
医師の職能団体である日本医師会は、スイッチOTC化には反対するのが常です。
「安全性が担保できない」という主張ですが、経済的な側面がないともいえません。現在、花粉症などのアレルギー疾患に対する薬物治療の主流である、アレグラなど「第3世代抗ヒスタミン薬」のスイッチOTC化は、医療機関を受診する患者数に大きく影響しました。
一方、厚生労働省は、医療費の逼迫に対応すべく、市販薬と同一あるいは類似成分の医療用医薬品について、保険償還の見直しを検討しています。市販薬を自費で購入するよりも、病院を受診して保険適用されるほうが安価な状況では、医療費の適正化は困難です。
現在、日本における外来診療の受診数はOECD平均の約2倍です。市販薬類似成分の医薬品が保険償還から外され、負担金の逆転現象が解消されることになれば、患者の流れも大きく変わるだろうと指摘されています。
これを商機と捉え、今回の規制緩和を求める声が上がりました。
今後、市販薬類似成分の医薬品が保険から外されるタイミングで、医師が市販薬を販売できるよう規制緩和を実施する。そうすれば、外来患者の減少を懸念する医師側にもメリットがあり、医師会の反対によって滞っていたスイッチOTC化も推進することができる。さらに、医師が患者に勧めることで「販路の拡大」にも繋がる。
こういった考え方です。
果たして、日本医師会・厚労省はこうした業界団体の提案を受け入れるでしょうか。
■ 規制は何のために存在するのか?
こうした規制緩和案を検討する際、私たちはまず、その規制には本来どういった目的があり、また実際にどのような効果を発揮しているかについて、考えなければいけません。幸い、日本の医療・薬事に関する規制や制度は、欧州の諸制度を参考に制定された経緯があり、『多少のアレンジ』はあるにせよ、欧米やオーストラリア、ニュージーランドといった先進諸国の状況が参考になります。
市販薬の分野では、薬剤師や販売アシスタント(日本では登録販売者)が患者の状況を聴取した上で、服用に関する助言を行い、適正な使用を担保しています。症状や医薬品の使用状況により、必要であれば医療機関の受診を勧めます。医療機関と違い、検査を行うことができないというデメリットがある他、「医師ではないため、適切な助言・判断ができないのではないか」という意見もあります。
医療保険を利用しないため、公的医療費への負担はありません。
クリニック(診療所)では医師が診療を行います。一般に高額な検査機械は設置しておらず、診察の上、必要であれば大規模な病院に紹介します。高度な検査を実施しない分、医療費も比較的安価です。患者の病状・生活状況について把握しやすく、患者ごとに適切な療養指導(食事・運動・生活上の注意)が実施できます。
大規模な病院では、専門的な検査や治療を担当しますが、その分医療費も高額になりがちです。個々の患者の生活状況などについては把握しづらく、時間をかけた療養指導などにも不向きです。
どの医薬品を市販薬に転用するかは、医薬品そのものの安全性(副作用発現頻度)の他、使用に際して医療者からどの程度介入が必要か、医師・薬剤師など医療職種の人的資源、そして公的医療費のコントロールについて考慮する必要があります。
確かに、「軽い症状でも医師の診察を受けたい」という患者側のニーズは捨て置くべきものではありません。
ただし、OECD平均の2倍の受診数を許容するならば、外来部門において、単純には2倍の医師数、そして2倍の医療費を許容する必要があります。実際、日本はそれを許容しておらず、医師は諸外国よりも安い診療単価で、長時間の勤務を強いられています。患者側も、ゆっくりと医師と相談する時間がない、過労・徹夜明けの医師の診察や手術を受けるといったデメリットを受け入れる必要があります。(当直翌日を休日とすることができる医師は4.4%、予定手術前の当直・オンコールを免除される医師は3.5%)
もし今後、さらに進む高齢化と医療費の逼迫に際して、なお医師の過重労働を前提とした施策を進めるのであれば、今回の規制緩和案はよい選択です。
公的医療費の抑制にも幾らか役立つでしょうし、製薬企業には経済的なメリットがあります。
ただし、今後どこかの時点でこうした方針を転換するのであれば、今回の規制緩和案は完全な悪手です。一度スタートした制度を、なかったことにはできません。
■ 規制緩和はいつか来た道
OTC医薬品という言葉は、近年日本でも目にするようになりましたが、「Over The Counter Drug」の略称であり、「カウンター越しに薬剤師と相談して選ぶ」という、市販薬の購入方法を示しています。諸外国と比較した日本の医薬品販売制度の特徴は、規制緩和を敢行し、99%以上の市販薬を薬剤師の介入を必要としない分類としている点、そしてこの分類の販売を担当する「登録販売者」がいれば、店舗に薬剤師の配置すら必要ないという点です。OTC医薬品を「カウンター越しの相談・選択」と聞いてもピンとこない方が多いのは、この日本独自の『多少のアレンジ』のためです。
この規制緩和は、商業的な観点からは成功したといえますが、薬剤師による助言・介入の面では大失敗です。日本では多くの購入者が、自分の経験やCMの印象、価格で薬を選択しており、「(医師の診察を受ける必要のない)市販薬は安全なもの」といった誤った認識も珍しくありません。
諸外国では日本に比べ、スイッチOTC化が進んでいます。これは薬剤師や、薬剤師と共に活動する販売アシスタントによる助言・介入を前提としているからです。
市販薬を「利便性の高い商品」として扱う方針を決めた日本では、安全性に目をつぶってスイッチ化を進めるか、それとも再び「独自のアレンジ」を弄して医師をさらなる激務に置くか、それとも誤りを認めるかを問われている訳です。(もっとも、誤りを自発的に認めないのはいずれの国でも同じですから、問題はそれを批判しない、日本のジャーナリズムなのかもしれません)
■ 日本のビジョンは誰が決めるのか
結局のところ、こうした方針について議論するのは政府であり、実際にその役割を担うのが政府主催の会議です。冒頭で記述したように、今回の規制緩和案のきっかけの一つが、政府会議に有識者として出席する医師の意見であるというのは、いささか寂しい気がします。有識者とは、規制緩和によってどのような社会が導かれ、またそれが望ましい変化であるかどうかを議論するに相応しいという前提ですから。
よく検討し、議論を深めて頂きたいものです。



