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ひさしぶりに授業をしました

難波江さんの「メディア・コミュニケーション演習」の授業にゲストでお呼ばれした。今週来週二回にわたって『街場のメディア論』を素材に、学生たちとおしゃべりをする。

これまで授業のテキストにこの本を使っていただいたので、その総括的な書評を学生さんたちに書いてもらうというのが課題。
なかなか面白い議論だった。

「マスメディアはもうダメなんでしょうか?」という学生からの質問があったので、「はい」とお答えする。
もうダメです。

よほど心を入れ替えたらなんとかなるかも知れないけれど、これまで通りやっていたら、各新聞の「毎年5万部」の売り上げ減少ペースに歯止めはかからないだろう。

毎年5万部ということは、800万部の朝日新聞の発行部数がゼロになるまで160年かかるということである。

「100万部減るまでにあと20年かかるわけですから」と先日朝日新聞のOBの方がため息をついていた。

それじゃあ、今いる社員たちは根本的な立て直しをしようという気にはならんです。彼らが退職するまでは会社は保ちそうなんだから。
そうですよね。

でも、「こんなこと」をしていたら、「毎年5万部減」で済む保障はない。
惰性の強い宅配制度が支えているので、部数はまだ高いレベルを保っているが、これが「駅売り」だけになったら、とてもこんな数字は出てこないだろう。

マスメディアへの需要はすでに不可逆的に「なくなりつつある」のである。
当のマスメディアだけが、それを直視していない。
みんなが「新聞もテレビももう終わりだ」となんとなくわかっている。
「みんながわかっていること」をメディアが報道しない。分析もしない。解決策を提言もしない。

そうやって、メディアの「知性」への信頼をメディア自身が掘り崩している。
端的な事例は平田オリザさんの「汚染水の廃棄はアメリカの要請」発言である。

そのあと、平田さんは「そのようなことを知る立場になかった」という謝罪のステートメントを発したが、言ったことが「口から出任せ」だったと言ったわけではない。官邸周辺の「どこか」で聞いたのだが、それは「言わない約束」だということまでは確認しなかったのである。

当然、メディアとしては、「アメリカの要請」があったのかどうかについて、発言の真偽について裏づけ調査をするはずだった。
どの新聞もしなかった。
続報は一行もなかった。

鳩山時代から内閣参与として長く官邸に詰め、さまざまな情報を「知る立場にあった」平田オリザさんが「ぽろり」と漏らした情報について、「もしかすると、それに類する指示がアメリカからあったのかもしれない」と仮定して「裏を取る」という作業をした新聞もテレビもなかった。
一つもなかったのである。

それどころか、アメリカは今回の福島原発の事故処理に、どのようなかたちでコミットをしているのか、どのような処理プランを提言しているのか、それはアメリカの中長期的な原子力政策とどういうふうにリンクしているのかといった射程のもう少し広い解説さえ、私は読んだ覚えがない。
「アメリカは何を考えて、何をしているのか」という問いそのものをメディアは自分に禁じている。
そうとしか思えない。

アメリカはつねに自国の国益を最優先させて戦略を起案する。
その「国益の最大化」路線の中で日本の原発事故はどういうふうに位置づけられているのか。

ブログでも繰り返し書いたように、日本の脱原発、段階的廃炉、火力発電への緊急避難、代替エネルギーへの切り替えは、どれもアメリカの国益の増大に資する。

だから、必ずアメリカはそのような方向に向けて日本を誘導するはずである。
その過程で必要とあらば原発処理を技術的に支援して「恩を売り」、必要とあらばあえて日本政府が失敗するに任せて「日本人には原子力テクノロジーをハンドルする能力はない」という国際的評価を定着させるだろう。
そういう大きな文脈でとらえたときにはじめて、浜岡原発の停止も、汚染水の海洋投棄も「アメリカからみると合理的なソリューション」だということがわかる。

アメリカは日本に憲法九条と自衛隊を同時的に与え、それによって日本人を思考停止させることに成功した。
「アメリカは自分たちがしていることの意味をわかっているが、私たちはアメリカがしていることの意味がわからない」という知の非対称によって、私たちはアメリカの属国というステイタスに釘付けにされている。

グレゴリー・ベイトソンのダブルバインド理論そのままである。
日本政府をコントロールするのはアメリカにとってたいへん簡単なのである。
あるときは「優しい顔」を向け、まったく無文脈的に「無関心な顔」や「怒りの顔」を向ける。

それをランダムに繰り返すだけでいい。
それだけで日本人は思考停止し、アメリカへの全的依存のうちに崩れ落ち、ひたすらアメリカの「指示待ち」状態に居着いてしまう。

アメリカの植民地支配のうちでもっとも成功したのは日本支配である。
だから、マスメディアは「日本の対米従属の集団心理的メカニズム」については絶対論じない。
論じることができない。

マスメディア自身がその思考停止の「症状」そのものだからである。
何度も書いたことだが、2005年にEU議会がロシアに北方領土の返還を命じる決議をしたとき、日本のメディアは一紙を除いてこれを報道しなかった。
日本の外交政策を側面支援する決議を欧州議会がしたときに、なぜそれが全国紙の一面トップにならなかったのか。

それは「そのニュースを日本人が知ることを好まない国がある」とメディアが忖度して、その怒りをはばかって「自粛」したからである。
その理路については、何度も書いたので、もう繰り返さない。ブログの記事か、『最終講義』の第三講をご参照願いたい。

私たちの国は過去66年間ずっと、そうやって「アメリカの気持ち」を忖度して、右往左往してきた。

そして、マスメディアはそのもっとも際だった症状である。
自分が病んでいるということ自体を自覚できないほどに深く病んでいる。
だから、たぶん私の書いていることの意味をジャーナリストたちはうまく理解できないだろう。

というような話を学生たちにする。
そのあと、「尖閣諸島問題」や「竹島問題」や「沖縄問題」について、さまざまなご質問をいただく。

これらの問題が解決しないのは、「領土問題が解決しないstatus quo から最大の国益を得ている第三者が解決を妨害しているからだ」という、「いかにもありそうな」仮説については誰も検証しないからであるとお答えする。

どうして他のイシューでは「いくらなんでもそれは無理筋」なヨタ仮説を飛ばしまくる週刊誌も月刊誌も、この「いかにもありそうな」仮説については、そのようなものが存在すること自体を無視するのか。
それについて学生諸君はよく熟慮していただきたい。
では、また来週ね〜。

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