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米国の相殺戦略、日本の相殺戦略 - 小野田治

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1 はじめに

 2014年11月、チャック・ヘーゲル米国防長官は、「国防イノベーション・イニシアティブ」(以下「DII」という。)と題する文書を発簡した。文書の冒頭で、「戦争遂行のカギとなる領域における米国の優位が侵されつつあり、我々は限られた資源で現在の優位を維持拡大する新たな創造的手段を発見する必要がある。」とし、「国防省すべてにわたる仕事を改善し、21世紀におけるわが軍の優越性を革新的な方法で維持・進化させるために、省を挙げたイニシアティブを設立する。」と述べている。さらに、「この21世紀の挑戦については歴史が教訓を示している。米国は1970年代および80年代に通常戦力によるネットワーク化された精密攻撃、ステルス、監視手段を開発して安全保障環境を変化させた。今次の取り組みは、将来における米国の戦力投射に関する優位性を強化する第3次相殺(オフセット)戦略と呼ぶことになるだろう。」と述べた。

 相殺戦略のそもそもの起こりは、冷戦当初の1950年代に欧州正面でのソ連の圧倒的な通常戦力に対して、ニュールック戦略と呼ばれる核戦力による大量報復によってソ連の抑止を図ったことである。次いでソ連が核兵器の近代化を進め、核兵器が使われることのない兵器になるとともに、ベトナム戦争後に米国防予算が大幅に減額されたことに伴って、再び欧州正面のソ連通常戦力の脅威が高まることになった。そこで通常戦力の量で勝るソ連に対して、巡航ミサイルやステルス航空機といった突破力の高い運搬手段、作戦遂行のテンポを倍加する情報通信ネットワーク、殺傷性と命中精度を飛躍的に高めた精密攻撃兵器を組み合わせ、戦力投射能力を最大化してソ連の通常戦力の抑止を図ったのが第2次相殺戦略であった。その中心的な装備は、その後長期間にわたって発展拡大し、様々な装備がネットワークの下に統合され、迅速かつ多様な精密打撃を行う能力が実現されている。

 一方で、核弾頭搭載能力を保有する国はP5に加えてインド、パキスタン、北朝鮮へと拡大し、弾道ミサイルや巡航ミサイルなどの技術は世界中に拡散している。ミサイル発射手段は、地上固定型から車両移動型へと機動性と残存性を増し、水中から発射する技術を有する国も増加している。ミサイルの射程は延び、速度は高速化し、命中精度は向上している。また、宇宙空間を含む情報収集・監視・偵察(ISR)手段の多様化、正確性の向上、インターネット技術を用いた軽易なネットワークの構築或いはネットワークに対する攻撃や情報の窃取などによって、米国の競争相手の接近拒否/領域拒否(A2/AD)能力は飛躍的に向上している。米国が誇る空母機動部隊が撃沈される恐れすら今や現実のものとなりつつある。さらに厄介なことに、こうした手段を取り得るのが国家だとはかぎらず、テロリストや国際犯罪組織がこの種の手段を掌中にして冒険的な行動に出るリスクも高まっている。

 本論は、米国のこうした第3次相殺戦略という新たな取り組みを概観し、今後の行方を分析するとともに、わが国への影響及びわが国がなすべきことについて考察するものである。

2 第3次相殺戦略の概要

 DIIは、国防総省の全組織、機能及び政策に及ぶもので、以下の事項についてイノベーションを加速する必要があるとしている。

 ①リーダーや管理者を育成、開発するための統合的方策

 ②新たな長期的基礎研究を通じた技術的、制度的なブレイク・スルーの実現

 ③周到なウォーゲームを通じた将来の安全保障環境下における戦略目的達成手段の開発

 ④新たな脅威に対して少ない資源でより大きな戦略的効果を得る革新的運用構想の開発

 その目的とするところは、出現する新たな脅威、急追する競争相手に対して、有効かつ効果的に対処する手段を開発するとともに、競争相手を引き離し優位な立場を強化することにある。焦点となる脅威とは、競争相手のA2/AD能力、即ち、米軍の全地球的な戦力投射能力を減殺するとともに、米軍の行動の自由を奪おうとする一連の能力である。A2/ADは、ISR、ネットワーク、指揮統制、電子戦、サイバーなど、様々な機能を陸、海、空、宇宙、サイバーの5つの作戦領域すべてにわたって駆使して米軍の接近を拒否し、米軍の活動を弱体化させるものである。A2/ADによって、地域に前方展開する米軍は高い脅威下に置かれることになる。地上を移動する大部隊や洋上の空母機動部隊などは容易に発見追尾され、ステルス性に乏しい航空機は撃墜されるリスクが高まる。さらに米軍が独占的に活用していた宇宙は、既に米国の聖域ではなくなりつつある。

 こうした挑戦に対して米国は、第1に競争相手のA2/AD環境下における行動の自由を確保するため、①自己防御能力を最大化すること、②相手に探知されないステルス性を確保すること、③相手方の拒否能力に対する突破力を確保することが必要である。第2に相手方のA2/AD範囲外から戦力投射を可能にする能力を整備すること、第3に相手方の長距離戦力投射を拒否する能力を整備すること、第4に新たな作戦領域であるサイバー空間や宇宙空間における相手方のネットワーク攻撃やその他のインフラ攻撃に対する防御能力及び相手に対する攻撃能力を整備することが必要である。こうした方策を展開していくに当たっては、競争相手の戦力に対して同種の戦力で対抗するのでなく、米国が優越する分野、手段を組み合わせ、拒否的な手段と懲罰的な手段[1]を駆使して競争相手により大きなコストを賦課することが必要である。さらに予算や資源の制約から、既存の装備品を活用してハイ・ロー・ミックスで必要な効果を上げることが求められる。さらに、脅威下にある地表或いは宇宙のアセットの分散、防護強化、代替手段の確保を図ること、初度探知から攻撃に至るプロセス時間を短縮化すること、世界各地で同時に発生する事象に的確に対応することなどが求められるだろう。こうした要求に資する有望な技術や装備が今後次々に開発されてくると期待される。そのために必要なことは、技術開発から装備化に至るプロセスを効率化することであり、革新的な装備を活用して革新的な運用構想を生むことである。

 相殺戦略の主唱者である米戦略予算評価センター(CSBA)のロバート・マーティネージ氏は、米軍が優位性を追求する作戦分野として、無人作戦、長距離航空作戦、ステルス航空作戦、水中戦を挙げるとともに、個々のシステムを統合してシステム・オブ・システムズとして機能させること、グローバルなネットワークを構築することが必要だとしている[2]。また、国防長官からDIIの責任者として指名されたボブ・ワーク次官は、「米国は現時点において、ISR機能以外は未だ優位な状態にあるが、ISRに関するリスクは拡大しており何が起こるかわからない不透明さが増している」と語っている。同次官は、DIIの有望な投資先として、核、宇宙、センサー、通信、弾薬、ミサイル防衛、サイバーの分野を列挙し、水中無人機(UUV)、機雷、高速打撃兵器、エンジンやその他の先進航空力学に基づく装備、電磁レール・ガン、高エネルギー・レーザー、高出力マイクロ波ミサイルなどが有望だとしている。また、「科学技術分野での優位性確保、新型兵器開発が全てではない。リーダーシップ、作戦運用などもDIIの主たる対象であり、特に同盟国との間で演習やウォーゲームを通じて新たなコンセプトを開発することがイノベーションを生むことになる」と述べている[3]。

 革新的装備の一つである無人機の起源は第2次世界大戦に遡るが、高性能な無人機が実戦で重要な役割を果たしたのはアフガニスタンが最初である。当初ISR用として投入されたが山岳地帯を小部隊で移動するタリバンを発見しても攻撃機が現地に到着する頃には目標が消失してしまうという事例が頻発した。そこでRQ-1プレデターという無人機にヘルファイア・ミサイルを装備し、目標を発見したら直ちに攻撃できるように改良して大きな成果を上げた。筆者が2002年に訪米した際、ジャンパー米空軍参謀総長は、”Sensor to shooter in single digit minutes !”(「センサーが探知してから10分未満で攻撃する」)のだと胸を張って語った。無人機をISR+攻撃機として使用する今日の運用構想はアフガニスタンで生まれたものである。さらに、現れては消える目標に対して、航続時間の長いB-52爆撃機にGPS誘導爆弾を多数搭載して上空を飛行させておき、地上の特殊部隊や無人機などからの目標探知情報を受けて直ちに爆弾を投下するという運用方法も効果を挙げた。この作戦が今日のイスラム国に対する航空攻撃に生かされており、後述する「アーセナル・プレーン(武器庫航空機)」の構想にも結びついている。長期間を経て革新的な装備が実戦や演習を通じて革新的な作戦を生むのである。

3 2017年度予算案に見る第3次相殺戦略の現状と方向性

 国防総省の2017年度予算案では、第3次相殺戦略関連として、中国の長距離攻撃に対抗する米海軍の先進的兵器に30億ドル、潜水システムの向上に30億ドル、ヒューマン・マシン・チーム及び小型無人機の「群れ」による作戦に30億ドル、人工知能を用いたサイバー及び電子戦システムに17億ドル、その他の新たなコンセプトに関するウォーゲームや試験に5千万ドルなどが計上されている。個々の事業を現段階で評価することは困難だが、本質的には米軍がいつでもどこでもユビキタスに精密兵器を運用し得ること、脅威圏内で行動する空母機動部隊などの貴重なアセットを相手方のA2/AD手段から防護することがその中心に置かれていると見られる。国防省の発表によれば、量的な観点から、精密誘導兵器の備蓄量増加に5億ドルが計上されているほか、バージニア級潜水艦の攻撃モジュール(VPM)を12発から40発に増加するとされている。質的側面では、SM-6艦対空ミサイルやトマホーク巡航ミサイルを対艦ミサイルとしても使用できるよう改良する事業が計上されている。これらを対艦攻撃にも使用可能にすることによって、水上艦艇の垂直発射システム(VLS)に収納しているミサイル弾数をより柔軟に運用できることになる。また、「アーセナル・プレーン」と称するプラットフォームから多数の誘導爆弾、ミサイルや超小型無人機などを発射することが考えられている。超小型無人機は戦闘機のフレア用の収納容器に格納して射出し、空中で翼を開いてプロペラで自律飛行し、無人機間で相互認識して「群れ」を形成するものである。2014年から試験が続けられており、昨年のノーザン・エッジ演習では150回の試験を行ったとされている。これにマイクロ波妨害装置を搭載して鳥の群れのように飛ばし、敵のセンサーを無力化することに活用する構想である。マン・マシン・チームの作戦とは、例えばF-16無人機編隊を有人の第5世代機であるF―35やF-22がコントロールして、地対空ミサイルなど、敵の高い脅威下で攻撃を遂行するような作戦をいう。海軍では、敵の脅威下にある目標に対してより遠方から戦力投射を行うために、空母からステルス攻撃機或いは無人攻撃機と無人給油機を組み合わせて運用することが研究されている。昨年海軍は、空母搭載型の無人ステルス攻撃機(UCAS)の運用実験を成功裏に完了したが、装備化の行方はいまだ検討中である。UCASよりも無人給油機を優先して整備するという報道もある[4]。相手に発見されやすく攻撃されやすい水上艦や地上部隊などの地表面上の戦力の脆弱性を補完する観点から、水中を航行する無人機の研究が進行しており、様々な形態のものが開発されつつある。水中無人機が持つ隠密性と突破力は、ステルス機と同様に将来のゲームのルールを変える立役者になるかもしれない。陸上兵力の装備については、国防高等研究計画局(DARPA)が開発試験中の12.7mm誘導弾[5]やレイセオン社のPIKE小型誘導ミサイル[6]などは、兵士がグレネード・ランチャーで使用できる可能性があり、攻撃力に革新をもたらす可能性がある。一方、ロボットの殺傷用兵器としての活用についてワーク国防次官は、ロボットが知能を持ち殺傷能力を持つのは危険だと述べている[7]。DARPAでは様々な遺伝子操作の研究がなされており、将来的には超人ハルクのような兵士が活躍する世界になるかもしれない。

 予算案にはエネルギー指向兵器も含まれている。戦闘機や地対空ミサイルで対処することが困難なほどの多数の敵ミサイルの飽和的な攻撃から防衛する手段として、レーザー兵器や電磁レール・ガンなどが既に実地試験段階にあり、早期の装備化が期待されている。また、敵のネットワークやISRを無力化する手段として、強力なマイクロ波を発射する手段や、人工知能を使ってリアルタイムに相手の周波数特性に適合する電子妨害を行うといったソフト・キル手段の開発も注目を集めており、今後大いに開発が進むことになるだろう。

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