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【中国はどう見られているのか?】アジア発中国ホンネの評判「支那人を叩き出せ!」 - 安田峰俊(ノンフィクション作家)

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香港の絶望的レジスタンス

「支那人を街から叩き出せ!」

 トラメガを手にした活動家が、繁華街で口汚く罵る。とはいえ、彼らは日本のネット右翼勢力ではない。昨年7月11日の夜、筆者が香港の旺角で偶然目にした、現地の反中国組織のメンバーたちの姿だ。

 やがて、大声で中国人露天商に絡み続けていた彼らに警官隊が殺到。逃亡を図ったリーダー格の一人を路上に押さえ込み、集まった群集にも暴徒鎮圧用の胡椒スプレーを噴射して鎮圧をおこなった―。

「マスゴミも政府も、警察も既存政党も中国の手先だ。われわれは香港を侵略から防ぐため、手段を選ばず戦う」

 冒頭の騒ぎから数日後、筆者にそう語ったのは先日の運動のリーダーだったサイモン・シン氏(23)だ。香港の対中独立と民主化を唱える政治団体「香港本土力量」を率いる。

 シン氏のような人々は、現地で「本土派」と呼ばれ、複数の団体が存在している。数十人程度の小組織が多いが、街頭での派手な運動にネットを通じて若者の支持が集まる。地方議会で議席を獲得したグループもある。

 本土派が勢いづいた契機は、2014年9月に発生した大規模デモ「雨傘革命」だ。デモを主導した学生運動組織が、一国二制度の(=中国の主権を容認した)もとでの香港の民主化実現を求めたのに対し、反中感情が強い最右翼層が離反。本土派の支持層に転じた。

 冒頭の事件以外にも、警官隊と本土派の小競り合いは香港でしばしば発生している。今年の旧正月にあたる2月8日にも大規模な衝突が起き、警官が威嚇発砲をおこなった。

「われわれ香港人は中国人のような劣った連中ではない。中国共産党に支配される理由もない。中国人は香港から出ていけ」(シン氏)

 本土派の言動には差別的でヒステリックなものも多いが、彼らの支持者は大学教授やデザイナーなどエリート層にも広がる。その理由は、「中国共産党の侵略」という言葉が単なるデマや妄想ではなく、多くの香港人の実感に基づいているためだ。

 1997年7月、中国はイギリスから返還された香港を特別行政区に位置付け、市民に西側並みの自由権や社会権を認める「一国二制度」を約束。結果、香港では返還後も中国共産党を批判する書籍が公然と売られ、毎年6月には天安門事件の追悼デモが開かれるなど、ひとまず自由が維持され続けた。「世界の工場」広東省に隣接するため、好調な経済のもとで市民の対中感情も当面は良好だった。

 だが、やがて大国化した中国が香港を飲み込みはじめると、状況は暗転する。返還時点で人口約650万人だった香港に、総計90万人近い中国人移民や年間数千万人の中国人観光客が殺到。街からは香港独特の風情が失われ、中国大陸化が進んだ。また、主要メディアの多くが中国資本の買収や出資を受けたことで、「自主規制」の形で言論の自由が縮小していく。

 この傾向は、中華民族主義を掲げる習近平政権の成立と前後して一層強まった。2012年には、公教育の場で中華人民共和国を賛美する愛国主義教育の導入が検討され、香港の若者を「中国人」として育てる方針が打ち出された(ただし、さすがに反発が大きく撤回)。また2014年には中国政府に批判的なジャーナリストが何者かに殴打されて重体となり、昨年10月には同じく反共産党的な書籍を発行していた出版社の関係者が軒並み中国に拉致される事件が起きた。

 2014年の雨傘革命は、建前の上では特区行政長官選挙の民主化を求めた運動だったが、実質的には香港の若者による「中国化」への反発が形をとったものだった。だが、デモは中国政府からも香港特区政府からも何の譲歩も引き出せず、完全な失敗に終わった。

 香港が将来的に中国に飲み込まれることは、もはや誰の目にも疑いがない。前述した本土派の活動も、日に日に強まる閉塞感に耐えかねた、やぶれかぶれのレジスタンスという側面が強い。

前途多難な台湾新政権

 最後に「近」と「内」の中間の場所で悩める台湾に言及しておこう。2008年の馬英九政権の発足以来、積極的な両岸交流政策が打ち出された台湾は、いまやGDPの16%を対中輸出が占め、訪台観光客の4割が中国人となるなど、中国依存が強まった。政権2期目の2012年以降は、経済交流を背景に香港と同じく親共産党系資本のメディア買収が進み、政治的にも中国に接近しはじめた。結果、識者の間では「台湾は数十年内に中国に吸収される」といった見立ても珍しくなくなった。

 だが、2014年3月に発生した学生運動「ヒマワリ学運」がその流れを変える。更なる対中接近政策・海峡両岸サービス貿易協定に反発したデモは、政権の譲歩を引き出して協定の事実上の棚上げに成功。与党・国民党は求心力を喪失し、今年1月の選挙では野党・民進党に惨敗。民進党の蔡英文が中華民国初の女性総統の地位を射止めた。

 ただし、8年ぶりの政権交代とはいえ、対中関係に消極策を取ることが可能だった往年の陳水扁時代とは違い、蔡英文の舵取りは悩ましい。

「(対中摩擦を招く選挙結果なら)台湾での投資を縮小せざるを得ない」。シャープの買収でも有名な鴻海精密工業CEO・郭台銘の、2014年の発言だ。これが対中ビジネスをおこなう台湾財界の本音である。一方、中国の新華社通信は蔡英文の勝利に「台湾政局の変化は、両岸(中台)関係の歴史の中で瞬く間に消える」と、中国による台湾併吞を諦めない姿勢を示している。

 そもそも今回の政権交代は、馬政権下での過度の対中接近や格差拡大への反発の結果で、蔡英文の政策が支持されたからではない。蔡英文は両岸関係の現状維持を主張して緊張回避を図っているが、中国とあまりに近い台湾は、「現状維持」だけでも膨大なエネルギーが必要だ。今年5月20日に成立した新政権は、まさに内憂外患・前途多難である。

 ―本稿で紹介した「遠」「近」「内」の3地域の状況は一見するとバラバラだが、背後には大きな共通点が存在する。すなわち、2012年の習近平体制の発足と前後して、対中関係が大きく変化したという点だ。

 中国は2008年に北京五輪を成功させ、世界金融危機を乗り切った頃から「大国」としての自信を深めた。ここ数年で経済の減速が明らかになっても、愛国主義的な傾向が強い習近平政権は、軍や党の求心力を維持する目的もあって「大国」の看板を手放さず、逆にアクセルを大きく踏み込む方針をとっている。

 約2200年前、秦は遠交近攻を推し進め、ついに天下を統一した。だが、強権的な統治が人民の怨嗟を招き、帝国の成立からわずか15年で滅亡してしまった。

 ならば現代の中華帝国の未来は、果たしていかなるものとなるか。歴史好きとされる習近平が、前車の轍を踏まぬことを祈るばかりである。

やすだ みねとし 1982年滋賀県生まれ。広島大学大学院文学研究科修士課程修了。当時の専攻は中国近現代史。中国を中心に各地で取材し、作品を発表している。『中国・電脳大国の噓』(文藝春秋)、『境界の民』(KADOKAWA)など著書多数。

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