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【中国はどう見られているのか?】アジア発中国ホンネの評判「支那人を叩き出せ!」 - 安田峰俊(ノンフィクション作家)

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「資金力がある」、「ビジネスはビジネス、政治は政治」―中国の国力増進は様々な反応を引き起こしてきた。定点観測から見えてきた中国の世界戦略

「遠きに交わりて近きを攻むるに如かず」

 紀元前3世紀、ある策士が秦の昭王(始皇帝の曾祖父)に献策した言葉だ。遠交近攻という四字熟語の語源である。現代の中国もまた、この格言に忠実な外交政策を採っているようだ。

 2011年、中国の重慶からドイツまでの直通貨物鉄道路線が開通し、中国とEUの経済が直結した。また、2015年10月には習近平がイギリスを訪問し、7兆円規模の経済協力を約束。一方、アフリカに対しても輸出入総額が約1700億ドル規模に達する経済関係を築き上げ、最重要国と目されるに至った。

 遠くの国々に対して、中国はひたすら笑顔を浮かべて札束と握手の手を差し出す。だが、近き相手に対してはどうか。

 以下、中国の遠交近攻策を象徴する各地の実態を、「遠」のイスラエル、「近」のベトナム、そして「内」なる別体制地域である香港と、その比較対象としての台湾を例に、それぞれ見ていくことにしよう。

イスラエルでの「爆買い」

「2年前の春から、中国人の観光客やビジネスマンが突然増えはじめました。エルサレムの嘆きの壁の付近を行き交う東洋人観光客は、かつて多かった日本人から中国人に完全に交替した印象です」

 イスラエル、テルアビブ市内の投資会社で対中ビジネスに携わるグロス・ジェイコブ氏(仮名、30歳)はそう話す。彼はアメリカの大学院で中国研究をおこない、その後に中国の国営資源関連会社で勤務した経験も持つ。イスラエルではかなり珍しい中国通だ。

 もともと、中以(中国とイスラエル)両国の関係は薄く、国交の樹立は日中間の関係よりも20年も遅い1992年1月である。かつて反米・反帝国主義の立場からアラブ諸国との関係を重視していた中国は、国交を結んだ後もイスラエルに対して距離を置く姿勢をとり続けた。

 だが、ここ数年で両国関係は急速に緊密化しつつある。イスラエルを訪れる中国人は前年比30%以上の増加を続け、2016年の訪以客は6・8万人に達する見込み。また、2010年に約50億ドルだった中以間の貿易総額も、昨年時点で約114億ドルまで膨らんだ。いまやイスラエルにとって、中国はアメリカに次ぐ2番目の貿易相手国となっている。

「イスラエル国内に、他国のような反中感情は少ない。中国とは歴史的なしがらみが薄く、領土を奪われるリスクもないですからね。近年増加した中国人たちは、『大量の札束を持って突然出現した東洋人の集団』として、現地で非常に歓迎されています」(グロス氏)

 両国の接近の背景にあるのは、東南アジアから中東・東欧までも取り込んだ経済圏の確立を目指す中国の外交政策「一帯一路」だ。同政策が構想段階にあった2014年4月8日、習近平は訪中したイスラエルのシモン・ペレス大統領(当時)と人民大会堂で会談。習は両国関係をお得意の「歴史問題」の文脈に落とし込み、下記のような表現で絆を強調した。

「中華民族とユダヤ民族は特に第二次大戦中、ともにファシズムと軍国主義に反対し、互いに助け合って深い友情を結んだのである」

 権力集中を進める習近平体制下の中国では、こうした指導者の言葉が進撃の大号令となる。イスラエルを訪問する中国人観光客やビジネスマンの「爆増加」は、この習・ペレス会談の直後に始まった。

 イスラエル側もラブコールに応えている。2015年3月、同国の大物外交官として知られるマタン駐北京大使は、「一帯一路」政策への好感を表明。直後の同月31日、イスラエルは中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に創設メンバー国としての参加を表明した。

 イスラエルのAIIB参加は、英仏独ら欧州の主要国の方針に同調した面も大きい。だが、日米がAIIBへの参加を見送るなか、アメリカの最重要同盟国・イスラエルが中国の「朋友圏(友達の輪)」に加わったことは、やはり異例の事態だった。

 両国の接近の陰で進むのは、イスラエルの特定産業に対するチャイナ・マネーの浸透である。特に顕著なのがITの分野だ。

 現在、アリババ・百度・テンセント・レノボ・ファーウェイなど中国の大手IT企業各社が軒並みイスラエルに進出。現地企業との合弁や研究開発所の設置を進めている。

「中国人は資金力がありますし、既存の技術を普及させることが得意。しかし、政治体制の影響もあって、柔軟でクリエイティブな発想が苦手です。イスラエルとは相互補完関係を築く上でよい組み合わせですよ」

 某中国企業の現地法人に勤務する張友良(仮名)氏はそう話す。

 イスラエルは国民の起業熱が旺盛で、わずか人口800万人の国家に8000社前後のベンチャー企業が存在する。高い教育水準を活かし、ハイテクやIT・バイオなどの分野で、斬新なアイディアを売りにしたスタートアップが多いのが特徴だ。ハイテク軍事技術の民間転用も盛んである。

 従来、イスラエルの新興企業の成功モデルは、NASDAQに上場するか、アメリカの大資本に自社を売却することだった。だが、そんな構図を中国が変えつつある。

「昨年から、中国はテルアビブ市内にインキュベーター(ベンチャー起業支援組織)を複数開設。ITやバイオ、医療、ナノテクノロジーなど特定分野での起業を望むイスラエル人を無料で中国の深圳などに招くなど関係を強め、囲い込んだ上で中国向け技術の研究開発をおこなわせています」(張氏)

 従来はアメリカ一国に流れていた技術を、大胆に青田買いしているのだ。

 むろん、これだけならば中国の大胆な産業発展戦術にすぎないが、背後には不穏な要素も垣間見える。前出のグロス氏は、業務上で大勢の中国人投資家と接するなかで、こんな見立てを持つようになったと話す。

「過去、ICQ(チャットソフト)やファイアウォール(セキュリティ技術の一種)など、イスラエルが開発したインターネット技術の多くが、アメリカを経由して全世界に普及してきました。中国は今後、政治的な目的から、自国経由で新たな技術を世界に広めることを長期的には目指しているように見えます」

 2013年に元CIA局員のスノーデンが告発した通り、グーグルやフェイスブックなどが提供するネット空間上の主要な情報インフラの大部分は、NSA(アメリカ国家安全保障局)の監視下にある。これに対する中国の警戒感と羨望の思いは根強い。中国は国内向けに徹底したネット規制をおこない、海外製のウェブサービスの多くを排除する姿勢を取っているが、これも反体制的な言論を抑圧する目的のみならず、国防上の要因が大きいと見られている。

 ゆえに、仮に今後、イスラエルのベンチャーを経由して中国から新たな情報インフラが登場し、それがグローバルスタンダードになれば、アメリカが従来構築してきた世界規模の電脳監視網の一端を破ることができる。世界中の人間のビッグデータの一部を、中国が把握できる状態が生まれ得るのだ。

 現時点でもすでに、全世界で販売されている中国メーカー製のパソコンや無線LANルーターにバックドア(情報を抜き取るシステム)が仕込まれている可能性が指摘され、アメリカをはじめ西側諸国の公的機関ではこれらの製品の使用を禁止する動きが出ている。中国が、すでにハード面で実施していると見られる行為を、ソフト面にも大きく広げようと考えるのは妥当な行動だと言えるだろう。

 アジアの最西端に位置するイスラエルへの急接近の背後には、電脳空間上での「領土の拡大」を目指す中国の戦略が見え隠れする。

ベトナムの大規模反中デモ

 中国の広東省からボルネオ島にかけての南シナ海上は、通称「赤い舌」と呼ばれている。中国は1950年代から、この海域の島嶼部のほぼ全域の領有権を主張し、周辺各国との係争を続けてきた。

 特にベトナムとは、何度かの軍事衝突も起きている。中国は1974年にパラセル諸島で南ベトナム(当時)と、1988年にスプラトリー諸島でベトナムと戦火を交え、実効支配域の拡大に成功してきた。

 もっとも、中国はこれらの後にはしばらく、自国の経済発展を重視する目的ゆえに無理押しの外交を避けた(韜光養晦)。だが、中国の国力が増大した2010年前後を境に、この方針は大きく転換する。習近平政権下の2014年5月には、パラセル諸島近海で強引な資源探査活動を実施。ベトナムと再度の軍事衝突の危機すらも招いた。

 対してベトナム側の反発も大きい。同年5月18日には、かねてより兆候があった上記の資源探査活動への抗議がさらなる広がりを見せ、全国で大規模な反中デモが発生。中国及び台湾系資本の工場数十施設が破壊され、少なくとも2人の中国人が殺害された。

「ベトナムは伝統文化の面で中国から強い影響を受けている一方、常に中国の侵略に直面してきた国でもある。近年の南シナ海問題の先鋭化で、ベトナム国内では伝統的な対中警戒心が再び頭をもたげています」

 ハノイでの留学経験を持つ、元研究者の日本人男性はそう話す。事実、2015年にアメリカの調査機関ピュー・リサーチ・センターが実施した世論調査では、ベトナムの対中好感度はわずか19%。調査対象となったアジア太平洋諸国10ヶ国を対中好感度で並べるとワースト2位だった(ちなみに日本の対中好感度は9%で最下位)。

 もともと北ベトナム地域は、1世紀の後漢王朝への反乱以来、中国への約900年間にわたる抵抗の末に国家を成立させた歴史を持つ。その後も宋・元・明・清の歴代王朝の侵略から1979年の中越戦争に至るまで、中国の脅威にさらされ続けてきた。ゆえに、ひとたび燃え上がった警戒心は容易に鎮火しない。

 民間の政治運動が厳しく規制されている社会主義国家・ベトナムで大規模な反中デモが起きたのは、当局が民意を押さえきれなかった面も大きいという。

「政権としてはホーチミン共産青年同盟(共産党の青年組織)に穏健な官製デモをおこなわせ、民意のガス抜きを図りたかったようです。しかし、反共産党的な政治勢力を含む在野団体が自発的にデモを起こし、それを民衆が支持。ゆえに運動が拡大しました」

 日越間の貿易に携わる、ホーチミン出身のグエン・アン・フン氏(41歳、仮名)は話す。

 ちなみに当時のデモでは、ベトナムと直接対立していない台湾資本の工場も多数襲われた。過激な抗議行動の背景には、現地労働者を低賃金で搾取する華人系企業への報復感情という、領土問題とは無関係な要因もあった。だが、これも広い意味では、中華文化に対するベトナム人の反発の表れだったという。

 中国を嫌悪するナショナリズムの暴走は、ベトナム政府にとって大きなリスクとなり、地域の不安定化の潜在要因にもなっている。

 もっとも、反発だけでは生活が成り立たないのも事実だ。いまやベトナム人の生活や経済活動に、「中国」は欠かせない存在である。

「食品や日用品はもちろん、ものづくりの面でもすべては中国頼り。ビジネスはビジネス、政治は政治なのも確かです」(フン氏)

 ベトナムから見て、中国は工業原料の最大の輸入元で、電力などインフラの供給元でもある。また、中国メーカーは消費財だけでなく、製品の現地生産工場を通じて莫大な雇用を与えてくれる存在だ。経済面で、ベトナムの対中依存は非常に大きい。

 今年2月、ベトナム政府はTPPに署名した。また、ベトナム戦争以来の対立の歴史を返上して、アメリカや日本など環太平洋圏の西側諸国と安全保障面での交流も進めつつあり、政治と経済の両面で脱中国依存を目指している。しかし、陸続きである中国と完全に距離を置くことは不可能だ。中国は現在もなお、南シナ海での軍事的圧迫を続け、権益の拡大を目指している。中国を嫌いつつも離れられない、ベトナムのジレンマを知った上での大胆な行動というわけだ。

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