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英語は「地味」だから居心地がいい――英米文学の味わい方を知る / 英文学者・阿部公彦氏インタビュー

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――20世紀よりも、時代の離れた19世紀の方が、読んだら共感するのは面白いですね。

日本の純文学の人たちは、「人生をいかに生きるべきかを教えるのが小説である」という考えを強く否定してきました。小説は正しいものばかりではなく悪も書くし、意味不明なものも書く。だから、小説を純粋芸術と見なすような視点がずっと有力でした。でも、もともとは小説は今で言う自己啓発書に近いものでした。別に「自己啓発書として読め」というわけではないのですが、どうやって生きるのか悩んでいる高校生が人生について考えるのに小説を使って悪いわけはないと思います。

――「役立たないことこそ文学だ!」というお話になると思ったので、意外でした。

役に立っても全然いいと思います。文学というのは、暗くて不健康なイメージがあるかもしれませんが、文章を読むことは健康にいいとぼくは考えています。活字中毒なんていう人がいるのも、からだの働きと文章を読む作業がなんらかの形でリンクしているからでしょう。

たとえば、呼吸器をわずらっている作家は、呼吸をすることの苦しみや安らぎが文章に反映されていたりします。日本でいうと、たとえば佐伯一麦さんのような作家がとても洗練された形で呼吸を表現しています。彼の文章など読むと、不思議と、自分の呼吸まで整ってくるように思えたりします。変な文章を読むと、こっちも嫌な気持ちになったりする(笑)。頭よりも、まずは肉体的に気持ちよくさせてくれるのが、気持ちがいい文章というものなのです。そういう文章の肉体的快楽を高校生のうちに味わえるといい。

これも、日本語だと読み慣れすぎているので、英語を読んでみるとより意識的に気づけるかもしれません。もっと言えば、音読するとより効果的です。聴覚や、舌のもぐもぐした感覚と、目でみる文字との協同作業で、より肉感的に英語を受け止めることができる。

――文学は健康に悪いと決めつけていたので、考え方が変わりました。英文学を学ぶと、英語は得意になるものなのでしょうか。

文学でもとりわけ詩や小説には情動がつまっているので、英語のノリのようなものを身につけるのには便利です。英語には英語なりのリズムや感情表現のポイントがあります。そこをおさえ、自分の身体におぼえこませることができれば、会話などのコミュニケーションも円滑に進みやすいです。

教育の現場でも、英語には英語の、日本語には日本語なりの独特な情動のやりとりの仕組みがあるということをもっと意識させるべきです。日本語で、「今日楽しかった?」と言って、「……はい」と言うのと「はい!」というのでは、同じ「はい」でも伝わり方が違います。

このあたりは文法化したり、言葉で説明したりするのがなかなかたいへんです。具体例を通して学ぶのが一番です。で、そうした例のストックができると、英会話でも苦労が減る。

そもそも小説を読むというのは、新しい世界と「出会う」という経験でもあります。どの作品にも個別のルールがある。書き手はそれをいちいちこちらに差し出してくる。こちらもそれを理解し、受け入れないと、作品世界に入っていけない。これは面倒くさいところもあるけど、なかなかエキサイティングでもあります。

社会で生活していく限り、どうしても同じようなことはあるでしょう。知らない人と出会い、向き合い、その人のルールを学ぶ。この繰り返しです。面倒くさい。でも、ときにはおもろしい。小説を読むという行為は、こうした「出会い」のルールについてあらためて考えるという意味でも、けっこう実践的に役にたつかもしれませんね。

――最後に高校生に、一言お願いします。

将来、どんなことをするにしても、おもしろくないものをおもしろいと無理に思う必要はありません。むしろ、おもしろくないものを正直に「おもしろくない!」と思うところから、おもしろいものとの出会いは始まる。そういう意味では――逆説的な言い方になりますが――若いうちは思いきり退屈な経験をしたり、愚作を読んだり、ひどい目にあったりすることも必要かもしれません。そのことを通してほんとうにおもしろいものやすばらしいものに対する欲求が芽生えるのだし、そうしたものと出会うためのコツも磨けるのではないでしょうか。

高校生におすすめの5冊!

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対訳 シェイクスピア詩集―イギリス詩人選〈1〉 (岩波文庫)
著者/訳者:シェイクスピア
出版社:岩波書店( 2004-01-16 )
定価:¥ 734
Amazon価格:¥ 712
文庫 ( 255 ページ )
ISBN-10 : 4003220587
ISBN-13 : 9784003220580

ほんのちょっとでもいいから、高校生のシェイクスピアの英語に触れてもらいたいです。岩波文庫の対訳シリーズはこういうとき便利。



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喋る馬(柴田元幸翻訳叢書|バーナード・マラマッド)
著者/訳者:バーナード・マラマッド
出版社:スイッチパブリッシング( 2009-09-30 )
定価:¥ 2,268
Amazon価格:¥ 2,268
単行本 ( 256 ページ )
ISBN-10 : 4884182898
ISBN-13 : 9784884182892

マラマッドはニューヨークのユダヤ系の人々を描いた短篇で知られる作家です。何ともしみじみした味わいで、暗いものも明るいものも心に染み渡ります。



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恥辱 (ハヤカワepi文庫)
著者/訳者:J.M. クッツェー
出版社:早川書房( 2007-07 )
定価:¥ 864
Amazon価格:¥ 864
文庫 ( 348 ページ )
ISBN-10 : 4151200428
ISBN-13 : 9784151200427

現代英語文学の問題作。大学の英文学の教師がセクハラで首になって転落するところから始まる物語ですが、ひどい話なのに語り口が軽妙で実にテンポがいいので、どんどん読んでしまうと思います。クッツェーは南ア出身です。



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英詩のわかり方
著者/訳者:阿部 公彦
出版社:研究社( 2007-03-23 )
定価:¥ 2,160
Amazon価格:¥ 2,160
単行本(ソフトカバー) ( 200 ページ )
ISBN-10 : 4327481505
ISBN-13 : 9784327481506

英語の詩の読み方を解説しています。なるべく難しい用語などは使わないようにしているので、高校生でも読んでもらえると思います。訳文もついています。



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詩的思考のめざめ: 心と言葉にほんとうは起きていること
著者/訳者:阿部 公彦
出版社:東京大学出版会( 2014-02-24 )
定価:¥ 2,700
Amazon価格:¥ 2,700
単行本 ( 218 ページ )
ISBN-10 : 4130830643
ISBN-13 : 9784130830645

このインタビューでも話題になった詩と詩でないものの境界線について語る本です。そもそも詩はどこにあるのか? 詩は詩集の中にあるとは限らない、というのが話の出発点になっています。これも高校生でも読めるくらいの内容です。

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