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なぜ「手術数」だけで病院を選んではいけないのか - 天野篤

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実は、私が以前勤務していた新東京病院(千葉県松戸市)では、開設1年目の心臓外科手術症例数は30例でした。開院時の実績はゼロだったことと近所に千葉県内では有数の手術実績のある病院が存在したことから、開設準備の責任者だった須磨久善先生に「ぜひ、心臓外科医として働いてほしい」との誘いを受けたとき、私が相談した医師全員が「あの病院だけはやめておけ」と言ったくらいです。ところが、とにかく手術の成功率を上げ、手術後の管理もしっかりやって、「新しく開設された心臓血管外科を広く世の中に知ってもらおう」「治療成績を上げて、一人でも多くの患者さんを助けよう」と病院一丸となって頑張ったところ、症例数が加速度的に増えました。さらに当時は一般的に治療困難とされたエホバの証人の無輸血手術を麻酔科の積極的な協力の下に着実に成功させていったことで、全国的な評価を得ることができました。

2年目には1年目の倍以上の84例、3年目には155例、4年目には最初に目標とした200例を超えて242例を達成したのです。日本では、成人の心臓外科手術が200例を超える病院は限られます。それにも関わらず、5年目には300例を超え、成人のバイパス手術で全国1位の手術数、それも緊急手術を入れても手術死亡率が0.9%という好成績を誇るようになりました。200例を超えた頃、私は、イタリアの病院へ移った須磨先生に代わって、2代目の心臓血管外科部長になっていました。全国に先駆けて、心臓を動かしたまま手術を行うオフポンプ手術を成功させ、実績を上げていたことも症例数を増やすことにつながったのだと思います。

現在、勤務している順天堂大学附属順天堂医院に移ったときにも、同じようなことを経験しました。当院は、ほとんど無名だった新東京病院とは異なり、胸部外科としての実績のあるブランド病院で、先代、先々代の教授は冠動脈外科治療の第一人者として有名でした。しかし、私が教授に就任したときには、症例数は成人の心臓外科手術が200例を超えてはいたものの、先代の教授が退官してから1年半経っていたこともあり、患者さんの治療を行ううえで非常に大事な手術記録さえほとんど残っていない状態でした。そのため、患者さんの状態が悪くなったときに原因を探ることや手術を振り返ったり、治療成績を出したりすることもできませんでした。

症例数だけで選ぶと落とし穴も

納得できる医療を患者さんに展開するためには、自分だけではなく、共に働く周囲の医師、看護師、医療スタッフの質も向上させてかなければなりません。最初は、よそ者の教授として常に監視されているような居心地の悪さがあり本当に苦痛でしたが、多くの患者さんの命を救うために、自分のやり方で心臓血管外科を改革しようと決めてからは、治療成績を上げ、成人の心臓外科手術の年間症例数を前任の教授時代の2倍の500例以上にすることを目標に頑張りました。そして、「早い、安い、うまい」手術を手掛け、術後管理にも力を入れて患者さんのリハビリを手術の翌日から開始することで、教授就任から4年後には、目標の症例数を達成しました。年間手術数500例以上は、大学病院の中ではトップ3に入る症例数です。

ただし、症例数で病院を選ぶことには、落とし穴もあります。症例数を増やすために、まだ手術が必要のない状態なのに手術を積極的に勧める病院もあるからです。外科医は、手術をたくさんやっていないと腕が落ちるという不安を常に抱えているものです。なかには、その不安を解消することや病院ランキングに載るために症例数を増やすことが目的になってしまっている外科医がいます。病院にとっても、手術数が多い方が収益は上がります。実際に、私のセカンドオピニオン外来には、まだ手術が必要のない状態であるにもかかわらず、外科手術を勧められている人が結構いらっしゃいます。

どんな名手がやったとしても、手術である以上合併症を起こすリスクがあり、薬物療法など内科的な治療で安定しているのであれば、すぐに手術を受ける必要はありません。経過を観察した方がいい場合もあるのです。もちろんあまりにも先延ばしにしてタイミングを逸してはなりませんが、手術を受ける利益が、不利益を完全に上回ったときにこそ手術を受ける意味があります。私は、循環器内科医に手術が必要と紹介されてきた患者であっても、手術の時期はいつが最適なのか判断し、しばらく様子をみることもあります。急を要する状態ではないのに心臓外科手術を勧められたときには、セカンドオピニオンを受けるなど、本当に手術が必要なのか確認するようにしてください。

また、外科手術を受ける病院を選ぶときには、手術死亡率など治療成績を確認することも大切です。症例数の多い病院の中にも、治療成績の悪い病院があるかもしれないからです。糖尿病や腎臓病などの合併疾患のある人や高齢者は、自分と同じような状態の人の治療成績がどのくらいなのか確認しましょう。合併疾患のある人や高齢者で健康状態の悪い方の手術は、合併症のリスクは高くなります。

私を含め、医療者の多くは、患者さんを救いたい一心で日夜骨身を削っています。後悔しないためには、ご本人が納得して治療を受けてほしいと思います。
天野 篤(あまの・あつし)
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。

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