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日本人は妊娠リテラシーが低い、という神話――社会調査濫用問題の新しい局面 - 田中重人 / 社会学

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「日本人の妊娠・出産に関する知識レベルは国際的にみて低い」という論が幅をきかせている。その根拠としてよく持ち出されるのが、 カーディフ大学の研究グループが2009–2010年におこなった国際調査 International Fertility Decision-making Study (IFDMS) である。

この調査は、2013年にいわゆる「女性手帳」の創設を「少子化危機突破タスクフォース」が提言した際にも、資料の中で使われていた。また、2014年の「新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会」においても、「日本はトルコの次に知識が低い」というデータとして紹介された。

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「新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会」(第3回会合、2014年12月12日)で齊藤英和委員 (国立生育医療研究センター周産期・母性医療診療センター) が提出した配付資料「妊娠適齢期を意識したライフプランニング」冒頭の図版

さらに、2015年3月20日に閣議決定された「少子化社会対策大綱」においても、数値目標の根拠としてIFDMSが参照されている。「妊娠・出産に関する医学的・科学的に正しい知識についての理解の割合」を34%から70%に上げようというのだ。これに基づいて高校教材の改訂などが進められている。

では、実際にはIFDMSはどのような調査なのだろうか。すでに昨年9月の『シノドス』記事「「妊娠しやすさ」グラフはいかにして高校保健・副教材になったのか」 (高橋さきの) が問題点を指摘している。

他の先進諸国での調査では、(オンラインで調査に協力するような) そもそも妊娠や不妊といった問題に関心のある人々が調査に回答したという偏りがあった。対して日本では、そのような偏りが相対的に発生しにくい調査方法を採っていたと思われる。

つまり、日本と他の先進諸国の知識に関するデータは、比較可能とはいえないのではないか。

(http://synodos.jp/education/15125/2)

IFDMSは、日本では市場調査会社を使った調査だったのに対して、他の国の多くは Facebook などを利用したオンライン調査であった。調査対象者の性質がちがうのに、そのまま比較するのはおかしいというものだ。

実際に、IFDMSの研究成果をまとめた2013年の論文 (Bunting ほかHuman Reproduction 28巻385–397頁 <DOI:10.1093/humrep/des402>) でも、この対象者選択の問題について、繰り返し注意が促されている (385、393頁)。国別の平均点を並べたグラフは論文中にあるが、それはあくまでも「今後の研究のため参考程度に提供する情報」の位置づけになっている。

そのグラフだけを切り出して「日本人は妊娠リテラシーが低い」「日本はトルコの次に知識が低い」などということはできない。国際比較ができるデータでないことは、論文をちゃんと読めばわかることである。

このように比較不可能なデータを比較している点に加えて、IFDMSにはさらなる問題がある。本論では、調査票翻訳の質の悪さのために日本の回答者の得点が引き下げられている可能性を中心に議論したい。

調査に関する情報がない?

ふつう、社会調査をおこなって論文を書くときには、調査票や調査方法の情報を公開する。そうでないと読者が研究の内容を再現・検討できないのだから、当たり前の話である。 ところが、調べてみたところ、IFDMS調査票に関する情報がどこにもない。

論文 387頁には、調査の全体像については http://www.startingfamilies.org を参照せよと書いてある。この URL はカーディフ大学のサイトに転送されるが、転送先には調査に関する情報は何もない (2016年1月17日確認)。一方、調査実施時のドメイン www.startingfamilies.com はすでに期限切れで、売りに出されている。調査を実施した2009年当時の記録は Internet Archive <web.archive.org> にあるが、残っているのは 入口のページ だけである。そこからリンクされていたはずの各言語版調査票などは残っていないので、やはり調査票の情報をえることはできない。論文以外の、プレスリリースや報告書をみても、調査方法や調査票の情報はない。

これは、具体的な調査内容が一切伏せられているということである。だから、分析結果を示されても、それが妥当な結果なのか、実は読者には判断のしようがない。研究成果公表のありかたとして、非常に重大な問題である。

日本語版調査票の問題

仕方がないので、研究プロジェクトの代表者であるカーディフ大学の Jacky Boivin 教授に直接問い合わせてみた。 2015年10月17日に電子メールを送ったが、返信がなかったため、メールを再送したり、共同研究者にもお願いするなどして、1か月後に日本語版調査票のPDFファイルを入手した。

調査票は男性用と女性用に分かれている。ふたつのファイルは3箇所で語句のわずかな違いがあるのみであり、ほとんど同一の内容であった。

構成は以下のとおり。

・表紙

・挨拶(1ページ)

・第1部:「ご自身の背景について」(半ページ)

・第2部:「親となること」(2ページ弱)

・第3部:「受精および妊娠の試み」(2ページ強)

・第4部:「不妊治療サービスについての知識、信念、経験、意思」(6ページ強)

・第5部:「社会状況および自分自身の健康・一般的医療ケアに対する態度について」(3ページ)

・「親になること及び妊娠健康問題に関する意思決定」(1ページ)

実際の調査においては、回答者は同一内容のウェブ版にオンラインで回答している。

手に入ったのは日本語版だけなので、他言語版とくらべることはできない。しかし、日本語版には、不自然な文章や意味がわからない文章があちこちにある。

たとえば、調査票の挨拶では、

妊娠とは受胎能力、つまり女性が妊娠し、男性が父親になる能力を意味します。

とある。あとのほうにいくと、つぎのような質問文もある。

推奨されれば、私の共同体の大多数は不妊治療を (何度でも) 私達にしてもらいたいのではないかと思う

誰が誰に何を推奨するのだろうか? また、「共同体」とは何だろうか?

また、男性に対してこのような質問があった。

・あなたご自身はどのくらい受胎能力があると思いますか?

・ご自身がまだ妊娠してないと思われている潜在的理由

私が妊娠してないのは… …私が過去に行なった (又は、行なわなかった) ことが理由

・あたなと配偶者が子供をもうけようという試みを始める前の6ヶ月間に喫煙しましたか? (原文ママ)

男性の回答者は、妊娠する可能性がもともとないわけで、いったいどう答えればいいのだろうか? また、「あたな」とは何だろうか?

全体的にこのような調子で、不自然な日本語や意味不明な質問文が多い。試しにひととおり答えてみたが、相当疲れた。途中でいやになってやめてしまう回答者も多かっただろうと思う。この調査では、途中でやめた人は、有効な回答にカウントされない。最後まで回答した回答者も、適当に選択肢を選んだいい加減な回答が多かったのではないだろうか。

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