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オバマ広島訪問 謝罪より大切なこと - 宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所主幹)中山俊宏(慶大教授)松尾文夫(元共同ワシントン支局長)

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米議会の安倍演説が進めた日米間の和解プロセス
宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」

 広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に刻まれている有名な言葉だが、なぜか、ここには主語がない。誰の「過ち」を誰が「繰返さない」のかを書かない理由は何か、自分なりに考えてみた。

日米間に存在する原爆に対する認識の差

 誤解を恐れずに申し上げる。当時の判断はともかく、結果的に日本は勝つ見込みのない戦争を始めるという過ちを犯した。一方、振り返ってみれば、米国も多くの非戦闘員を殺傷する非人道的な兵器を使うという過ちを犯したのである。だからこそ慰霊碑に主語がないのではないか。原子爆弾が開発・投下された当時、それは「新型爆弾」と考えられた。米国より先に開発した国があれば、その国が最初に原爆を使用したかもしれない。原爆が「非人道的兵器」だと一般に認識されたのは戦後のことである。

 一方、「戦争を早期終戦に導いたのは原爆」という主張も後知恵に聞こえる。日本が判断ミスを続ければ原爆投下後も戦争は続いたかもしれない。

 日本国内では、オバマ大統領から謝罪の言葉があるか否かが争点となるかもしれない。しかし、原爆に関する日米の認識差はかくも複雑であるため、日本側が一方的に米国に謝罪を求めることに意味があるとは思わない。むしろ重要なことは日米間の和解プロセスが現在も進んでおり、今後もこれを進めていく必要があるということだ。

 私は昨年4月29日、安倍晋三首相が米議会の上下両院合同会議で演説したときから、オバマ大統領か否かは別として、米大統領が広島を訪れる日はそう遠くないだろうと考えていた。同演説で安倍首相は、米国のローレンス・スノーデン海兵隊中将と栗林忠道大将・硫黄島守備隊司令官の孫である新藤義孝国会議員を紹介しつつ、「熾烈に戦い合った敵は、心の紐帯が結ぶ友になりました。スノーデン中将、和解の努力を尊く思います。ほんとうに、ありがとうございました」と演説し、両者は固い握手を交わした。

 戦争当事国の和解プロセスに終わりはない。同盟国とはいえ日米間には真珠湾攻撃、バターン死の行進、硫黄島、東京大空襲、広島・長崎への原爆投下など第二次世界大戦の「わだかまり」が残っていた。中でも硫黄島は日本の固有国土で行われた最初の戦闘、日本軍2万1149人、米国軍2万8686人の死傷者を出した激戦地である。

 安倍首相の米議会演説により、硫黄島の戦いに関する日米の和解は大きく前進した。これも1945年以来、日米両国が静かに進めてきた戦後の和解プロセスの一環であり、流れはオバマ大統領の広島来訪でさらに進展するだろう。一部には、米大統領の広島訪問で「核軍縮」が進むのではと期待する向きもあろうが、それとこれとは別の問題である。

日米同盟を強固にするため今後日本がすべきこと

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宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 1978年東京大学法学部卒業後、外務省入省。日米安全保障条約課長、在中国大使館公使などを歴任し、2005年退職。総理公邸連絡調整官などを経て、09年より現職。

 今や東アジア地域の安全保障環境は急変しつつある。「力による現状変更」も辞さない中国に、自由で法に基づく国際秩序をいかに理解させるか、いかに誤算や誤解に基づく不測の事態を回避するかが今問われている。こうした地域的努力の中核は確実に機能する日米同盟であり、それを担保するのが日米和解のさらなる進展なのだ。

 その意味でも、今後注目すべきは、こうした日米間の和解プロセスがいかに進むかである。リベラル派の大統領が広島を訪問することについて米国国内で退役軍人や保守派を中心に反発の声が上がるかもしれない。こうした「わだかまり」を乗り越えるには、将来、保守派米大統領の長崎訪問が必要となるかもしれない。

 一方、日本側にも行動は求められる。首相が真珠湾(パール・ハーバー)を訪れる日もそう遠くはないだろう。

 米国だけでなく、中国、韓国(朝鮮)との和解も重要だ。「抗日戦争勝利」が統治の正統性である中国共産党、日本の植民地支配が内政問題化している韓国との和解プロセスは容易ではないだろう。だからこそ、いま日本は米国との和解のプロセスをさらに一歩進め、日米同盟をより機能する、強固なものに保っておく必要がある。

 繰り返しになるが、戦争当事国の和解プロセスに決して終わりはない。過去の事実を当時の視点で議論することは大学の授業に任せよう。現在日本が日々戦っているのは歴史学ではなく、弱肉強食の国際政治だ。過去の戦争を常に現在のルールである普遍的価値の視点から確認し合うからこそ、不測の事態が起きても同盟は機能する。

「あるべき世界」の再確認 オバマ大統領の真意
中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部 教授)

 5月10日夜、オバマ大統領が広島を訪問することが正式に発表された。いまから7年前のプラハで「核なき世界」を提唱してから、日本国民が待ちわびていた訪問だともいえる。政権最終盤となり、現職大統領としての訪問ということになると、タイミングも限られていた。

 4月下旬、日本のメディアによって、G7伊勢志摩サミット出席のために来日する機会をとらえて訪問が「内定」したことが伝えられると、記憶の隅に押しやられていた期待が息を吹き返し、日本での期待が再び高まっていた。

 5月初旬、ワシントン訪問中の筆者が各方面に確認したところ、本格的に検討している様子で、まさに大統領とその周りの最終決定に委ねられているという状況だった。そして10日、サミット終了後に安倍晋三首相と広島を訪れることが決まった。

トランプ対クリントン 大統領選への影響を懸念

 米国には、積極論、消極論の双方がある。それは訪問そのものの是非というよりは、訪問することが引き起こすインパクトをめぐっての積極論と消極論だ。基本的には謝罪をめぐる議論を喚起してしまうこと、そしてそれが大統領選挙という「政治の季節」にからめ取られて、日米間に訪問本来の意図とは別に、妙なしこりが生じてしまうことへの懸念だ。

 米大統領選挙の構図が「トランプ対クリントン」で固まろうとしていることもその懸念を倍加させている。トランプ候補は、あらゆる手段を用いてクリントン候補を潰しにかかるだろう。大統領の訪問をめぐって謝罪論争が生じた時、クリントン候補も間違いなくそれにからめ取られる。それゆえ、訪問するなら、大統領選挙が終わった11月以降が望ましいとの声も聞かれる。また仮に今回訪問するとしても、演説はせず、献花のみにとどめるべきだとの意見もある。

 米国では、原爆投下に関する意見はいまだ大きく割れている。依然として、戦争を終結させるためにはやむを得なかったとする見方が優勢だ。しかし、そんな米国でも、長期的に見れば原爆投下に関する考え方が少しずつだが変わりつつある。特に若い世代の意識の変化は顕著だ。米調査機関ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、65歳以上の7割がその使用は正当化しうると見なしているのに対し、18歳から29歳では、その割合は5割を切る。

 さらに今回の訪問の話が本格化した背景には、4月11日、G7外相会議で広島を訪れた米国のケリー国務長官が、G7外相の一員として広島の原爆死没者慰霊碑に献花し、それが成功裡に終わったことが大きく影響している。オバマ政権は、ケリー長官訪問のインパクトを注意深く見守っていたようだ。ニューヨークタイムズやワシントンポストなどの米主要紙も、長官訪問を受けて、大統領訪問支持を表明している。

 ケリー長官自身は、心を大きく揺さぶられたことを率直にメディアに語り、大統領へも訪問を進言したと伝えられている。長官は会見で、「誰もが広島を訪れるべきだ。誰もというのは文字通り、『誰も』がということだ。だから、私はいつか、米大統領がその『誰も』の1人としてここに来られるようになることを希求している」と躊躇なく述べている。

 ケリー長官以前には、1984年にカーター前大統領が、そして2008年にはペローシ下院議員が現職下院議長として訪問している。00年代、ブッシュ政権下で、駐日大使が広島を訪問し、10年以降は、大使が広島と長崎の平和祈念式典に出席することが珍しくなくなっている。

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中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部 教授)。1967年生まれ。青山学院大学大学院国際政治経済学研究科博士課程修了。ワシントンポスト極東総局記者、日本政府国連代表部を経て、日本国際問題研究所に入所。2014年から現職。専門は米国政治・外交。

 こうした流れの中で、政権最終盤に訪問が本格的に検討されるであろうことは、しばらく前から関係者の間では囁かれてきた。しかし、これは突き詰めていくと、大統領自身の個人的なアジェンダでもある。米国の最高司令官として、この象徴的訪問を何が何でも実現させなければならないかというと、そうではないだろう。米国の死活的国益がかかっているわけではないし、この訪問がなければ、日米関係が持たないということではない。波風を立てないことを優先するならば、退任後というオプションもあるだろう。

 しかし、広島訪問は、オバマ大統領自身が政権発足直後に世界に対して高らかに示した「核なき世界」と不可分の関係にある。政権も終わりを迎えようとしている時、まさに弧を描くかのように、政権発足時に掲げた「あるべき世界」への道程を再確認する場所として広島は不可欠である。

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