- 2016年05月28日 11:37
トランプ台頭に思う日系移民の辛い過去 - 田村明子 (ジャーナリスト)
吉田イサヨさんは、まだ20歳にもならぬうちに日本を後にした。
彼女のパスポートは、自由の女神が立つリバティ島のお隣の島、エリス島にある移民博物館に展示されている。
このエリス島は、1892年から62年間に渡ってアメリカ合衆国移民局が置かれていた場所で、この島を通って1200万人がアメリカに移住をしてきたそうだ。
世界中からアメリカにやってきた移民たちの古いパスポートが壁一面に並ぶ中、日本人のパスポートはイサヨさんを含めて3人分あった。明治に発行されたものが1枚、イサヨさんのを含めて大正発行が2枚。
パスポートといっても写真がついているわけではなく、墨筆に朱印が押された手形のような紙切れである。広島県佐伯郡に戸籍があったイサヨさんは、このパスポートが発行された当時18歳と6カ月で、渡米目的は夫の呼び寄せにより、とある。
当時の年齢は数えだから、本人はおそらく実際にはまだ17歳半だっただろう。夫というのは、当時よく行われていた写真結婚の相手だったのだろうか。
今ならまだ高校生の年齢で、移民の花嫁としてはるばるアメリカに来てどのような一生を送ったのだろう。
吉田イサヨさんのパスポート(著者撮影)
「排日移民法」で入国は困難だったはずだが……
帰宅してから博物館のサーチエンジンを使ってみると、彼女が上陸したのは1925年となっていた。
ところがその1年前の1924年1月、米国政府はJohnson Reed Act、通称悪名高き「排日移民法」を設置している。後の太平洋戦争開戦の遠因になったという説もあるこの法律により、日本からの移民の入国は極端に制限されるようになった。
それではイサヨさんは、どうして1925年に入国できたのか。
不思議に思って博物館に問い合わせると、色々な興味深いことがわかった。
まずどういうわけなのか、サーチエンジンで出てきた彼女の到着年、1925年は間違っていた。
博物館の担当者が調べてくれたところによると、彼女は1917年12月22日に日本を出発し、1918年1月15日にサンフランシスコに上陸。パスポートは、遺族によって1988年にこの移民博物館に寄付をされたのだという。
日本からどのようなルートをたどってエリス島に上陸したのか不思議だったが、これも謎がとけた。この移民博物館で扱っている資料は、エリス島から入国した移民のものだけではなかったのである。
画像を見る博物館には他の日系移民の写真も展示されている(著者撮影)
“黄禍”と呼ばれた日本人
私が子供のころは、海外に行くのはごく一部の、恵まれたお金持ちの人だけだと思っていた。だから19世紀末から、日本人が移民としてアメリカに大勢渡っていたと知ったときは、驚きだった。
低賃金でも文句を言わずによく働いた日系移民は、そのうちアングロサクソン社会に脅威をもたらすようになり、Yellow Peril(黄禍)と呼ばれる反アジア移民、後にはもっと日系にターゲットをしぼった反日運動に面することになった。
イサヨさんがサンフランシスコに来る5年前の1913年には、California Alien Land Law of 1913、俗に排日土地法とも呼ばれる法の成立によって、米国市民権獲得の資格がない日系人は、土地が購入できないという法が設置されている。
おそらくその頃に撮影されたものだろう。サンフランシスコの一般民家の軒先に、「Japs keep on moving. This is a white man’s neighborhood.」(ジャップは立ち止まるな。ここは白人の住居地である)と巨大なバナーが掲げられ、女性がそれを指差している写真も、博物館には展示してあった。
私は1980年からニューヨークで36年暮らしてきたけれど、少なくとも面と向かってジャップと呼ばれたことはまだ一度もない。日本人だからといってあからさまな差別を受けることはほとんどないと言って良いと思う。
だがイサヨさんが移民してきた当時は、アジア系に対する差別は公然とあった。当時の日系移民たちは、どれほどの思いを耐え偲んできたのだろう。もうあのような野蛮な時代が来ることは、二度とないだろう。
と思っていたのだけれど、このところ雲行きが怪しくなりつつある。
ニューヨーカースピリットと対極のトランプ
画像を見るニューヨーカースピリットと対極の主張で快進撃を続けるトランプ氏(左端:著者撮影)
あのドナルド・トランプが、共和党の大統領候補の指名を受けることほぼ確定、というではないか。
本人は生まれも育ちもニューヨークなのに、主張することはことごとく、リベラルなニューヨーカースピリットと対極にあるトランプ。
ニューヨークの予備選では共和党で圧勝したが、私の周辺ではトランプを支持する声は聞いたことがない。ニューヨークタイムズをはじめとする大手メディアにも、トランプを批判、揶揄する記事は山ほど出ているが、擁護する意見はまったくといって目にしない。
一体、彼の支持者はどこにいるのだろうか。
そう不思議に思っていたら、先日一人出会った。
彼はフィギュアスケート界の大物、ディック・バットンである。1948年と1952年の二度の五輪で金メダルを獲得し、長年米国テレビでコメンテーターとしても活躍してきた。86歳になった現在、パークアベニューにある豪華なコンドミニアムで悠々自適の隠居生活を送っている。
本人は競技引退後、ハーバード大学院ロースクール卒業。絵に描いたような共和党であるバットンは、自宅での単独インタビューに応じて私にこう語った。
「認めようが認めまいが、アメリカ合衆国の政府を運営していくのは、ビジネスの一種。この国最大のビジネスなのです。そして株主は国民たち。ドナルド・トランプならビジネスマンとして、手際よくこなしていくでしょう」
画像を見るこのような野蛮な時代が二度と来ないことを願う(著者撮影)
トランプの支持者は一般的に、社会に不満を抱いた低収入、低学歴の白人と言われてきたが、こうしたバットン氏のような階層にも支持者がいるということは驚きだった。
実は、ニューヨークのスケート関係者はトランプにちょっとした借りがある。
80年代にセントラルパークにある屋外リンク、ウォールマンリンクの改装を成功させた立役者がトランプだったからだ。
アメリカの移民問題が孕む矛盾
ニューヨーク市が6年と1200万ドルの予算をかけてもうまくいかずに醜態をさらした改装工事を、トランプは請け負ってからわずか数カ月で完成させた。それ以来、一部のニューヨーカーの間で、トランプは「エゴの塊ではあるが、やるときはやる」という評価もあるのだろう。
とはいうもののことが米国大統領となると、その責任の重さは冗談ごとではすまされない。何よりバットンが口にした、「株主であるアメリカ国民」の中に、我々マイノリティは含まれていないことは確実である。
アメリカ人の友人が、ある日ポスターをFBに書き込んだ。こちらを睨んだネイティブアメリカンの顔写真にこんなコピーがついている。
So you’re against immigration? Splendid! When do you leave?
(移民に反対? そりゃ素晴らしい。で、いつお発ちかね?)
本来正当なアメリカ人といえるのは、彼らネイティブアメリカンのみである。バットン氏もトランプ自身も、元を正せば移民の子孫に間違いない。アメリカの移民問題を考えると、いつも芥川龍之介の「くもの糸」を思い出す。
それにしてもこの大統領選、一体どういう顛末になるのか。ニューヨーカーたちは息を呑んで見守っている。
- WEDGE Infinity
- 月刊誌「Wedge」のウェブ版



