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- 2016年05月27日 10:20
「面白さに頼らない」ブログ運営の技術、侮りがたし
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mubou.seesaa.net
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リンク先の記事、個人的なブログを愛好している私には痛快でした。
そのことを踏まえたうえで、ディベートごっこといいますか、あえてしんざきさんや私自身に対する反論めいた文章を書いたらどうなるかな? と思い立ったので、量産型はてなブログと、その方法論を編み出した人達を擁護するような視点をぶつけてみます。
ブログとブロガーにとって肝心なのはブロガー自身の面白さ、という感覚に私は賛同します。と同時に、「だけど、文芸技術にも経験にも恵まれず、着想貧しく、独創性も欠いた面白くない奴が書いた日記ってぜんぜん面白くないよね」というのも事実です。
b.hatena.ne.jpこの、NOV1975さんの指摘は、箸が転がっても面白いブロガーには当てはまらない反面、ものすごい面白イベントに遭遇してもつまらない文章しか吐きだせないブロガーにはゾッとするほど当てはまります。
余談ですが、何を書いても凡庸をきわめる人って、面白イベントが目の前にあっても、面白いことをインプットできていないようにみえます。なにを経験しても面白さを意識できないというか、集客規模だの、有名人が来た来ないだの、自分自身が褒められたかどうかだの、そういう、面白さとは別の表徴にとらわれて一喜一憂していたりします。あれじゃ面白いものをアウトプットできるわけがない。だって面白い経験を掬い上げ、インプットできていないんですもの。
とにかく、「その人にしか書けないこと」を書いて「しかも面白い」って、難しい人には難しいのでしょう。控え目に言っても、全員が一定レベルの「日記」「ご意見開陳」「論評」のたぐいを書けるわけではありません。
一方、“はてなブックマーク互助会”“面白さを無視したコピペ記事大量生産”といった方法は、努力さえすれば、誰でも実現可能です。どんなにつまらない人間でも、面白いかどうかはともかく一定のPVや読者数を稼げるという意味では、こちらのほうが優れているのではないでしょうか。
そういえば、科学的手法に基づいた技術 technique ってやつは、「材料や方法が同じなら、どんな人でも再現可能」なものですよね。個人の才能とは無関係に、どんな人でも同じ成果が得られるのが技術です。
対して、才能の多寡に左右されやすく、全人口のかなりの部分が真似できない諸々は、技術とは言えません。もちろん科学でもありません。それは技法 art と呼ぶべき何かです。
“技術か技法か”で言えば、個人ブログの「面白さ」は技法の領域に属しています。
このことを踏まえると、昨今物議を醸しているブログ運営のための諸々は、技術としてはまずまず優れているんですよね。何を書いても面白くない・何を経験しても凡庸以下の人間でも等しくPVが集められる技術にニーズがあるのであって、箸が転がっても面白くて仕方がない人間でなければ実行不可能な技法なんてお呼びではないのです。
はてなブログには沢山の新人ブロガーが参入し、そのなかには、面白い記事が量産できるわけではないけれどもPVが喉から手が出るほど欲しい人も混じっていました。そういう、従来ならブログ世界で救われないはずのつまらない人達に救いの手を差し伸べたのが、誰にでも再現可能なブログ技術と、その技術を提供する人達でした。なるほど、提供者達が崇拝されるのもわかるような気がします。
こう書くと、「なにが技術だ!なにが科学だ!インターネットにスパム同然の記事をまき散らしておいて!それに、いつかはgoogleに眼をつけられて再現できなくなるぞ!」と反論する人もいるでしょう。
こうしたブログ運営術はインターネットの海を汚染するし、じきに再現できなくなりそうです。それは認めます。でも、それは既存の科学や技術にもしばしばみられることじゃないですか?
ある技術は、豊かな大地を塩害に苦しむ痩せた土地とし、文明をしばらく繁栄させた末に滅ぼしました。
またある技術は、豊かな海に有害物質を垂れ流し、海の恵みに頼って生きていた人達に恐ろしい病気をもたらしました。
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
- オタク精神科医がメディアや社会についての分析を語る



