- 2016年05月26日 09:00
世界のトップリーダーはなぜ、「睡眠」を大事にするのか?
ビル・ゲイツやサンドバーグも睡眠を重視
仕事のパフォーマンスを高めるには、眠りを充実させる。ビジネス界においては、もはや常識の話だ。
「『アマゾン』の創始者、ジェフ・ベゾス、『フェイスブック』のCOO、シェリル・サンドバーグ、『マイクロソフト』の元CEO、ビル・ゲイツ……。成功を収めた人たちは揃って、睡眠の大切さを語っています。若い頃は睡眠時間を削って仕事をすることもあっていい。ただ、年齢を重ねたら、やはり睡眠の取り方が仕事のパフォーマンスを左右することになります」
こう話すのはスタンフォード大学医学部睡眠・生体リズム研究所客員講師で、精神科医の西多昌規さん。西多さん自身、多忙な中でも7時間前後の睡眠を確保しているそうだ。
「ただ、大切なのは長さよりも質。睡眠時間は7~8時間が理想と唱える説もありますが、長さは個人差がある。5時間でも十分という人がいれば、10時間は寝たい人もいてまちまちです。逆に、長く寝たのにぼーっとして気だるい、日中あくびが絶えないといったことがあれば、眠りが浅い証拠。睡眠の質を高める必要があるでしょう」
その方法は後述するとして、そもそもなぜ、眠りは仕事のパフォーマンスに影響するのだろうか。
西多さんによれば、睡眠は脳の海馬や前頭葉と深い結びつきがあるという。
「睡眠が足りないと血流が悪くなり、脳の栄養となるブドウ糖の代謝も落ちます。それにより、記憶を司る海馬や判断に関わる前頭葉の働きが低下してしまう。慢性的な睡眠不足の場合はもちろん、一晩寝なかっただけでも海馬や前頭葉に悪影響が出ることがわかっています」
記憶力と判断力は、どちらも仕事には欠かせない力。これらが欠けると、アポイントの時間を間違えるなど、うっかりミスが起こりやすくなる。睡眠を十分に取ればそうしたミスを防げて、頭も冴えるというわけだ。
それだけではない。寝不足で前頭葉の働きが鈍れば、脳のワーキングメモリーまでダメージを受けることもわかっている。ご承知の通り、ワーキングメモリーはマルチタスクに欠かせない機能だ。プレゼンの資料を作りながら取引先に連絡を入れるなど、いくつもの業務を段取りよくこなすためにも欠かせないのが睡眠なのである。
「記憶については、一時的な短期記憶を長期記憶に移し替える処理が睡眠中に行われるとも言われています。たとえば、英会話を勉強中の人なら英単語を夜に覚えてよく寝たほうが、身につきやすいといえますね」
ちなみに、楽器やスポーツのように体で覚える運動記憶も、やはり睡眠を取ることで働きが維持できる。アスリートがことさら睡眠にこだわるのは、酷使した体を休める以上の意味があるのかもしれない。
仕事で斬新なアイデアが欲しいときも、徹夜で頭をひねるより睡眠を取るほうが有効だと西多さんは言う。
「数学的なひらめきが必要なパズルを被験者に解かせる実験では、朝に問題を見せて考えたグループや夜に問題を見せて徹夜で考えたグループより、夜に問題を見せて睡眠を取ったグループが最も優秀な成績を出したと報告されています。また、日中の1~2分の仮眠によって、ひらめくこともある。浅い睡眠では潜在意識が自由に働くからではないか、と考えられています」
ひらめきを得るには情報のインプットなどの努力も不可欠だが、どうしてもアイデアが浮かばないなら寝てしまうという選択は“あり”なのだ。
ミスをした日は、ヤケ酒よりも早めの就寝
さらに言えば、不快な記憶をリセットできるのも、やはり睡眠の効果だ。
「ネガティブな感情は、レム睡眠中に脳内で処理されることが研究で明らかになっています。理不尽なことで上司に怒られたり、凡ミスをおかしてしまったりしたときには、お酒を飲むよりも寝るに限る。翌朝には気分が晴れて、『よし、頑張ろう』という前向きな気持ちになれます」
反対に、睡眠不足の状態では、嫌な記憶が残ったまま。そればかりか、ちょっとしたことにイライラして、攻撃的になりやすいと西多さんは指摘する。
「MRIを用いた実験結果で、睡眠不足の状態では怒りや恐怖の発生源である脳の扁桃体が活性化することがわかっています。すると、ストレスホルモンのノルアドレナリンが働きすぎて恐怖を感じたり、凶暴化したりする。一方で、先にも述べたように、寝不足になると前頭葉の働きは低下します。前頭葉の前頭前野は自制力を生み出す部分。つまり、ノルアドレナリンの暴走が止められなくなってしまうのです」
リンク先を見る寝不足は海馬や前頭葉に悪影響を及ぼす 睡眠が足りないと血流が悪くなり、脳の栄養となるブドウ糖の代謝が落ちる。それにより、脳の中の海馬や前頭葉といった部位の働きが低下し、結果として仕事のパフォーマンスが下がってしまうという。慢性的な睡眠不足はわかるが、なんと一晩でも悪影響が!
なぜ、扁桃体が活性化するのかは解明されていないが、
「睡眠は生命を維持するために不可欠な生理現象。それが十分に取れないと脳は危機を感じ、生き残りをかけて凶暴化するのかもしれません」
と西多さんは推測する。
いずれにしろ、ささいなことでイライラしていては仕事が手につかず、パフォーマンスが落ちるのは自明の理だ。何気ない相手の言葉に激怒するなど、職場の人間関係まで悪くしかねない。「あんなことで怒るなんて」と周りの目も冷ややかになり、自分の評価を落とすことにもなるだろう。
こうした仕事のパフォーマンス以外にも、睡眠の重要性が叫ばれているものは多い。その1つがダイエットだ。
起きている時間が長ければ、その分、やせそうなものだが、結果は真逆。
「寝不足の状態では、食欲増進ホルモン『グレリン』が増加する一方で、『レプチン』というカロリー消費を促すホルモンが減少してしまう。むしろ体は太りやすい状態になっているのです。しかも、睡眠が足りないとハンバーガーやドーナツといった高カロリーのジャンクフードを欲することが脳科学の研究から実証されています」
ともあれ、ダイエット中はしっかり睡眠を取るべしといっても、食べては寝てという生活ではむしろ太ってしまうのはいうまでもないところだ。
加えて、昨今、注目されているのが睡眠による美肌効果だ。とりわけ、夜10時から深夜2時は「お肌のゴールデンタイム」。この時間帯に睡眠を取るのが美容によいといわれている。
しかし、「10時を回ったらそそくさと布団に入るような必要はない」と西多さんは指摘する。
「ゴールデンタイムといえるのは、寝ついてから3時間。つまり、何時に寝てもゴールデンタイムはやってきます。美容によいとされる根拠は、成長ホルモンの分泌がピークに達するため。子供の成長に欠かせないこのホルモンは、傷を治すといった役割を果たす一方で、皮膚の新陳代謝を促進させる。古い皮膚細胞を新しい皮膚細胞に移り変わらせるから、瑞々しい肌が保てるというわけです」
寝不足になると肌がカサつくのは、新陳代謝が落ちている証拠。しっかり寝れば、美しさが蘇るはずだ。
睡眠不足を引き起こす要因は大きく3つ
では、良質の睡眠を十分取るにはどうしたらいいのか。その第一歩は、自分の睡眠を見直してみることだ。たとえば、布団に入ってもなかなか寝つけない、寝てもすぐに目が覚めてしまう、熟睡できないといったことで寝不足になっているのなら、その原因を考えてみるといいだろう。
「睡眠不足を引き起こす3大要因は、ストレス、運動不足、飲酒と言われています。もし、仕事や家庭になにかしらストレスがあると、寝つきが悪くなり、眠りも浅くなりがちです。ストレスに関連する夢を見ることも多いですね。また、運動をして体を適度に疲れさせることもよい睡眠には不可欠。運動を継続することで睡眠も安定します。飲酒については、お酒を飲んだ後は飲んでない場合に比べて睡眠が浅くなることが医学上証明されている。私自身の経験からいっても、飲んだ日と飲まなかった日では、次の日の仕事の捗り方がまるで違う。それもあって、最近は週末だけ飲むようにしています」
当然のことながら、寝る前の夜食も睡眠不足の引き金になる。寝ている間も食べたものを消化するために内臓は活動しなければならず、眠りが浅くなってしまう。酔っ払った勢いで締めにラーメンを食べるのは、睡眠にとってはまさしく暴挙だ。
これらの要因が見当たらないのに熟睡感が薄ければ、寝ている間に呼吸が止まる睡眠時無呼吸症候群を疑ってみるべきだろう。
「睡眠時無呼吸症候群の原因とされているのは肥満。首の回りに脂肪がついて、呼吸のための気道がふさがれてしまうのです。息苦しさで眠りが浅くなり、目が覚めることもある。特に中高年の男性は睡眠時無呼吸症候群になりやすいので注意してほしい」
睡眠の見直しには、腕時計型のウエアラブル端末を活用するのも一策だ。米国のフィットビットのほか、オムロン、東芝など日本のメーカーからも睡眠を計測できる機器が販売されている。ハイスペックなタイプは、睡眠の深さまで測ることが可能だ。
朝日を浴びて、メラトニンを生成させる
良質の眠りを得るための具体策として、まず意識したいのは朝日を浴びることだと西多さんはいう。
「朝の光を浴びておくと、夜になって入眠を促すメラトニンの生成が増えて、寝つきやすくなります。時間は最低でも30分。朝、ランニングをする習慣があれば、運動もできて一石二鳥です」
室内の場合、窓から離れると光の量が減少する。窓際で新聞を読むなど、意識して浴びたいところだ。
もちろん、通勤の途中でも朝日を浴びる機会はあるが、問題は駅直結型のマンション。オフィスも駅直結だとすると、朝日を浴びるチャンスがなく睡眠にはマイナス要因だ。
「朝が難しければ、昼休みはオフィスにこもらず、公園など屋外でお弁当を食べたり、コーヒーを飲んだりするといいでしょう。午後2時ぐらいまでの光なら、メラトニンの生成を促す効果はあるといわれています」
朝とは反対に、寝る前に蛍光灯のような強い光を浴びるのは禁物だ。脳が覚醒して寝つきが悪くなりやすい。同じ理由から、スマホやパソコンも就寝前に見るのは避けたほうがいいそうだ。
さらに、寝るスペースの環境を整えることも良質の睡眠には不可欠だ。
「アメリカに来てベッドのマットレスが変わったら、たちどころに眠りが浅くなりました。枕も布団も同様で、自分に合うものを選べば眠りの質は確実に向上します。これからの季節、暑くて寝苦しい夜が増えますが、これはもうエアコンで対処するしかない。最近のエアコンは体に優しくて、電気代が抑えられるタイプが登場していますから、買い替えてもいいでしょう」
寝具にしてもエアコンにしても、良質の睡眠にはそれなりの投資が必要というわけだが、
「飽きて使わなくなるような健康器具を買うよりも、よっぽど堅実で収益性の高い投資だと思いますね」
精神科医・医学博士 西多昌規(にしだ・まさき)
スタンフォード大学医学部睡眠・生体リズム研究所客員講師。1970年、石川県生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、国立精神・神経医療研究センター病院、ハーバード大学医学部研究員を経て現職。『職場にいる不機嫌な人たち』など著書多数。
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