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「紛争」と「鉱物資源」と「性暴力」 - 白戸圭一

 アフリカ大陸中部に位置するコンゴ民主共和国の東部を舞台にした、1本のドキュメンタリー映画を紹介させてほしい。ベルギー人監督のティエリ・ミシェル(Thierry Michel)氏(63歳)が制作した2015年の作品で、原題はフランス語で「L'HOMME QUI REPARE LES FEMMES」という。直訳すると「女を修理する男」。筆者が知る限り、日本では一般の映画館での公開予定はなく、6月3日に立教大学の学内で上映される。筆者はコンゴ東部の情勢について上映当日に観客向けに解説するよう主催者から依頼を受け、先日鑑賞した。

20年に及ぶコンゴの紛争状態

 1時間52分の本作は、紛争が続くコンゴ東部で性暴力被害者の治療に取り組む1人のコンゴ人産婦人科医の活動を追い、遠いアフリカの紛争地に蔓延する凄惨な性暴力が、先進社会に住む我々の日常とどのように繋がっているかを考えさせる。
 
 主人公の医師はデニ・ムクウェゲ(Denis Mukwege)氏。コンゴ生まれの61歳。フランスの大学で医学を学び、コンゴ東部の南キブ州ブカブに病院を設立し、コンゴ軍兵士や武装勢力の戦闘員にレイプされた女性の治療と心のケアを続けている。これまで治療に当たった被害女性は4万人を超える。

 コンゴは1996年のモブツ独裁政権の崩壊を機に大規模な内戦に突入し、300万人が死亡したと言われている。2002年に和平合意が結ばれ、全土が戦場と化す状況は脱したが、ルワンダ、ウガンダ、ブルンジとの国境に近い東部地方の戦火は終息せず、この地域では武装勢力が乱立し、民間人の虐殺、集団強姦、略奪などの残虐行為が繰り広げられるようになった。2000年以降、世界最大規模の国連平和維持活動が展開されているが、治安秩序の全面崩壊という状況が今日まで続いている。

 ムクウェゲ氏は産婦人科医として被害女性の治療を続ける一方、紛争の実態を国際社会に広く訴えることが重要と考え、これまでに様々な場で発言してきた。国連で何度も演説し、大規模な強姦被害の実態を告発するとともに、コンゴ政府がその防止に向けて十分な措置を執っていないと批判してきた。2012年9月に演説しようとした際には直前にコンゴ政府関係者から演説をやめるよう説得され、その直後、コンゴの同氏の自宅は武装集団に襲撃され、警備員の男性が射殺された。 

 命の危険を感じた同氏は家族とともに欧州に移った。しかし、彼がコンゴでレイプ被害者の治療を続けることを望むコンゴ東部の女性たちは、農産物販売で得たなけなしの収益を積み立て、ムクウェゲ氏の帰国用のフライトチケットを用意した。人々の熱意に打たれたムクウェゲ氏は帰国を決意し、2013年1月、コンゴ東部のブカブに戻った。国連平和維持軍が24時間体制で身辺警護に当たる中、ムクウェゲ氏は被害女性の診療を再開する。本作では、カメラがムクウェゲ氏に密着し、活動の一部始終を映し出す。レイプで瀕死の重傷を負った少女の手術シーンは、そのあまりの悲惨さに目をそむけたくなるほどだ。

「紛争鉱物」とは?

 ムクウェゲ氏はこれまでに国連人権賞、フランスのレジオン・ドヌール勲章、米国のヒラリー・クリントン賞、欧州議会のサハロフ賞など、人権を守るために戦う人々を称える数々の国際的な賞を受賞してきた。ムクウェゲ氏は授賞式に招待されるたびに、米国議会や欧州連合議会で演説し、紛争の凄惨な実態を告発し、被害者への支援を訴えてきた。本作では、そうした演説の様子も映し出される。米国大統領選に立候補しているヒラリー・クリントン氏も、ムクウェゲ氏の活動を支援する1人として登場する。
 
 なぜ、コンゴ東部では悲惨な紛争が続くのか。その理由は複雑で、限られた紙幅では説明が困難だが、1つ明らかなことは、コンゴ東部が鉱物資源の宝庫であり、鉱物資源が生み出すカネが武装勢力の活動を支えていることだ。コンゴの紛争を生み出し、武装勢力の事実上の資金源になっている鉱物を「紛争鉱物」と呼ぶ。本作品中では、この紛争鉱物の問題が取り上げられ、先進社会に暮らす我々が、鉱物資源を通じて知らぬ間にコンゴ東部紛争を経済的に支えている図式が描かれている。
 
「紛争鉱物」の問題に馴染みのない読者は、どこかの国の一部の非倫理的な企業がコンゴ東部の武装勢力と結託し、国際市場に鉱物を流通させ、そこで得た代金の一部を武装勢力と山分けしているような印象を抱くかもしれない。しかし、問題は、より複雑だ。米国会計検査院(USGAO)が2015年8月18日に公表した調査報告書は、紛争鉱物を市場から排除することがいかに困難であるかを示している。

米議会が「排除」に乗り出したが……

 紛争鉱物とは、正確にはコンゴで採掘され、周辺9カ国経由で流通するタンタル、タングステン、錫、金の4金属を指す。このうちタンタルは、携帯電話やゲーム機のコンデンサー(蓄電器)に使われており、今や我々の生活に欠かせない資源となっている。

 コンゴ東部で1990年代後半から、複数の武装勢力が治安の空白を利用し、4金属を資金源にしている疑惑が指摘されてきた。国連安保理の調査パネルは2011年12月、中国企業2社による武装勢力からのタンタル購入を突き止めたが、これは氷山の一角とみられている。

 そこで、紛争鉱物の問題に熱心な米国の議員たちが中心になり、2010年7月に米議会で成立した「ウォール街改革及び消費者保護に関する法律(通称ドッド・フランク法)」の1502条に、紛争鉱物対策に関する規制を盛り込んだ。米証券取引委員会に登録している企業(米株式市場の上場企業)に対し、自社が製造にかかわる製品にコンゴ産紛争鉱物が使われているか否かを調査し、結果を開示するよう義務付けたのである。

 同条項に罰則規定はないが、自社製品に紛争鉱物が使われていたことが判明すれば企業イメージが悪化するため、紛争鉱物を市場から排除する効果が期待された。USGAOの報告書は、1502条で定められた規制が狙い通りに機能したかを検証した結果だった。
 
 報告書によると、同法で調査義務を負わされた企業は、2014年時点で1321社(そのうち87%は米国企業)あり、「自社製品に紛争鉱物が含まれていない」と報告した企業は24%にとどまった。反対に「自社製品に紛争鉱物が含まれていた」と正直に報告した企業は4%しかなかった。さらに「使用したリサイクル品に紛争鉱物が含まれていた」と回答した企業が2%あった。つまり、これら3つの回答を全部合わせても、何らかの結論を得た企業は30%にとどまったのである。

 一方、「製品に含まれている鉱物の原産国すら特定できなかった」と回答した企業は67%に達し、結論を保留した企業も3%あった。要するに、7割の企業は、自社製品に紛争鉱物が含まれているかどうか、突き止めることができなかったのである。

複雑なサプライチェーン

 なぜ、このような結果になったのか。実は同法が企業に求めた調査については、当初から「非現実的」との指摘があった。
 
 企業が調査の義務を果たそうと思えば、自社製品の部品のサプライチェーンを川上に向けて遡る必要がある。だが、サプライチェーンのグローバル化が進んだ今日、現実には次のようなことが起こった。
 
 例えば、最終完成品を販売しているA社が、製品に使われているコンデンサーにタンタルが使われていると考え、コンデンサーを納入した上流企業B社に材料の納入元に関する情報提供を求めたとする。
 しかし、B社もまた、組み立てに使う無数の部品をC社とD社とE社から購入しており、それらの会社に情報提供を求めなければ、A社に回答できない。そこでC、D、Eの3社に情報提供を求めたところ、3社から次のような回答が返って来た。「我々も、F社とG社とH社に情報提供を求めなければ、正確な回答はできない」。こうして情報提供依頼が地球を1周、2周、3周し、真相は闇の中に消えていったのである。
 
 何よりも、大きな問題は、企業が正規の手続きをコンゴ政府との間で交わして鉱物を輸入した場合ですら、「当社の製品に紛争鉱物は含まれていません」と自信を持っては言い切れないことだ。1960年の独立後、独裁政治と紛争しか経験していないコンゴでは、政府高官の汚職が「当たり前」と言われている。国庫のカネが権力者によって私物化されている状況では、正規の手続きによってコンゴ政府に支払われた鉱物の代金が、水面下で武装勢力の手に渡っても何ら不思議ではない。つまり、ある企業が自社製品に使われている鉱物の原産国をコンゴと特定できたとしても、その鉱物が武装勢力の資金源になっていないことを突き止め、完全なる「潔白」を証明するのは、現実には不可能に近い。
 こうして武装勢力にカネが流れ、紛争は続き、名もなき民の犠牲は続く。そんな、やり切れない現実に敢然と立ち向かうムクウェゲ氏と、その支持者たちの姿を、本作品は淡々と伝えている。

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 6月3日(金曜)の上映は東京・池袋の立教大学8号館8101教室で、18時20分~21時の予定で行われる。上映主催者の立教大学ジェンダーフォーラムの米川正子特任准教授によると、既に全国の複数の大学関係者から「上映したい」との要望が寄せられており、東京以外でも今後、上映される可能性がある。
 
 米国では前国務長官の大統領候補がムクウェゲ氏を支援し、米議会が同氏の公聴会を開き、欧州議会は同氏の活動支援を約束している。だが、残念なことに、本作を観ると、日本の姿はどこにもない。日本がグローバル国家を標榜したいのであれば、国会に何かを期待するつもりはないが、せめて全国に1つくらい、本作の上映を引き受ける映画館が出てきても良いのではないかという気もするのである。

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