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- 2016年05月24日 14:10
舛添さんはオッチョコチョイ〜田原総一朗インタビュー

BLOGOS編集部
■もしかしたら「首相」になっていたかも
実は、舛添要一さんをマスコミに出したのは僕だ。かつて京大教授で弁が立つ高坂正堯(こうさか・まさたか)さんという政治学者がいて、僕が司会をしていたテレビ朝日の「サンデープロジェクト」にも出演してもらっていた。高坂さんのような政治学者はいないかと探したところ、名前があがったのが東大の助教授だった舛添さんだ。会ってみると、高坂さんとは随分イメージが違ったが、印象は強かった。ものごとをはっきり言う、世論にあまり迎合しない、国際政治にも詳しい。ということで、舛添さんにテレビに出てもらうことになった。
舛添さんには、僕がいまも司会を務めている「朝まで生テレビ」にパネリストとして出てもらった。朝生での発言が非常に受けて、それから、あちこちのテレビ番組に出るようになった。
舛添さんはアカデミズムの世界からマスコミの世界で活躍するようになったわけだが、「彼はそのうち政治家になるな」と思っていた。舛添さんには「天下を取る」という考えがあった。これは、政治家の発想だ。だから、いずれ政治家になるだろうと思っていた。
そして自民党に入り、政治家になった。僕も、もし舛添さんがいまも自民党にいたら、安倍さんに代わって、総裁になっていた可能性もあったと思っている。つまり、もしかすると、総理大臣になっていたかもしれない。実際に、自民党幹部の何人かは舛添さんを総裁に推したいと思っていた。
ところが、彼はオッチョコチョイで、ささいなことで自民党を飛び出してしまった。自民党の何人か怒っていたが、僕もオッチョコチョイだなと思った。舛添さんは飛び出したはいいものの、展望がなかった。長期的な戦略をもっていなかった。
■オッチョコチョイな性格が災いした?
僕は「舛添さんの政治生命もこれで終わるかな」と思っていたが、幸運が訪れた。たまたま前任の東京都知事の猪瀬さんが辞任して、選挙で戦うチャンスが生まれた。そして当選したわけだが、非常にラッキーだった。これは余計なことだが、舛添さんというと、かつての妻で、大蔵省の官僚だった片山さつきさんとの結婚式を思い出す。そのとき、二人の東大の恩師にあたる政治学者の佐藤誠三郎さんがスピーチで話したことをよく覚えている。
"結婚して夫婦で住むというのは、凸(でこ)と凹(ぼこ)がいい。どちらが凸で、どちらが凹でもいいが、夫と妻が凸と凹だとうまくいく。ところが、舛添要一さんのところは両方とも凸で、凸凸(でこでこ)だ。これは難しい、と。自分の家も凸凸だが、インテリとインテリ、凸と凸の結婚は難しいんだーー。"
そう言って佐藤さんは笑わせたが、その言葉の通り、二人は離婚した。このあたりも、舛添さんのオッチョコチョイなところといえるかもしれない。
オッチョコチョイなところがある舛添さんだが、今回は、簡単に辞任しないのではないかと思う。



