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産経新聞【正論】>ハンセン病の歴史を記憶遺産に

人類とハンセン病の闘いに2つの新しい動きが出ている。第1は世界保健機関(WHO)が制圧の基準とする「人口1万人当たり患者1人未満」をすべての国が達成、人類の長いハンセン病との闘いがひとつの節目を迎える見通しとなった点だ。

第2は世界に12億人の信徒を持つカトリックの総本山・ローマ教皇庁が69
、バチカン市国で日本財団と共催する国際シンポジウム。カトリック以外の宗教関係者も出席し、ハンセン病患者・回復者に対する偏見・差別の撤廃を世界に訴える予定で、宗教・宗派の違いがさまざまな紛争を引き起こしている国際社会に与える影響も大きい。

≪すべての国が制圧基準達成へ≫
ハンセン病は1980年代に3つの薬を併用する治療法(MDT)が開発されたことで「治る病気」となった。しかし治癒後も「元患者」として引き続き深刻な偏見・差別にさらされ、他の病気では考えられない悲惨な歴史をたどってきた。

一方で新しい患者の発生がほとんど見られなくなった先進国ではハンセン病の記憶が希薄になりつつある。差別をなくすためにも「負の歴史」を後世に伝える必要があり、WHOのハンセン病制圧大使として、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産への登録を目指す決意でいる。

亡父・笹川良一は83年、当時の法王ヨハネ・パウロ2世の招待を受けバチカンを訪問、筆者も随行した。その際、法王が亡父を抱擁してハンセン病制圧への取り組みに感謝の言葉を述べたことに深く感銘したのを記憶している。

ハンセン病はMDTを半年から1年間、服用することで治癒する。画期的な治療法の確立で、当時、世界で毎年100万人もの患者が発生していたハンセン病の制圧は大きく前進。95年から5年間、日本財団が、その後はスイスに本拠を置く製薬会社が世界で無償配布を進め、これまでに1600万人が治癒し、85年当時に世界で122カ国を数えた未制圧国はブラジル1カ国となっている。

ブラジル保健省は既に基準達成を確認済みと伝えられ、リオデジャネイロ五輪後の今秋にも調査結果が公表されると期待する。ハンセン病は長い間、「呪われた病気」「遺伝病」として恐れられ、何よりも本人の苦痛が大きい。患者数の大幅減少はそれ自体が極めて大きな意味を持つ。

しかし現在もインド、ブラジル、インドネシアを中心に年間15万人を超す患者の発生が確認されており、国レベルで世界が基準を達成したとはいえ、依然、基準を上回る州や地域を抱える国もあり、引き続き医療面でのハンセン病との闘いが続く。

≪宗教の違い超えバチカンで訴え≫
一方の偏見・差別との闘いも途上にある。国連は2010年に「ハンセン病患者と回復者、その家族に対する差別撤廃決議」を総会で採択。各国政府が具体的に取り組むガイドラインも示され、その徹底に向けたフォローアップ作業が進められている。

ローマ教皇庁も毎年1月の「世界ハンセン病の日」に患者や回復者を励ますメッセージを出し、2009年には偏見・差別の撤廃に向け筆者が主催するグローバルアピールにも賛同署名している。

そんな経過もあり、今回は日本の一民間団体であるわれわれのシンポジウム共催の提案を快く受け入れていただいた。現法王フランシスコは13年の就任式で社会的弱者の救済と環境保護を提唱。式には正教会やユダヤ教、イスラム教などの指導者も参列した。

シンポジウムには、このほかヒンズー教や仏教の関係者も参加、宗教の違いを乗り越えて偏見・差別の撤廃を世界に呼び掛ける予定で、長年、ハンセン病と闘ってきた身としてありがたく、敬意を表したい。

≪世界平和を考える一助に≫
わが国では、ハンセン病患者の厳しい隔離政策を打ち出した「らい予防法」が1996年に廃止されるまで90年間、約2万7000人が社会から隔絶されて生きた。

日本財団が4月から管理運営を受託することになった国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)や、全国のハンセン病療養所に付随する歴史館には、文芸作品から絵画、写真、工芸、日記、自治会史など苦難の歴史を記した世界でもまれな資料が豊富に残されている。これら資料を記憶遺産に登録することで、ハンセン病の教訓を後世に伝える道も広がる。

現在、世界で348件、日本関係では平安中期に栄華を極めた藤原道長の、わが国最古とされる自筆日記など5件が記憶遺産に登録されている。各国の申請に基づき2年ごとにユネスコが審査・登録する仕組みになっており、全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)などと協力して対応を急ぎたいと考える。

歴史を見るまでもなく、偏見や差別は争いや紛争を誘発する温床となる。ハンセン病の歴史を冷静に見つめ直すことが、世界の平和を考える一助になると確信する。
(ささかわ ようへい)

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