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【読書感想】下り坂をそろそろと下る

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下り坂をそろそろと下る (講談社現代新書)


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下り坂をそろそろと下る (講談社現代新書)

内容紹介

成長社会に戻ることのないいま、私たちは、そろそろ価値観を転換しなければならないのではないか。あたらしい「この国のかたち」を模索し、私たち日本人のあり方を考察した、これからの日本論!/絶賛の声、続々! 内田樹氏:背筋のきりっと通った「弱国」への軟着陸を提案する“超リアリスト”平田オリザの「立国宣言」。/藻谷浩介氏:避けてきた本質論を突きつけられた。経済や人口に先立つのは、やはり「文化」なのだ。


 少子化による人口減、頭打ちになっている経済成長など、日本は、良く言えば「成熟期」、悪く言えば「下り坂の時代」になってきている、という言説が、どんどん増え続けています。

 僕は子どもの頃、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉をきいて、「この国に生まれて、たぶん得をしているのだな」と思っていましたし、バブルの時代には「とはいえ、僕がモテるわけじゃないんだけど」と思いつつ、世間の狂想を眺めていました。

 東京では、タクシーに乗ることができなくて、1万円札をヒラヒラさせて運転手さんにアピールしていた、なんて話を聞くと、「それはどこの国の話だろう」なんて思っていたんですけどね。


 そういう意味では、いまの「下り坂の日本」に対して、あんまり「残念な感じ」は持っていないのです。

 ただ、この新書で、平田オリザさんの話を読んでいると、経済的な苦境というのは、人の心から、余裕とか思いやりみたいなものを奪ってしまうのかな、という気もするんですよね。

 太平洋戦争直後の日本での混乱と助け合い、について考えると、結局のところ、人それぞれで、苦境というのは、人の性質を極端に映し出してしまうものなのかもしれませんが。


 この本、平田さんの「四国論」であり、「日本論」であり、「司馬遼太郎論」でもあるのです。

 まことに小さな国は、衰退期をむかえようとしている。

 その列島のなかの一つの島が四国であり、四国は、讃岐、阿波、土佐、伊予にわかれている。讃岐の首邑は高松。


 と、これは、読者諸氏がよくご存じの『坂の上の雲』の冒頭の、出来の悪い贋作である。実際の司馬遼太郎さんの小説は、「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」という印象的な一文で始まる。舞台はもちろん讃岐ではなく、正岡子規と秋山好古・真之兄弟を生んだ伊予、松山。ではなぜここで讃岐なのかという話は、のちのち書いていく。

 されこれから私は、明治近代の成立と、戦後復興・高度経済成長という二つの大きな坂を、二つながらに見事に登り切った私たち日本人が、では、その急坂を、どうやってそろりそろりと下っていけばいいのかを、旅の日記のように記しながら考えていければと思っている。

 「司馬史観」などともいわれ、毀誉褒貶が激しい司馬遼太郎さんの仕事なのですが、日本人に長年愛読され続けていることは間違いありません(僕もかなりの作品を読んでいます)。

 

 著者の平田さんは、文科省の「研究開発学校」に指定された香川県の小さな街の小学校で、小学校の全学年に1週間あたり約2時間の演劇を使った様々な教育プログラムを実施し、コミュニケーション能力を育てるという「キラリ科」の創設に関わり、そこで多くの気づきを得ておられます。

 

 子供たちがのびのびと育っているようにみえる、田舎の小学校。

 東京の人からみれば、「自然が多いし、塾だお受験だとあくせくしていなくて、うらやましい」ようにもみえていそうです。

 子どもたちも、「すれたところのない、素直ないい子たち」だと平田さんは仰っています。

 しかしながら、現実は厳しい。

 四国が大きな島であったときなら、それでよかったのだ。だが、この大きな島に、太い橋が三本もかかってしまった。

 四国経済に爆発的な変化をもたらすはずだった三本の本四連絡橋は、当初は多くの観光客を集め、物流を一変させた。しかしやがて典型的なストロー効果を起し、香川県は1995年以降20年近く、人口減少が続くこととなった。単なる転出だけではない。高松、坂出などから岡山の大学に通うような学生も多数いる。残念ながら、逆のケースは少ない。いや、実は少ないながらも例はあるのだが、それは医学部など特殊な学部学科に限られる。香川大や愛媛大の医学部が、本州から来る学生に多数を占められて県内からの進学者が減っているのだ。

 香川の子どもたちは、好むと好まざるとにかかわらず、他県との接触を強いられるようになった。香川県の教育関係者は口を揃えて言う。

「この子たちはいい子たちなんですけど、他県に行ってからコミュニケーションで苦労するんです」

 これは日本の縮図ではないか。日本という国家と民族が、もしも鎖国していけるなら、敢えて「(グローバル)コミュニケーション教育」なんてする必要はない。しかし、この狭い国土を鎖国して生きていけるのは3000万人が限度だという。何もしなくても、やがて6000万人くらいまでは人口が減るようだが、いきなり3000万人に減らすことは不可能だろう。

 では、この極東の島国が、国際社会の中でかろうじて生き延びて行くには、どのような能力が必要なのか。四国には、その先進事例があふれている。


 平田さんは、この小学校の「キラリ科」や四国学院大学の運営に関わった経験を中心に、「地方が、日本のなかで生き延びていくこと」そして、「日本が、世界のなかで生き残っていくこと」について考察しています。

 僕は四国学院大学をよく知らなくて、というか、「とくに何のイメージもなかった」というのが、正直なところです。

 平田さんは、この大学で、入試改革や講義の内容の改革に取り組んでおられ、とくに「アートの発信地」としての役割を担うことを目指しているのです。

 「アート」というと、変わった人のなかで、才能がある人だけが芸能界などでもてはやされる世界だと思ってしまうのだけれど、欧米では「演劇をやっていた経験」というのは、さまざまな世界で好意的な評価を受けるそうなのです。

 その「演劇」というのも、演者としてだけではなく、脚本や演出、照明などの裏方の仕事から、舞台をプロデュースするのに必要な会計的な観念までを含めており、その人の適性を活かすことを重んじておられるのだとか。

 地方の大学には、ここまでやっているところがあるのか、と感心させられましたし、僕は「アート」が好きなつもりで、まだまだ特別視しているのだな、ということに気づかされました。

 ひとつの職業につくというのは「演じる」側面があるのも事実なんですよね。

 医者が患者さんに説明する際などは、「いかにして自分の言葉に説得力を持たせるか」が大事ですし。


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