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今、「いじめ容認」する中学生が22万7782人もいる!

武蔵野大学、杏林大学兼任講師 舞田敏彦=文

「いじめ容認度」最高は神奈川、最低は宮崎

5月も半ばですが、いかがお過ごしでしょうか。いわゆる「5月病」がはびこる時期ですが、学校の教室では別の病気が出てくる時期です。

それは「いじめ」です。

そろそろクラス内のカーストが定まり、ターゲットを決めて皆でいじめ始める、なんてことが起きてきます。大学の授業で、学生さんに学校体験レポートを書いてもらったことがありますが、「5月頃から、クラスでいじめが始まり……」という記述が数多く見られます。

「いじめのターゲットになりはしないか」

今の時期、学校の教室では、こういう不安におののいている児童・生徒も少なくないでしょう。新緑の季節ですが、教室の中は不安と緊張が渦巻く「灰色」の空間なのかもしれません。

さて、社会問題にまでなっている「いじめ」ですが、数でみてどれくらい起きているのでしょう。いじめは思春期で多発しますが、文科省の統計によると、2014年度間の中学校のいじめ認知件数は5万2971件です(『児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査』)。中学生1000人あたり15.1件。都道府県別にみると、京都の45.7件から佐賀の3.4件まで幅広く分布しています。

この値をもって、いじめの量の指標とされることが多いのですが、これはあくまで当局が認知した件数です。校内の見回りを徹底する、いじめ申告のアンケートを頻繁に行うなどすれば、数は跳ね上がります。

いじめの認知件数が多いことは、悪いことではありません。むしろ、いじめの把握に本腰を入れているという、名誉の証と読むこともできます。

いじめの量を把握するのはなかなか難しいのですが、生徒の意識に注目するのはどうでしょう。文科省の『全国学力・学習状況調査』では、「いじめは、どんな理由があってもいけない」という項目について、どう思うかと尋ねています。

全国の公立中学校3年生の回答をみると、「そう思わない」ないしは「どちらかといえば、そう思わない」と答えた生徒の割合は6.5%です(2014年度調査)。

およそ15人に1人が、いじめを容認しています。

この値を都道府県別に計算し、地図にすると図1のようになります。公立中学校3年生のいじめ容認率マップです。

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いじめを容認する生徒の割合は、最高の神奈川と最低の宮崎では、倍以上違っています。濃い色の分布をみると、いじめ容認率は都市部で高いように思えます。

都市化の指標として使われる人口集中地区居住率(2010年)との相関係数を出すと、+0.5971という有意な相関関係が認められます。

いじめ容認度「公立より私立が高い」

「いじめは都市で起きやすい」

われわれの肌感覚にも合っていますね。いじめの量のメジャーとしては、こちらがいいのではないかと思います。

ちなみに中学校3年生のいじめ容認率は、公立よりも私立で高くなっています。公立は6.5%、私立は9.1%です。もしかしたら私立の生徒は幼少期から競争に明け暮れたことで、他人を蹴落とすのをよしとするメンタリティが育まれてしまっているのでしょうか。わが子がいじめに遭わないようにと、中学受験をさせる親御さんが多いと聞きますが、事は単純でないようです。

2014年度の調査結果にて、公立中学校3年生のいじめ容易率が6.5%と出たのですが、この比率を同年5月時点の中学校生徒数(350万4334人)に乗じると、22万7782人となります。いじめを容認している中学生の推定数です。

先ほど述べたように、2014年度間の中学校のいじめ認知件数は5万2971件。いじめを容認する生徒の推定数(22万7782人)に占める割合は、23.3%となります。うーん、あまり拾われてないものですねえ。

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「当局のいじめ認知件数/いじめを容認する生徒の推定数」は、いじめ把握にどれほど本腰を入れているかという、ガンバリ度の指標と読むことができます。表1は、この数値(いじめ認知度)を都道府県別に出し、ランキングにしたものです。

宮崎や鹿児島では、統計上のいじめ認知件数が、いじめを容認する生徒の推定数と近くなっています。いじめの把握・指導にさぞ熱心なのでしょう。

逆に、分母(≒いじめの推定量)の1割も拾えていない県もあります(佐賀、福島、三重、兵庫、香川)。これらの県では、統計に表れていない膨大な「暗数」があるとみられます。いじめの把握をもっと徹底する余地があるかと思います。

しかし、上表の指標は高ければ高いほどいい、というのではありません。些細なことも「いじめ」としてガンガン摘発し、値が200%、300%にもなったら、それはもう管理地獄というものです。適正水準は、60~80%くらいかと思います。こういう指標も随時公開して、各自治体レベルの取組を評価することも求められるでしょう。

「四角い檻」に閉じ込める、それが学校

いじめの把握には、生徒の協力が不可欠になります。いじめは被害者と加害者だけからなる現象ではなく、周囲ではやし立てる観衆や、見て見ぬふりをする傍観者もそれに加担しています(森田洋司教授、いじめの四層構造論)。

重要なのは、数の上で多い傍観者をして、いかに仲裁者・申告者に変えるかです。

匿名のいじめ申告アンケートもいいですが、いじめを許容しない雰囲気(クライメイト)を、学級内に育む必要があります(文科省『生徒指導提要』)。

ここで「学級」という言葉が出ましたが、小・中・高校における「学級」という集団を何とかできないかと、私は前から考えています。朝から夕方まで学級という四角い檻に閉じ込められ、逃げ場がないと感じる子どももいるわけです。

私は大学に入った時、「クラスがないって、素晴らしいことだ」と感嘆した記憶があります。集団が固定されてないわけですから、いじめなど起きようもありません。実際、大学で「いじめ」なんて、あまり聞かないですよね。

歴史を振り返ると、学級は普遍的なものではありません。近代になって産業革命が起き、読・書・算ができる労働者を迅速に大量育成する必要から、便宜的にできただけのことです。わが国では、明治期以降の140年ほどの歴史しか持っていません。学級をして、絶対で普遍的な制度などと考える理由は、どこにもありません(柳治男『学級の歴史学-自明視された空間を疑う-』講談社、2005年)。

小学校はともかく、中高の学級(ホームルーム)の風通しをもう少しよくできないものか。

最近、大学生をもっと勉強させようという狙いで、大学の「中高」化が進んでいるように見えますが、必要なのは、中高の「大学」化ではないかと思っています。

今は、学校に行かずとも、ITを使って知識をいくらでも得ることができます。自宅でのIT学習をもって、指導要録上の出席扱いと認めてくれる制度もあります(一定の条件附き)。

まだ実現はしていませんが、学校に通えない子どもを受け入れるフリースクールを正規の学校と位置付けよう、という案が出たのも注目されます。

ようやく、学校(学級)という四角い空間への絶対信仰が揺らいできました。児童・生徒のみなさん、「逃げ道」はあります。いざとなったら、積極的に「逃げ」を図っていただきたいと思います。あと数年したら、不登校に対する認識も大きく変わっているだろうと、私は確信しています。

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