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トランプのレガシー潰しとオバマの思い - 海野素央

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 前述しましたように、共和党候補指名が確実になったトランプ候補が、オバマ広島訪問は原爆投下に対する否定と等しいと主張し、謝罪に反対する退役軍人に訴えて、彼らの票を獲得する選挙戦略に出ないとは言い切れません。トランプ候補は、退役軍人は不法移民よりも待遇が悪く、不公平に扱われているというメッセージを発信しています。戸別訪問を実施しますと、クリントン陣営の標的となっている有権者の中にもトランプ支持の退役軍人がいるのです。それほど、トランプ候補は彼らから支持を得ているからです。

 トランプ候補は、本選を意識してクリントン候補が「女性のカード」を切って選挙を行っていると批判しています。クリントン候補が女性の立場を利用して、男女の賃金格差是正などの政策を取り挙げ、女性票を獲得しているのは不公平だと同候補は言いたいのです。

 しかし、トランプ候補も「ジェンダーのカード」を活用して「男性のカード」を切り、白人男性の有権者に訴えているのです。たとえば、共和党候補指名争いでは女性蔑視の発言を繰り返し、国境の壁やイスラム教徒の米国入国全面禁止といった強硬策を打ち出して、特に男性支持者に対して「安全保障に強い頼りになるリーダー」というイメージ作りに成功したのです。その背景には、男性に不人気のクリントン候補から無党派層及び民主党の男性票を奪い取ろうという狙いがあるのです。

仮にオバマ大統領が原爆投下に対して謝罪した場合、それに抵抗感が強い有権者から同大統領は「弱いリーダー」として見られることは回避できません。トランプ候補が、同大統領の広島訪問と謝罪を結合させて米大統領選挙の争点にした場合、女性として初の米軍最高司令官を狙うクリントン候補に不利に働く可能性が出てきます。というのは、クリントン候補はオバマ大統領よりもタカ派だと言われていますが、有権者の間に女性リーダーに対してソフトで感情的であるというステレオタイプ(固定観念)が存在しているからです。リーダーシップは女性には適性ではなく、男性の特性であると認識している有権者は、トランプ候補の攻撃により自動的に同候補よりもクリントン候補は弱くて頼りにならないリーダーだと解釈するでしょう。

 従って、米大統領選挙の今後の展開を考えますと、原爆投下に対する否定と謝罪は、政権維持を望む与党民主党には決して得策にはならないと言わざるを得ません。

トランプの核拡散と危険なキャラクター

 トランプ候補は米ニューヨーク・タイムズ紙とのインタビューの中で、日韓核武装容認をしました。この核軍縮・核不拡散に逆行する発言は第1に、広島訪問を検討していたオバマ大統領の背中を押しました。第2に、日本国内でトランプ発言を利用して、日本核武装論を正当化する安全保障におけるタカ派に牽制球を投げる必要が出てきました。第3に、クリントン候補を援護するメッセージを発信する機会を得たのです。

 では、どのようにしてオバマ大統領はクリントン候補を援護することができるのでしょうか。民主党候補指名争いにおける集会においてクリントン陣営は、トランプ候補を「無謀であり危険な人物でもある」と強く非難してきました。南部テキサス州、中西部ミシガン州及び東部ペンシルべニア州などで戸別訪問を行いますと、クリントン支持者とサンダース支持者の双方が、口を揃えたかのようにトランプ候補を危険な人物として描きます。彼らは、トランプ候補は人種差別者であり、特定の人種や民族に対する憎悪を煽っているのは極めて危険であると語るのです。

昨年の共和党テレビ討論会を振り返ってみましょう。ライバル候補がトランプ候補のキャラクターと「核のボタン」を結びつけて、彼にボタンを任せていいのかと疑問を投げかけた場面がありました。同候補の「危険な性格」と「核のボタン」を関連させた効果的な攻め方でした。

 オバマ大統領は、トランプ候補の名前を直接出さないまでも、核拡散を容認する危険な人物は、大統領になる資格がないというメッセージを原爆が投下された広島から発信できる機会を得たのです。もちろん、広島で過ごした時間を振り返って、ツイッターやフェイスブックでも発信できます。夏の民主党全国党大会における演説で、上のメッセージを発信することも可能になりました。いずれにしても、トランプ候補の日韓核武装容認発言とオバマ大統領の広島訪問が可能にしたクリントン援護のメッセージなのです。

感情移入と涙

 広島訪問に際して、オバマ大統領の人柄についても触れておきましょう。文化人類学で博士号を取得したオバマ大統領の母親アン・ダナムは、オバマ少年に感情移入の重要性を教育しました。アンは、自分が同じことをやられたらどのように思うのかとオバマ少年に問いかけ、彼の感情移入の能力を高めていったのです。オバマ大統領は、記者会見並びに演説で銃乱射事件の犠牲者や元自警団によって射殺されたアフリカ系の少年について語る時に、涙を浮かべ流すことさえあります。

 広島でオバマ大統領が母親からの問いかけを行い原爆被害者に感情移入をした時、たとえ涙を見せても、それは「謝罪」や「弱さ」ではなく、むしろ同大統領の人間性から出たものであるとトランプ支持者や退役軍人には解釈してもらいたいものです。

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