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教訓生きた熊本地震の初動対応(後編)進化した都市ガス“復旧応援隊” - Wedge編集部 塩川慎也

 熊本地震から1カ月。支援物資の遅配も本震の1週間後にはほぼ解消されていた。被災地ではITの活用やボランティア団体と行政の連携といった、支援物資輸送の新たな取り組みが既に始まっている。全国の事業者が駆けつけたライフラインの復旧でも、随所に東日本大震災の教訓が生きていた。過去に学び、将来に備える災害大国日本。今回は物資輸送と都市ガス復旧の舞台裏を2回に分けてレポートする。

 バキュームカーがボーンと轟音を響かせると、作業員らの視線が地中のガス管につないだホースに集まった。一呼吸置いた後、ホースが不規則に揺れはじめると、「おっ、出た、出た!」と声があがる。タンクのモニターには茶褐色の水が勢いよく流れ込んでくる映像が映しだされた。

 「もし水が出なければ、別の箇所で穴を掘って、同じ作業を最大3回ほど繰り返すところでした」と現場責任者の大阪ガス・杉野裕章リーダーは胸をなでおろした。

 4月16日の本震から1週間たった熊本市内では、あちらこちらでガス工事が行われており、県外ナンバーを付けたガス会社の車が行き交っていた。熊本市全域と周辺6市町で都市ガスを供給する西部ガスは、14日の前震で供給停止した約1100戸の復旧作業にあたっていた矢先に本震に見舞われた。約10万戸への供給がストップすると、同日中に日本ガス協会に復旧の応援を要請した。

 協会には全国200社以上の都市ガス事業者が加盟しており、半世紀も前から災害時の相互支援が行われてきた。今回は22社からピーク時で1日約2700人が応援に駆けつけた。

 協会から要請が来る前に事業者は応援の準備を進めていた。16日午前7時、東京・浜松町にある東京ガス本社では「非常事態対策本部」が設置された。本来、自社管内が被災した場合に設置される対策本部が、他社管内の災害を受けて置かれた初のケースだ。背景には都市ガスの小売完全自由化を来年に控え、ガス業界として信頼を維持しなければならないとの危機感もあった。

1000人規模の応援隊が貨物船で九州上陸

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ガスの天敵である水を抜く大阪

 東日本大震災の復旧の教訓から「戦力」の逐次投入を避け、大量の人員と資機材を一斉に投入した。復旧応援隊約2700人の内、同社グループだけで約1300人を派遣し、約740台の車両を投入した。

 「遠隔地にこれだけの規模の人や車両、資機材を送るのは初のケース。『兵站』の重要性を再認識した」と振り返るのは、関東・中部エリアの事業者からなる部隊の指揮を取った瀧川浩・同社導管部長。約1200キロ離れた熊本まで陸路で行くと途中で宿泊手配が必要になる。かといって東京近郊から船便で行くと陸路より1日余分にかかる。そこで出した答えが、関西まで陸路で行き、大阪・神戸から九州の5つの港に客船や貨物船で乗り込むという選択だった。

 「陸路より時間がかかったが、宿泊手配が省け、船中では作業員を休ませることができた。東日本大震災のときに、西部ガスが秋田に船で入り、南下して現地入りしたことがヒントになった」(瀧川隊長)と振り返る。

 西部ガス約2000人と約2700人の応援部隊が手分けして復旧にあたる現場を見て回った。復旧手順は、まず道路に埋設されたガス管の検査を行い、損傷箇所を特定する。ガス管の交換などの処置が完了すれば、「人海戦術」で1軒1軒民家を回りながら開栓作業を行うという流れだ。

 ガス管の損傷箇所の特定や修繕に時間を要する場合は、すぐ上流の管を切断して、バルブを取り付ける。本来なら不要なバルブだが、バルブを閉め、その上流エリアの開栓作業を急ぐためだという。

火の国熊本は水の国

 「火の国」で知られる熊本は、地下水が潤沢に流れる「水の国」でもある。この水こそ都市ガスの天敵であり、水が管の中に入ると復旧にかかる時間が3倍長くなると言われている。今回特に水が出たエリアを担当したのが冒頭で触れた大阪ガスの応援部隊だった。

 水が出てからバキュームカーを手配すると復旧計画に大きな遅れが出てしまう。東日本大震災の教訓として、「空振り」覚悟で車両を初めから現地に投入しており、今回はそれが奏功した。

 各部隊は自社で持ち込んだ資機材を用いて作業にあたるが、当然、西部ガスの仕様と異なるものも多い。

 「継ぎ手など材料の規格の違いで使用判断が遅れると復旧のボトルネックになる恐れがあったが、安全性と性能が担保できていたこともあり決断が早かった」

 ある現場責任者は安全性と迅速さが求められる状況下で西部ガスの判断を評していた。

 そもそも安全の根幹部分のガス管工事を他社の手に委ねるため、災害支援には事業者間の信頼と責任がなくしては成り立たない。突貫工事をしてガス漏れ事故を1件でも起こしたら「おしまい」という認識が応援部隊にもある。

 派遣する事業者にとってもこの間に自社エリアで天災などに見舞われるリスクもあるが、「お互い様」と各社は口をそろえる。

 応援に伴う交通費や宿泊費、工事費など人件費を除く一切の費用は全て被災事業者が負担するルールだ。時間をかければ復旧費用も圧縮できるが、西部ガスの道永幸典・現地復旧対策本部長は「利益など考えたら早期復旧はできない」と割り切っている。

激励が苛立ちに変わる2週間

 「24日9時現在 復旧率20.9%」。復旧部隊の拠点となる西部ガス熊本支社の通路には復旧の進捗を記した掲示が貼り出されていた。都市ガスのライバル関係にある電気が20日に復旧したこともあり、「負けてられない」と口にしながら現場に向かう者もいた。

 工事現場では通りかかった近隣住民が作業員に声をかけていた。「水風呂で頑張っています、お願いしますね」「ガスが来なくて不便だけど、今回は火事が少なくてよかったわ」。ただし、こうした地域住民の「激励」も、供給停止から2週間が過ぎる頃から、我慢も限界に達し「苛立ち」へと変わっていくという。

 9日振りの復旧を待つ藤本喜博さん、早苗さん夫婦が暮らす自宅兼喫茶店の開栓作業に同行した。作業を行う東京ガスライフバルの前嶋浩之さんは、自社エリアの顧客に接するように迷惑をかけたことを丁寧に詫びる。片づけが終わらない自宅に土足で上がるよう促されても、「そのようなことはできません」とためらい無く靴を脱ぎ、階段を駆け上がっていった。

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喫茶店の営業再開に向けた希望の火が点る

 台所、風呂、居間の順に火が点り、「家の方は全部問題ありません」と告げると、「よし! 風呂に入れる」と喜博さんに笑みがこぼれた。

 喫茶店では心配そうな面持ちの早苗さんがカウンターの中で待ち構えていた。点火棒をカチッ、カチッと鳴らすとコンロには2つ青い円が浮かんだ。「一時は店を畳もうかとも考えたが、もうしばらくは頑張りたい」と表情が少し和らいだ。

次の災害に備え既に動き出す事業者たち

 「コーヒーでもどうですか」との店主の労いを前嶋さんは丁重に断り店を出た。すると、すぐさま携帯電話を取り出し、プルダウンの選択肢をクリックしながら復旧状況の報告を始めた。東日本大震災のときは、1軒ずつ紙の報告書を書いていたが、疲労による誤記入も多く、集約に時間がかかっていたという。今回のように事業エリア外でも利用できるIT環境の整備が、迅速な復旧計画や正確な被災者への情報提供にも役立っていた。

 また、応援部隊とは別に、協会や事業者からは調査隊も現地入りしている。「客観的な視点で被害が大きかった地形や管種を分析し、次の地震が発生した場合にどこから手をつけるかの判断材料にする」(前出の瀧川隊長)という。災害大国日本の事業者は、来るべき次の災害を見据えて、既に動き出していた。

 復旧には当初3週間を要すると見込まれていたが、「ガス管の損傷が想定より少なかった」(西部ガス)ため、予定が1週間早まり30日に復旧を果たした。

 熊本地震では都市ガスだけでなく、ライフラインの早期復旧のために、電気や水道でも全国の同業者が被災地に駆けつけた。約600人の応援があった電気は20日に、約2000人の応援があった水道は30日に復旧した。

 事業者は過去の災害復旧でうまくいかなかった作業の訓練を行ったり、設備の更新時期に災害に強いものに置き換えたりと、日頃から異常時に備えてきたという。こうした積み重ねもあり、本震から2週間という短期間でライフラインがよみがえったのだろう。

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