- 2016年05月17日 11:18
子供にとってより良い教育とは? 寄宿塾「はじめ塾」を通して考える - 池上眞平
1/3激しく変わりゆく社会を子供や若者がたくましく生き抜いていく力を育てるということは、いつの時代にあっても大切な課題です。
ところが、精神的・体力的にも弱く、不登校やひきこもり、いじめといった問題を抱えて苦しむ子供や若者が増え、そのことで多くの親・家族も翻弄され、本当の幸せが何であるのかを見失っている姿が目立つようになっています。80年以上もの歴史を持つ寄宿生活塾「はじめ塾」は、様々な子どもたちが自分達らしさを取り戻して“したたかに”かつ“しなやかに”生きる力を身につける場になっています。
今回は塾生および元塾生の座談会から、はじめ塾との関わりによって彼らの糧になったものを感じていただきたいと思います。
画像を見るはじめ塾にて“いただきます”をしている夕食の風景。右側手前の5人が塾長夫妻(正宏さん&麻美さん)と夫妻の子供達
寄宿生になったきっかけ
ひろじ(中学3年生男子):もともと都内の大学附属の進学校に通っていて、今とは全然違う生活でした。小学4年生ぐらいまではおとなしくて真面目に勉強するタイプでしたが、高学年になっていつも同じ仲間と部屋にこもって悪い遊びやゲームばかりするようになって、成績はどんどん下がって、学校もつまらなくなりました。そして中学1年生の途中から不登校になったのを父親が心配して、はじめ塾に連れて来てくれました。
正宏先生の奨めに従って、まず体験入塾をしました。都会生活の経験しかない自分にとって初日から驚くことばかりでした。例えば、「色々な人が塾をいつも出入りしている」、「僕と同じ年頃の子達が食事を作っている」、「農作業までやっている」。みんな自分から用事を見つけて動いているのに、何をすればいいのかまったくわからなくて困りましたが、初対面の僕にみんながフレンドリーに接してくれたので助けられました。1年前には考えられなかった生活で、自分でも少しずつ「生きていく力」みたいなのが付いてきたように思います。
なつみ(中学3年生女子):兄がはじめ塾と関わっていたので、小学生の頃から学習会や稲刈りに参加していて、6年生の終わりには「大人になるための準備講座」にも参加しました。仲良くなった女の子に会えるのが嬉しくて合宿にも参加するようになりました。最初のうちは寄宿生のように動けなくて遊んでばかりいました。家だったら親から注意されるのに、ここでは誰からも何も言われなくて、いいところだなあと感じていました。塾長の正宏先生と塾長の奥さんの麻美先生には小さなお子さんが3人いて、その子達と一緒に過ごすのは楽しいなあとも思っていました。
友達とのトラブルがきっかけで中学1年生の後半から学校に行かなくなって、はじめ塾に通うことが増えました。通塾ではなくてみんなと生活してみたいという思いが強くなっていた頃に「寄宿してみる?」と言われて、めちゃくちゃ嬉しかったです。今、寄宿して半年なので、まだまだ分からないことも多いですが、塾での生活にもだいぶ馴染んできました。
画像を見る塾を巣立つ子供達を祝う会に向け、たこ焼き作りに励む子供達
うらら(高校3年生女子):私も2人の兄が先にはじめ塾と関わっていました。幼稚園の年長だった頃、母と兄達と一緒に夏期日課に参加することになって、市間の合宿所に着いた途端、大きなお兄さん達が目の前に群がってきたのが強烈な印象で残っています。母の荷物を運んでいる大きな人達の姿に、最初は怖さも感じました。遊んでもらっているうちに次第に慣れて、親の目の届かないところで思いきり遊べることが愉しくなっていきました。
小学3、4年生の一時期、合宿から足が遠のいたこともありましたが、父の仕事の都合で小田原市に引っ越したことや母が父母会の会長を務めたこともあり、はじめ塾に行くことが増えていきました。中学2年生の冬の暮れの勉強合宿で頑張り過ぎて寝込んでいた時に、自由気ままに育っていた私を心配した両親が私の横で正宏先生と話し合ってくれて、その年明けから寄宿することを決めました。
ふうた(20歳社会人男子):はじめ塾との関わりは小学校低学年の合宿からです。僕も小学6年生の時に「大人になるための準備講座」に参加して、集まりの後に寄宿生と一緒に夕食をとる機会が増える中で寄宿に憧れたのがきっかけで、中学1年生から3年生まで寄宿していました。
あかり(大学1年生女子):幼稚園の頃から4歳上の兄と一緒に合宿に参加していて、「なかよし合宿(小学1年生から3年生の親子合宿)」や「ジュニア合宿(小学4年生以上の子ども合宿)」に毎月行っていました。自宅から合宿所まで2時間弱の距離があったこともあり、ジュニア合宿の最初の頃はホームシックになることもありました。高学年になって反抗期を迎えて、「家を出たい」という思いが強くなった頃に母親も寄宿を後押ししてくれたので、中学1年生から2年生の終わりまで寄宿しました。
合宿で顔を合わせていたので寄宿メンバーのこともよくわかっていて、最初から抵抗なく寄宿生活に入りました。
“同じ釜の飯を食べる”寄宿生活をしてみて
ひろじ:はじめ塾と関わるまで料理はしたことがなくて、蒸し器に水を入れ忘れて空焚きした失敗を3度ぐらいしました。今は、麻美先生や先輩からいろいろ教わって少しずつできるようになっています。
最近は作業も好きになってきました。腕力があるので力仕事を頼まれることも増えて、経験の長い先輩よりも頼られるのを感じて嬉しいです。
実は寄宿生活に慣れるまで相当手間取って、3回ほど脱走しました。今になって、バカなことしたなぁって思います。脱走で失った先輩や仲間の信頼を取り戻すには、大きな努力が必要であることも実感しました。
失敗しても受け止めてくれる環境
画像を見る塾長夫妻の子供達と遊んであげている塾生
なつみ:塾では、十分に力のついていない人は失敗しても怒られません。失敗は成功の元だから、どんどん失敗するのが良いと言われます。私もまだまだ失敗が多くて、先輩を困らせちゃうけど、ちゃんと助けてもらえます。野菜の千切りを間違って棒切りにしてしまいサラダ用にならなくなった時でも、使い回し方や切り直し方を提案してくれるので、やっぱり先輩はスゴイと思います。
うらら:私は寄宿してから、家庭との違いや通塾生と寄宿生との違いなどに戸惑うようになって、学校からまっすぐ帰宅できない日が何度かありました。夜遅くまで戻らなかった私に対して寄宿生からは厳しい反応がありましたが、正宏先生と麻美先生は翌日にはいつもと変わらずに接してくれました。どんな時でも「水に流す」というスタンスでいてくれる先生方の態度に、最初はカチンと来ました。しかし、やがて「水に流す」ことの大切さを理解できるようになりました。でも私にはまだ「水に流す」ことを実行する力がありません。
寄宿生活3年になる今では、自分なりに考えを深められるようになって、「それは違うのではないか」「どうしてそうなのか」と言えるようになりました。はじめ塾の先生方や関わっている大人の人は、そうした私の発言に対して「そうした見方もあるよね」「みんなで話し合ってみよう」と正面から受け止めてくれます。また、塾では現状を見極めた上での適切なアドバイスを貰えます。学校の先生は、学校の規則に照らした判断を優先していると感じることがあります。
勉強に対する考え方もこの3年間でずいぶん変わりました。短期記憶型の私は一夜漬けが得意ですが、この先の大学受験や就職のことを考えると、このままではまずいと思って、自分に合った方法を試行錯誤しているところです。
みんな何かしら先輩の影響は受けています。敬語や礼儀、電話の応対なども先輩の姿を真似るうちに自然に身に着きますね。
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