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国連「事務総長選挙」に注目せよ(上)「密室」から「公開」へと脱皮 - 鈴木一人

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 このように国連事務総長職は1つの地域グループに固まることなく地理的に均等配分するということが暗黙の了解になっている。国連はただでさえ多様な国家の集まりで、効率性よりも公正さや平等性を重視する傾向があるだけに、地域グループのバランスは明文化されていないとはいえ重要な要素とみられている。

 表をご覧いただければわかる通り、これまで1度も事務総長を輩出していない地域がある。それが東欧グループである。東欧グループは東西冷戦の中で旧共産圏の国々が中心となって作られた地域グループだが、他の地域と比較すると加盟国数が少なく、安保理常任理事国の議席も1つしかない。また、東欧地域ではロシアの影響力が強く、ロシアが推薦する候補者に対してアメリカなどが反対するといった状況もあり、事務総長を輩出する機会を得ることがなかった。

 しかし、冷戦が終わってから25年以上経ち、多くの国がEUに加盟する状況で、ロシアの影響力も低下し、市場経済や民主主義が根付いてきたこと、また国際機関で活躍する人物が増えてきたことなどから、今回は東欧グループから選出されるということが概ねの了解になっている。そのため、現在候補として挙がっている9人のうち、7人が東欧グループに属する国の出身である。

新しい事務総長選出ルール

 しかし、今回の国連事務総長選挙は新しい方式が導入されることとなっており、これまでの常識や暗黙の了解が通用しない可能性もある。この新しい方式とはどのようなものであろうか。

 国連事務総長選挙は、事実上安保理常任理事国5カ国が合意し、安保理で拒否権を発動されない人物が選ばれてきた。しかし、これは国連の基本理念である平等な主権を持つ加盟国による民主的な決定とは対極にある選出方法である。しかし、事務総長選出ルールを変更するとなると、国連憲章の改正が必要となり、安保理の決定に加え、総会での3分の2の議決と加盟国3分の2の批准が必要となる、大変手間のかかる手続き変更をしなければならなくなる。また、国連憲章の改正となると事務総長選出の手続きだけでなく、他の様々なルール改正も議論の対象となってしまうため、いつまでたってもルールが変更されないという状況が生まれてしまう。

 そのため、国連憲章上の手続きは変更しないが、より透明性を高め、常任理事国が密室で彼らだけの利益で事務総長を選出しないような方法がデンマークを中心とした加盟国によって提唱された。それが2015年の総会決議69/321号である。この決議は、全加盟国に事務総長候補者となる人物を申請し、履歴書などを公表すること、また、立会演説会を開き、全ての加盟国が候補者の意見を聞き、質疑応答が出来るようにすることなどを安保理に求める勧告となっている。この決議を受けて、国連総会議長と安保理議長の間で覚書が交わされ、総会決議69/321号を受け入れることが約束されたが、同時に新ルールではない方法で選ぶ可能性も残している。つまり、もし常任理事国が望ましいと思う候補者がいなかった場合や、新ルールの手続きが常任理事国にとって不利益と思われる場合は、昔ながらのやり方で事務総長を選出する可能性を残した。

常任理事国の「横暴」を抑える効果

 しかし、この新ルールは事務総長選挙に全く新しい風を吹き込んだ。これまでは噂レベルの情報しか手に入らず、最後まで誰が事務総長になるかわからなかったため、加盟国にとっても国連職員にとっても他人事のような感覚で事務総長選挙を眺めるのが当たり前であり、イギリスのブックメーカーでは賭け事の対象になっていた。しかし、既に9人の候補者が名乗りを上げ、4月中旬に候補者1人あたり2時間を使った立会演説会が3日間かけて行われ、それがネット中継されて世界中に配信された(各候補の演説および質疑応答は国連TVのウェブサイトで見られる)

 この立会演説会はメディアを通じて広く報道されただけでなく、ネットを通じて多くの人が候補の話を直接聞き、その受け答えの姿を見ることが出来た。また、その演説内容や質疑でのやり取りは、その候補者の能力や国連事務総長としてふさわしいかどうかを見定める絶好の機会となった。これだけ多くの人が見守る中で、常任理事国が自らの利益のために自分たちに都合の良い候補を連れてくることは考えにくい。事務総長選挙の新しいルールは、確実に透明性を高め、それが結果として常任理事国の横暴を許さないような状況を作っていることは間違いない。(つづく)
執筆者プロフィール
画像を見る 鈴木一人
すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。

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