- 2016年05月12日 18:12
ネットで有名になるリスク
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はてなブログ界では最も有名なブロガーの一人であるフミコフミオさんがブログの休止宣言をされていた。残念だ。
リンク先を字義どおりに読むと、ブログに対する情熱を失ったところにガラケーが壊れてしまったのでブログを休止なさるとのこと。ブログ熱が高ければガラケーが壊れてもすぐにブログを書き始めるに違いないが、情熱が醒めてしまっているなら仕方のないところだ。
最近のフミコフミオさんの言動をなんとなく読み取ったつもりの私は、「フミコフミオさんは、有名ブログになってしまって、疲れたんだろうな」と想像することにした。はてなブログで最もたくさん読者を獲得していた彼だから、そのぶん、きっとお疲れになっていたに違いない。
ネットで有名になった時に直面するリスク
動画にせよ、ブログにせよ、twitterにせよ、インターネットで情報発信する人の多くは、「有名になりたい」「知名度でお金を稼ぎたい」といった野心や願望を持っている。だから、有名になるためのチャンスに飛びつき、有名になるための努力を惜しまないことが“重要な心構え”として語られていたりもする。
なるほど、一直線に、手段を選ばず有名になりたいだけなら、それが良いのだろう。
だが、有名になる――いや、有名とまではいかなくても、ネット上で知名度が高くなっていく――というのは、そんなに良いことづくめだろうか? 知名度がもたらすメリットに目を奪われるあまり、知名度がもたらすリスクやコストについて何も知らず、何も備えていないのだとしたら、それは浅慮というものではないか。
昨今も、有名になるために情報発信を繰り返すネットユーザーはたくさんいる。彼らを眺めていると、知名度がもたらすリスクやコストに注意深い態度を取りながら知名度を獲得しようとしている人もいれば、まったく無頓着な、「有名になれるなら悪魔のケツだって舐めます」といった人もいる。
知名度に対して注意深い態度を取り過ぎると、そのせいで知名度の獲得が遅れたり困難になったりしやすい。だが、知名度がもたらすリスクやコストに無防備のままトントン拍子で有名になっていった人達の挙動をみていると、有名にはなったけれども幸せになりきれない人、ついに耐え切れなくなる人も多い。
冒頭リンク先のフミコフミオさんなどは、まだしも知名度のリスクやコストに警戒的なブロガーだと思う。そんな彼でさえ、「はてなブロガーでは最も読者数が多い」ぐらいの知名度に(たぶん)振り回され、ブログへの情熱に水が差されてしまったのだから、知名度がもたらすリスクやコストは手ごわい、と考えざるを得ない。
以下に、ネットで知名度を稼いだ時に顕れてくるリスクやコストについて、主だったものを箇条書きにしてみる。
・批判や中傷やクソリプに晒される
第一の知名度コストは、たくさんの非-好意的な反応に晒されることだ。俗に言う“有名税”に近い。
薬になる批判はためになるものだが、知名度が高くなると、的外れな批判や論旨をわきまえない重箱つつき*1も集まってくる。知名度が上がるにつれて押し寄せる批判の絶対数も増えるので、玉石混交のなかから薬になる批判を探し出すのはだんだん難しくなってくる。
批判ならまだいい。知名度が上がるにつれて、いわれなき誹謗中傷や激しいハラスメントが必ずといって良いほどついてまわる。一万人のファンを持ったアカウントは一万人に一人の、十万人のファンを持ったアカウントは十万人に一人の、ハイレベルな誹謗中傷者がついてくると考えておかなければならない。twitterでも、いわゆる「クソリプ」が送られてくる頻度は有名になるほど高くなる。
これらへの対処として「ブロック」や「非表示」はあるていどの効果を期待できる。だが、これもやり過ぎれば薬になる批判が読めなくなってしまい、視野が狭まって、唯我独尊状態に陥ってしまうリスクが高くなってしまう。
・有名であること自体がしんどい
知名度が高いことは、それ自体、大きなストレスの源になり得る。有名人やセレブがその典型だが、ネットで知名度を獲得していく人も例外ではなく、むしろ、知名度に対する備えがないぶん無防備で危険である。
これについては、若者のソーシャルメディア使用に関する書籍『つながりっぱなしの日常を生きる』にわかりやすい文章があるので、ちょっと長いが引用しよう。
つながりっぱなしの日常を生きる: ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの
- 作者: ダナ・ボイド,野中モモ
- 出版社/メーカー: 草思社
- 発売日: 2014/10/09
- メディア: 単行本
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人は有名になると、ただありのままに人としているだけでも、しばしば物としてみられ、議論され、深い考えなしに嘲笑される。ファンと批評家は、結果として注目の焦点にいる人々が負うことになる犠牲について考慮することなしに、あたかも自分たちがセレブリティがするあらゆる行動にコメントする権利を持っているかのように感じている。
(中略)
高い地位と富を持つ公人にゴシップが与える類のストレスについて、同情する人はごく僅かだ。距離をおいて眺めると、有名な人々はまるで傷つくことがないように見える。
ニッチな観衆の間で有名になったティーンは、大きな注目を集める側としてその利益と損失の両方を受けるが、彼らにはセレブリティが持っているような、注目の猛襲に対処するための世話人、マネージャー、経済的基盤などの構造的な支援はない。こうしてティーンには肯定的な反応を喜ぶのと同時に、それに伴ってやって来る残酷性とプレッシャーに深く影響を受け、くらくらするような状況が生み出されない。
『つながりっぱなしの日常を生きる』はネットカルチャーを考えるうえで一読に値する本だ*2。ともあれ、引用のようなリスクは知名度稼ぎに夢中になっているネットユーザーの大半が軽んじているものなので、狙った以上の知名度を獲得してしまった後、注目の猛襲に包囲されていることに気づいて愕然とする人も多い。有名になったブロガーやアカウントが不意に消えてしまう原因のひとつは、おそらくこれだろうと思われる。
・視聴者やファンに流されていく
知名度を稼ぐために「視聴者を大切にする」「ファンを喜ばせるためのパフォーマンスを心がける」うちに、自分自身がやりたかったことを見失ってしまう人もいる。
これは、ぜんぜん無名な状態でも意志が弱いと起こりやすい現象で、動画配信者やtwitterアカウントが道を誤る原因の最たるものだが、知名度が一定以上になってくると、強い意志を持っていても視聴者やファンからの影響が避けがたくなってくる。
インターネットは双方向性のメディアなので、なんやかや言っても、発信者と受信者の心理的な距離は近い。近いからこそ、視聴者やファンのほうを向いたパフォーマンスを繰り返していると無意識のうちに取り込まれてしまいやすく、大勢の視聴者やファンに独りで対峙しなければならない発信者の側は“分が悪い”。
・書きたいように書くためのコストが高くなる
意志をしっかり持っていても、視聴者の数が一定レベルを上回ると好きなことを書けなくなる。
まったく無名のうちは、共通項の多い少数の“仲間内”だけを意識していればそれで良いし、何を書いてもひどい反応は返って来ない。ごく僅かな“部外者”が文脈の読めない反応をしてくるのを無視していれば良い*3。
しかし、視聴者の数が増え、さまざまな思惑を持った人の目に曝されるようにつれて、何気ない一言が誰かの怒りや恨みを買う可能性がジリジリと高まっていく。政治家のごとく言葉を慎重に選んでメンションするなら、そういった可能性は最小化できるが……。
今までどおりに書き続けて、あちこちの怒りや恨みを買う覚悟を決めるのか? それともなるべく怒りや恨みを買わないように用心深く立ち振る舞うか? どちらにせよ、「書きたいことをストレートに書く」際の心理的な抵抗感は大きくならざるを得ないし、もし用心をしたいなら、それ相応の修辞術が必要になってくる。
・増長して隙が生じる
トントン拍子に有名になっている時期には心に隙が生じやすい。「私はいけている」「俺には影響力がある」といった思い込みは、傲慢や油断、増長を生じやすい。器の小さな人間ほど増長しやすく、器の大きな人間ほど増長しにくいが、いずれにせよ、右肩上がりに知名度が高まっている時には心の隙が生じやすくなる。
知名度を高めているうちに、増長や油断の気配がみえる人間は、醜聞のターゲットとなりやすい。嫉妬深い視聴者は、右肩上がりな人間のほんのわずかな心の隙も絶対に見逃さないし、そうした隙をバッシングできるチャンスが巡って来るのを虎視眈々と待っている。たとえ謙虚であり続けようとしていても、ほんの一瞬、気を緩めれば、緑色の目をした嫉妬モンスターに付け込まれて、痛手を負いかねない。
・褒められても叩かれても面白くなくなる
こうした日々を過ごしているうちに、好意を集めてもブーイングを浴びても歓びや悲しみを感じない、アパシーに近い感覚が現れてくる。いつもより高く評価される日もあるだろうし、いつもより叩かれる日もあるだろう。だが、知名度がある水準を超えると、賞賛とバッシングは必ずセットで押し寄せてくるようになり、(情緒的に)マトモに取り合っていられなくなる。
そのうえ、知名度という、自分自身に帰属するようにみえて視聴者やファンに帰属してもいる媒介物が賞賛やバッシングをもたらしていると考え始めると、そうやって他人に振り回されながらアウトプットし続けるのがバカバカしく感じられるようにもなる。
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
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