記事
- 2016年05月12日 11:00
「吠える」金正恩第1書記の真相 -金正恩は、なぜ実力以上に大きく見せたがるのか- 西村金一
3/3
2.「吠えなければならない」理由は何なのか
何故、北朝鮮は軍事的脅威を現実のもの以上に大きく膨らまさなければならないのか。欺瞞を解明する糸口となる金正恩の成果と北朝鮮の内部事情について、特に軍事力、軍の人事、社会の実情の点から分析する。金正恩が就任した2012年末からどんな成果が出ているのか、金正恩が指示したとされる実態について、代表的な例を紹介する。
その1.大量破壊兵器を見ると、2012年4月と12月にテポドン2号を衛星打ち上げと称してミサイルを発射した。同年の4月軍事パレードに新型弾道ミサイルKN-08が登場した。2013年の2月に3回目の核実験を実施した。しかし、これらのことは、金正日総書記が死去して1年前後であることから、金正日の既定路線を踏襲し継続してきただけだと考える。金正恩の成果とは言えない。2016年2月発射のミサイルも2012年12月発射のミサイルと同じであった。
その2.通常兵器を見ると、2015年10月の党創建70周年パレードで登場した兵器は、300ミリ多連装砲を除き全てが時代遅れの骨董品ばかりだ。例えば、主力戦車は62式で1963年頃から生産され、中国では軍事博物館に展示されて埃をかぶっている代物だ。空軍のMiG-29戦闘機は1980年代後半に導入されたもので、大きさの点で見ても中国空軍Su-27戦闘機の半分だ。MiG-29戦闘機と日米のF-15戦闘機や中露のSu-27戦闘機と比べると勝ち目はない。海軍のロメオ級潜水艦は建造されて40年以上経過し、ソ連邦が崩壊する以前にはスクラップになっていたものだ。2014年6月の労働新聞に掲載された金正恩が乗艦したロメオ級潜水艦は錆びだらけだった。つまり、北朝鮮の兵器は、金正日の時代から時代遅れのポンコツと言われていたが、金正恩になっても戦いの主力となる新型戦車、新型戦闘機、新型潜水艦のいずれも導入できていない。要するに、金正恩政権にはカネがなくて購入できないのだ。
その3.平壌中央部にマンション建設ラッシュの実態はというと、金正恩の指示で、北京中央部に「馬息嶺(マシンリョン)速度」と呼ばれる突貫工事でマンションが多数建設された。だが、2014年5月に国家安全保衛部や警察の特権階級が住むマンションの1棟が根元から折れて倒壊した。死者数は500人にのぼり、設計・施工を担当した技術者4人が銃殺刑に処せられた。前代未聞の出来事だ。
その4.金正恩の指示で馬息嶺(マシンリョン)スキー場が建設され、2013年12月開業した。韓国での冬季オリンピックを南北で開催する意図もあったようだが、韓国政府に一蹴された。完成後、金正恩は「馬息嶺スキー場が完成すれば全国にスキーブームが起こるだろう」と語ったとされる。食事も十分に摂れない人民がスキーなどできるわけがない。
その5.金正日時代には、米日韓を欺いて、これらの国々から多量の支援を得つつ、見えないところで大量破壊兵器を開発し続けることができたという大きな成果があった。だが、金正恩になってからは前述した恫喝にも効果がなく、米国から相手にされず交渉の席にも着けずに制裁を受けたままである。
その6.経済や社会状態は韓国統計庁などによると、北朝鮮の国民総所得は2014年基準で韓国の21分の1、貿易総額は144分の1である。経済成長率はマイナス傾向にあったがこの年は約1%プラスであった。低迷状態の経済の回復兆しがないにもかかわらず、2014年(昨年)の党創建70周年行事に約14億ドル、2013年の戦勝節行事に1.5億ドルを費やした(朝鮮日報)。北朝鮮国家の面子のために国費を無駄遣いしているのだ。2013年頃から、日本海側地域の海上に多くの北朝鮮の漁船が発見(2014年10月から12月14日までに14隻、男性31遺体)されている。金正恩の「軍が先頭に立って漁業に取り組むように」との発言によって軍が漁業活動を行っているためだ。金正恩は食べるために、軍兵士の生命と軍事能力を低下させている。
その7.金正恩の指示により2012年7月にモランボン楽団が結成され、国内の行事などで演奏している。同楽団はディズニー映画のテーマ曲などを演奏し、開かれた北朝鮮のイメージを与えている。金正恩の成果と言えるのはこれだけだ。
3.金正恩の意図を読み解く
北朝鮮は、核や弾道ミサイル開発の脅威を見せつけて、その後、2回の米朝交渉によりエネルギーや食糧の支援を得てきた。ところが、北朝鮮はその裏で、核兵器や弾道ミサイル開発を継続していた。米国は、これまでと同様に騙されるわけにはいかない。北朝鮮が核兵器や弾道ミサイルの開発を確実に止める証拠・道筋を示さない限り、交渉に応じることはない。
このような状況で、北朝鮮は米国を何としてでも交渉の席に着かせようとして、米国や韓国を恫喝しているものと考えられる。
何故、北朝鮮は、各国の軍事専門家によって嘘だと明らかにされることがわかっていても、水爆と言い切るのか、弾道ミサイルを水中から発射したと「大ボラ」を吹くのか、「映像を捏造」しなければならないのか。その理由は、金正恩体制になってから新たに行った事業は無駄に終わり、実質目立った成果を出していないからだ。
北朝鮮の合理的な改革や改善を唱えれば、金正恩に粛清される。李英鎬(リ・ヨンホ)次帥は粛清され、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)次帥は銃殺された。国を守り、金正恩体制を支える軍には時代遅れの兵器を持たせ、特殊部隊を除けば、米韓軍の攻撃を受ければ容易に叩き潰される。軍人には天候が悪くても命がけで漁業活動を行わせ、多くの死者を出している。国の指導部やエリート層の中から「若い将軍様では駄目だ」と陰で囁かれているとの情報が、日本でも聞こえてくるようになった。
金正恩体制を米国に保障して欲しいのだが相手にもされない。韓国や日本から支援物資を得ることもできない。頼みの中国との関係を何とかつなぎ止めようとしても、北朝鮮が中国の言うことを聞かないことで、関係悪化は目に見えている。北朝鮮に供給している石油も止めるべきだという主張も増加している。
北朝鮮は八方塞がり状態にある。この状態を打開するために、人民には北朝鮮が開発した水素爆弾で米国の核兵器は怖くない、米朝戦争になれば我々も潜水艦で米国本土まで隠密に近づき、水素爆弾を落とすこともできると信じ込ませるつもりだろう。対外的には、水素爆弾を保有する国々と同列になり、同様の扱いをされたいのだ。しかし、錆びだらけのポンコツ潜水艦では太平洋の底に沈んでしまうだけだ。
金正恩自身も、ヘアースタイル、服装、態度までも金日成を真似ている。自分の能力だけでは国家を統括できないために、金日成を真似て、人民を欺いて統治しようとする意図が表れている。
以上のことから、北朝鮮がこのように最悪状態であっても、36年ぶりに開かれる党大会までには金正恩としての成果を出したいという強い願いが、金正恩体制の虚言となって表出していると考える。
少し別の見方もある。北朝鮮の軍人は、軍のトップを軽易に処刑したり、双眼鏡を逆さまに使ったりするような軍事音痴の金正恩から、処刑されないように降格されないように、金正恩を騙しているのではなかろうかということである。私は、北朝鮮軍が米韓日を騙しているのかと思っていた。実は、北朝鮮軍高級将校が、無謀なことを要求し過ぎる金正恩についていけず、金正恩を騙し始めたのかもしれないと思うこともある。
4.北朝鮮軍の南侵の可能性はあるのか
軍事的に大きく劣性である北朝鮮軍が、南北の国境(DMZ)を超えて、韓国に攻め入ることは、軍事常識から絶対にあり得ない。何故なら、北朝鮮軍が保有している戦力を分析すると、弾道ミサイルや核兵器を除けば時代遅れの兵器ばかりで、博物館に飾ってあるようなものと同じだ。
また、軍部隊を直接指揮する李永吉(リ・ヨンギル)参謀総長も最近処刑された。現在の李明秀(リ・ミョンス)総参謀長は2012年に粛清された李英鎬次帥から4人目、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長(国防大臣)も昨年処刑された。現在の朴永植(パク・ヨンシク)人民武力部長は2012年以降5人目だ。このような軍の人事では、高級将校の戦略・戦術も混乱し、兵士の士気も相当落ちていると見てよい。
これでは、北朝鮮軍に精強な特殊部隊が10万人いても、米韓連合軍に勝てない。北朝鮮軍が洞窟陣地から出て、DMZを超えて攻撃すると、逆にコテンパンにやられるだけである。
とはいえ、韓国に潜入している特殊部隊が、要人へのテロや、韓国の領土特に首都ソウルや軍事施設に短距離ロケットや大砲を打ち込む可能性は「ない」とは言い切れない。
金正恩は2013年に、3年以内に軍事統一をすると公言していたという。3年後というのは2016年、つまり今年だ。金正恩は公言していたことを実際に実行に移して南北統一するのか、結局、何も成果を出せなかった青年大将(裸の王様)で終わるのか。
北朝鮮では、4月下旬から農繁期に入る。種まきや田植えの準備をしなければならない。食べていくために兵士も農作業で忙しくなる。兵士の本音は、米韓軍事演習を終わらせ、早く農作業の準備に取り掛かりたいと思っているに違いない。
孫子は「兵は詭道(きどう)なり」、つまり、敵を欺くことこそ兵の在り方であると述べている。また、「敵を知り、己を知れば百戦殆(あや)うからず」、つまり敵を知り、己を知れ。そうすれば、百回戦っても負けることはないとも述べている。このことから、敵を知るとは我を欺いてくる敵の心理状態、意図、兵力(量・質・士気)を読み取ることであると、私は考える。
例えば、日本の戦国時代に、敵の城を囲み兵糧(ひょうろう)攻めする軍と、囲まれて兵糧攻めされる軍の心理戦のケースを考えてみる。兵糧攻めを受けている軍の大将は、城内の武士や民が飢えて苦しんでいることを外部に絶対に漏らさない。そして数人の武将には食事を十分に摂らせ意気盛んにしていることをわざと見せつける。つまり城内の苦しい実情を見せずいつまでも持久して戦えるかのように欺くのだ。反対に兵糧攻めを行っている軍の大将は、意気盛んな数人の武将に騙されずに、城内の実情つまり相手の大将の心理状態、近いうちに落ちるのか、あるいはもっと持久できるのかを解明することに力を注ぐ。お互いが情報戦や心理戦を仕掛ける。
では、北朝鮮ではどうなのだろうか。金正恩の心理状態や意図を読むことが重要だ。
金正恩と党指導部は、36年ぶりの北朝鮮労働党大会までに金正恩の目立った成果をあげたいところだが、それは実現しなかった。金正恩の成果として形だけは取り繕ったのだが、事実上の成果としてではない。このことに、落胆、不安、焦り、混乱が生じていることだろう。
これまでの経済制裁もボディブローのように効いている。今回の核実験とミサイル発射を契機に世界各国、特に中国までもが経済制裁を強めれば、もがき苦しむことになろう。
金正恩は、祖父の故金日成主席の姿を真似なければ国を統治できない。秘密警察である国家安全保衛部や警察の人民保安部に守られ、組織指導部が彼らを使って勝手に要人を捕まえては処刑(理由などは時後報告になっている)し、身内しか信頼できなくなりつつある。このような金正恩体制は、近々衰退していくことは目に見えている。
北朝鮮の生存のために、核兵器や弾道ミサイルを開発すればするほど、「経済制裁というカード」が出て来る。北朝鮮を守るのも切り捨てるのも中国次第の様相になってきた。もう、北朝鮮は中国の言いなりなりにならざるを得なくなっている。ロシアからも支援を得たいところだが、ロシアは見返りにハードカレンシーを要求することから、中国ほどに期待できない。
金正恩は、金一族による支配体制を崩壊に導く動きに恐怖を感じている。金正恩の強硬な発言は、「最後の遠吠え」のような気がしてならない。朴槿恵大統領が演説で、「北の体制崩壊」に言及し、「北を必ず変化させる」と断言したことは、このことがわかっているからであろう。
最後に、北朝鮮は敵を欺くことに長けている。そして、特殊部隊、工作機関、小型潜水艦・戦闘機の搭乗員は精強だ。彼らは、いつ、密かに奇襲攻撃を仕掛けてくるかもしれない。絶対に油断は禁物である。
(了)
何故、北朝鮮は軍事的脅威を現実のもの以上に大きく膨らまさなければならないのか。欺瞞を解明する糸口となる金正恩の成果と北朝鮮の内部事情について、特に軍事力、軍の人事、社会の実情の点から分析する。金正恩が就任した2012年末からどんな成果が出ているのか、金正恩が指示したとされる実態について、代表的な例を紹介する。
その1.大量破壊兵器を見ると、2012年4月と12月にテポドン2号を衛星打ち上げと称してミサイルを発射した。同年の4月軍事パレードに新型弾道ミサイルKN-08が登場した。2013年の2月に3回目の核実験を実施した。しかし、これらのことは、金正日総書記が死去して1年前後であることから、金正日の既定路線を踏襲し継続してきただけだと考える。金正恩の成果とは言えない。2016年2月発射のミサイルも2012年12月発射のミサイルと同じであった。
その2.通常兵器を見ると、2015年10月の党創建70周年パレードで登場した兵器は、300ミリ多連装砲を除き全てが時代遅れの骨董品ばかりだ。例えば、主力戦車は62式で1963年頃から生産され、中国では軍事博物館に展示されて埃をかぶっている代物だ。空軍のMiG-29戦闘機は1980年代後半に導入されたもので、大きさの点で見ても中国空軍Su-27戦闘機の半分だ。MiG-29戦闘機と日米のF-15戦闘機や中露のSu-27戦闘機と比べると勝ち目はない。海軍のロメオ級潜水艦は建造されて40年以上経過し、ソ連邦が崩壊する以前にはスクラップになっていたものだ。2014年6月の労働新聞に掲載された金正恩が乗艦したロメオ級潜水艦は錆びだらけだった。つまり、北朝鮮の兵器は、金正日の時代から時代遅れのポンコツと言われていたが、金正恩になっても戦いの主力となる新型戦車、新型戦闘機、新型潜水艦のいずれも導入できていない。要するに、金正恩政権にはカネがなくて購入できないのだ。
その3.平壌中央部にマンション建設ラッシュの実態はというと、金正恩の指示で、北京中央部に「馬息嶺(マシンリョン)速度」と呼ばれる突貫工事でマンションが多数建設された。だが、2014年5月に国家安全保衛部や警察の特権階級が住むマンションの1棟が根元から折れて倒壊した。死者数は500人にのぼり、設計・施工を担当した技術者4人が銃殺刑に処せられた。前代未聞の出来事だ。
その4.金正恩の指示で馬息嶺(マシンリョン)スキー場が建設され、2013年12月開業した。韓国での冬季オリンピックを南北で開催する意図もあったようだが、韓国政府に一蹴された。完成後、金正恩は「馬息嶺スキー場が完成すれば全国にスキーブームが起こるだろう」と語ったとされる。食事も十分に摂れない人民がスキーなどできるわけがない。
その5.金正日時代には、米日韓を欺いて、これらの国々から多量の支援を得つつ、見えないところで大量破壊兵器を開発し続けることができたという大きな成果があった。だが、金正恩になってからは前述した恫喝にも効果がなく、米国から相手にされず交渉の席にも着けずに制裁を受けたままである。
その6.経済や社会状態は韓国統計庁などによると、北朝鮮の国民総所得は2014年基準で韓国の21分の1、貿易総額は144分の1である。経済成長率はマイナス傾向にあったがこの年は約1%プラスであった。低迷状態の経済の回復兆しがないにもかかわらず、2014年(昨年)の党創建70周年行事に約14億ドル、2013年の戦勝節行事に1.5億ドルを費やした(朝鮮日報)。北朝鮮国家の面子のために国費を無駄遣いしているのだ。2013年頃から、日本海側地域の海上に多くの北朝鮮の漁船が発見(2014年10月から12月14日までに14隻、男性31遺体)されている。金正恩の「軍が先頭に立って漁業に取り組むように」との発言によって軍が漁業活動を行っているためだ。金正恩は食べるために、軍兵士の生命と軍事能力を低下させている。
その7.金正恩の指示により2012年7月にモランボン楽団が結成され、国内の行事などで演奏している。同楽団はディズニー映画のテーマ曲などを演奏し、開かれた北朝鮮のイメージを与えている。金正恩の成果と言えるのはこれだけだ。
3.金正恩の意図を読み解く
北朝鮮は、核や弾道ミサイル開発の脅威を見せつけて、その後、2回の米朝交渉によりエネルギーや食糧の支援を得てきた。ところが、北朝鮮はその裏で、核兵器や弾道ミサイル開発を継続していた。米国は、これまでと同様に騙されるわけにはいかない。北朝鮮が核兵器や弾道ミサイルの開発を確実に止める証拠・道筋を示さない限り、交渉に応じることはない。
このような状況で、北朝鮮は米国を何としてでも交渉の席に着かせようとして、米国や韓国を恫喝しているものと考えられる。
何故、北朝鮮は、各国の軍事専門家によって嘘だと明らかにされることがわかっていても、水爆と言い切るのか、弾道ミサイルを水中から発射したと「大ボラ」を吹くのか、「映像を捏造」しなければならないのか。その理由は、金正恩体制になってから新たに行った事業は無駄に終わり、実質目立った成果を出していないからだ。
北朝鮮の合理的な改革や改善を唱えれば、金正恩に粛清される。李英鎬(リ・ヨンホ)次帥は粛清され、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)次帥は銃殺された。国を守り、金正恩体制を支える軍には時代遅れの兵器を持たせ、特殊部隊を除けば、米韓軍の攻撃を受ければ容易に叩き潰される。軍人には天候が悪くても命がけで漁業活動を行わせ、多くの死者を出している。国の指導部やエリート層の中から「若い将軍様では駄目だ」と陰で囁かれているとの情報が、日本でも聞こえてくるようになった。
金正恩体制を米国に保障して欲しいのだが相手にもされない。韓国や日本から支援物資を得ることもできない。頼みの中国との関係を何とかつなぎ止めようとしても、北朝鮮が中国の言うことを聞かないことで、関係悪化は目に見えている。北朝鮮に供給している石油も止めるべきだという主張も増加している。
北朝鮮は八方塞がり状態にある。この状態を打開するために、人民には北朝鮮が開発した水素爆弾で米国の核兵器は怖くない、米朝戦争になれば我々も潜水艦で米国本土まで隠密に近づき、水素爆弾を落とすこともできると信じ込ませるつもりだろう。対外的には、水素爆弾を保有する国々と同列になり、同様の扱いをされたいのだ。しかし、錆びだらけのポンコツ潜水艦では太平洋の底に沈んでしまうだけだ。
金正恩自身も、ヘアースタイル、服装、態度までも金日成を真似ている。自分の能力だけでは国家を統括できないために、金日成を真似て、人民を欺いて統治しようとする意図が表れている。
以上のことから、北朝鮮がこのように最悪状態であっても、36年ぶりに開かれる党大会までには金正恩としての成果を出したいという強い願いが、金正恩体制の虚言となって表出していると考える。
少し別の見方もある。北朝鮮の軍人は、軍のトップを軽易に処刑したり、双眼鏡を逆さまに使ったりするような軍事音痴の金正恩から、処刑されないように降格されないように、金正恩を騙しているのではなかろうかということである。私は、北朝鮮軍が米韓日を騙しているのかと思っていた。実は、北朝鮮軍高級将校が、無謀なことを要求し過ぎる金正恩についていけず、金正恩を騙し始めたのかもしれないと思うこともある。
4.北朝鮮軍の南侵の可能性はあるのか
軍事的に大きく劣性である北朝鮮軍が、南北の国境(DMZ)を超えて、韓国に攻め入ることは、軍事常識から絶対にあり得ない。何故なら、北朝鮮軍が保有している戦力を分析すると、弾道ミサイルや核兵器を除けば時代遅れの兵器ばかりで、博物館に飾ってあるようなものと同じだ。
また、軍部隊を直接指揮する李永吉(リ・ヨンギル)参謀総長も最近処刑された。現在の李明秀(リ・ミョンス)総参謀長は2012年に粛清された李英鎬次帥から4人目、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長(国防大臣)も昨年処刑された。現在の朴永植(パク・ヨンシク)人民武力部長は2012年以降5人目だ。このような軍の人事では、高級将校の戦略・戦術も混乱し、兵士の士気も相当落ちていると見てよい。
これでは、北朝鮮軍に精強な特殊部隊が10万人いても、米韓連合軍に勝てない。北朝鮮軍が洞窟陣地から出て、DMZを超えて攻撃すると、逆にコテンパンにやられるだけである。
とはいえ、韓国に潜入している特殊部隊が、要人へのテロや、韓国の領土特に首都ソウルや軍事施設に短距離ロケットや大砲を打ち込む可能性は「ない」とは言い切れない。
金正恩は2013年に、3年以内に軍事統一をすると公言していたという。3年後というのは2016年、つまり今年だ。金正恩は公言していたことを実際に実行に移して南北統一するのか、結局、何も成果を出せなかった青年大将(裸の王様)で終わるのか。
北朝鮮では、4月下旬から農繁期に入る。種まきや田植えの準備をしなければならない。食べていくために兵士も農作業で忙しくなる。兵士の本音は、米韓軍事演習を終わらせ、早く農作業の準備に取り掛かりたいと思っているに違いない。
おわりに
孫子は「兵は詭道(きどう)なり」、つまり、敵を欺くことこそ兵の在り方であると述べている。また、「敵を知り、己を知れば百戦殆(あや)うからず」、つまり敵を知り、己を知れ。そうすれば、百回戦っても負けることはないとも述べている。このことから、敵を知るとは我を欺いてくる敵の心理状態、意図、兵力(量・質・士気)を読み取ることであると、私は考える。
例えば、日本の戦国時代に、敵の城を囲み兵糧(ひょうろう)攻めする軍と、囲まれて兵糧攻めされる軍の心理戦のケースを考えてみる。兵糧攻めを受けている軍の大将は、城内の武士や民が飢えて苦しんでいることを外部に絶対に漏らさない。そして数人の武将には食事を十分に摂らせ意気盛んにしていることをわざと見せつける。つまり城内の苦しい実情を見せずいつまでも持久して戦えるかのように欺くのだ。反対に兵糧攻めを行っている軍の大将は、意気盛んな数人の武将に騙されずに、城内の実情つまり相手の大将の心理状態、近いうちに落ちるのか、あるいはもっと持久できるのかを解明することに力を注ぐ。お互いが情報戦や心理戦を仕掛ける。
では、北朝鮮ではどうなのだろうか。金正恩の心理状態や意図を読むことが重要だ。
金正恩と党指導部は、36年ぶりの北朝鮮労働党大会までに金正恩の目立った成果をあげたいところだが、それは実現しなかった。金正恩の成果として形だけは取り繕ったのだが、事実上の成果としてではない。このことに、落胆、不安、焦り、混乱が生じていることだろう。
これまでの経済制裁もボディブローのように効いている。今回の核実験とミサイル発射を契機に世界各国、特に中国までもが経済制裁を強めれば、もがき苦しむことになろう。
金正恩は、祖父の故金日成主席の姿を真似なければ国を統治できない。秘密警察である国家安全保衛部や警察の人民保安部に守られ、組織指導部が彼らを使って勝手に要人を捕まえては処刑(理由などは時後報告になっている)し、身内しか信頼できなくなりつつある。このような金正恩体制は、近々衰退していくことは目に見えている。
北朝鮮の生存のために、核兵器や弾道ミサイルを開発すればするほど、「経済制裁というカード」が出て来る。北朝鮮を守るのも切り捨てるのも中国次第の様相になってきた。もう、北朝鮮は中国の言いなりなりにならざるを得なくなっている。ロシアからも支援を得たいところだが、ロシアは見返りにハードカレンシーを要求することから、中国ほどに期待できない。
金正恩は、金一族による支配体制を崩壊に導く動きに恐怖を感じている。金正恩の強硬な発言は、「最後の遠吠え」のような気がしてならない。朴槿恵大統領が演説で、「北の体制崩壊」に言及し、「北を必ず変化させる」と断言したことは、このことがわかっているからであろう。
最後に、北朝鮮は敵を欺くことに長けている。そして、特殊部隊、工作機関、小型潜水艦・戦闘機の搭乗員は精強だ。彼らは、いつ、密かに奇襲攻撃を仕掛けてくるかもしれない。絶対に油断は禁物である。
(了)
西村金一(にしむら きんいち)
1952年、佐賀県生まれ。陸上自衛隊少年工科学校生徒入隊、法政大学文学部地理学科卒業、自衛隊幹部候補生学校修了、幹部学校指揮幕僚課程(33期CGS)修了。防衛省情報分析官、防衛研究所研究員を経て、第12師団第2部長、少年工科学校総務部長、幹部学校戦略教官等として勤務。定年退官後、三菱総合研究所国際政策研究グループ専門研究員、ディフェンス・リサーチ・センター研究委員、現在は軍事・情報戦略研究所所長。
著書『北朝鮮の実態』―金正恩体制下の軍事戦略と国家のゆくえ―(原書房)、共著『自衛隊は尖閣諸島をどう戦うか』(祥伝社)がある他、メディアへの出演多数。
- 一般社団法人日本戦略研究フォーラム
- 外交安全保障を主軸としたシンクタンク



