記事
- 2016年05月12日 11:00
「吠える」金正恩第1書記の真相 -金正恩は、なぜ実力以上に大きく見せたがるのか- 西村金一
1/3はじめに
北朝鮮は、昨年(2015年)5月、「水中から潜水艦発射弾道ミサイル発射に成功」と、今年(2016年)1月に、原爆の実験を「水爆実験成功」、2月には、「米国に届くミサイル実験が成功した」と報じた。金正恩第1書記(以下、「金正恩」と呼称)は、満面の笑顔で写真に写り、国営メディアで恫喝する映像を「これでもか」と言わんばかりに公開して吠えた。
3月7日から、米韓両国は、毎年恒例の合同軍事演習「キー・リゾルブ」、野外機動訓練「フォールイーグル」などを4月末まで、韓国各地で行った。今年の演習は韓国軍約29万人、沖縄駐留の海兵隊を含む米軍約1万5千人が参加する過去最大規模であった。韓国は例年の約1・5倍、米国は約2倍の規模で、米軍からは原子力空母、原子力潜水艦、ステルス戦闘機、ステルス戦略爆撃機など最新鋭兵器が多数投入された。さらに、米軍はイラク戦やアフガニスタン攻撃に投入された「敵の要人を暗殺する」特殊部隊の韓国上陸と「斬首作戦」を敢えて公表して、北朝鮮に心理的圧力をかけた。
金正恩は、米韓軍事演習の動向に敏感に反応し、「北朝鮮の最高幹部を狙った『斬首作戦』に投入される特殊部隊がわずかな動きでも見せれば、韓国の大統領府やアメリカ本土などへ先制の作戦遂行に入る」、「米国の先端兵器や特殊部隊の奇襲攻撃を無力化し自国を守る道は、断固たる先制攻撃だけだ」と挑発のトーンを高め威嚇した。
また、「攻撃命令が下されれば、ソウル市内の各統治機関を無慈悲に踏みつぶして進軍すべきだ」、「ソウルを無慈悲に破壊せよ」などと指示した。第1の攻撃対象として韓国大統領府を挙げ、次にアジア太平洋地域の米軍基地などへの攻撃も警告した。
最初の標的は「青瓦台(韓国大統領府)だ」「テロ能力をそこに結集せよ」と金正恩が工作機関に指示した、と伝えられている。韓国の朴槿恵大統領は、「金正恩」と呼び捨てにして怒りを示した。
北朝鮮は、米韓合同演習の時期になると、いつものように激しく非難する。最近では2013年に、かなり激しい威嚇をした。今年はそれを上回る最高に激しいものであった。確かに発言内容や映像を見ると、強烈な威嚇である。だが、注意深く観察すると、最後に金正恩の高笑いや、軍人が金正恩のところに集まって飛び跳ねて喜ぶ姿(やらせが見え見えだ)には、命をかけて戦争を仕掛けるぞという悲壮感は見えない。茶番劇の感覚を受ける。
とはいえ、北朝鮮は、核兵器や弾道ミサイル開発を継続し、着実に進化させていることは事実だ。米国防総省報道官も3月の記者会見で、軍が作戦策定などのために「北朝鮮がいずれ核小型化の能力を保持することを想定するのは当然のことだ」とした上で、現時点ではそうした兆候は認められないと述べていた。
前述のように、北朝鮮がミサイルやロケットなどの実験・実写映像を見せつけ、あるいは、ソウルを破壊せよなどと威嚇している状況において、①金正恩が「吠える」心理・真相を見抜き ②金正恩が「吠えなければならない」理由を分析し ③金正恩の意図を読み解き、この状況において北朝鮮は南侵をするのかを考察したい。
1.金正恩が「吠える」心理真相を見抜く
金正恩が吠える真相を見抜くために、大量破壊兵器と通常兵器の実験・実射について、区分して考察する。(1)大量破壊兵器実験の嘘
ア.潜水艦発射弾道ミサイル実験の嘘
北朝鮮国営メディアは、新たに開発した潜水艦から潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を水中から発射し、「実験は完全に成功した」と報じた。つまり、弾道ミサイルを潜水中の弾道ミサイル潜水艦から発射したというのだ。弾道ミサイルを水中から発射すれば、海上に現れたミサイルから水しぶきが落ちる。しかし、その様子を表した映像が一つもなかった。唯一の映像には、発射され上昇しているミサイルの隣に浮くタグボートが映し出されていた。港の岸壁に横付けされた新浦級と言われる弾道ミサイル潜水艦(弾道ミサイル1発分の発射筒)の隣に、発射時に使用されたと見られるバージ船(思い貨物などを運ぶ船)があった。これらのことから、タグボートがミサイルを搭載したバージを海上に運搬して、海上から打った可能性が高いと考える。海上から発射したのに海中から発射したように見せかけて報じたのだ。当時、視察していた金正恩の背後には潜水艦が浮上して写っていた。いかにもこの弾道ミサイルから発射したように見せかけたのだが、その潜水艦はロメオ級の通常型であり、弾道ミサイル発射実験用に改造された潜水艦ではなかった。各種情報から、新浦級弾道ミサイル潜水艦は現段階では、弾道ミサイルを発射できる技術レベルに至っていない。
この実験公表に対して、各国の軍事専門家は、北朝鮮のでっち上げを非難した。そこで北朝鮮は、水中の潜水艦から発射している映像を出した。すると専門家からそれは、米国の発射映像だと暴露された。
北朝鮮は、「弾道ミサイル潜水艦を保有していて、将来、この弾道ミサイル潜水艦から弾道ミサイルを米国に向けて発射する」と恐れさせたかったのだが、逆に北朝鮮のいろいろなトリックが発覚してしまった。
写真1 正恩の背後に写る潜水艦はロメオ級潜水艦に類似している 画像を見る
出典:「北朝鮮労働新聞(電子版)」2015年5月9日付
http://www.rodong.rep.kp/cn/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2015-05-09-0010&chAction=T
*金正恩が乗船している船は、北朝鮮海軍の大型艦艇ではなく、故金正日総書記が購入したとされる大型クルーザーのようだ。軍最高司令官が、重要なミサイル実験の際に軍艦ではなくてクルーザーに乗って視察とは、軍部隊を軽んじている遊び感覚としか思えない。
北朝鮮は2016年4月23日、再び潜水艦発射弾道ミサイルを発射し、その映像を公開した。今回の映像を分析すると、水中から発射してはいるが、潜水艦の発射口や蓋が見えないことから潜水艦からではない。今回、金正恩が港で出迎えた潜水艦は、形や性能面から旧ソ連製のZULU-Ⅳ級弾道ミサイル潜水艦(就役1956~1964年)にそっくりである。ロシアで廃艦になったものを購入したものと推定される。飛翔について、100kmまで上昇しなければならないところが30kmまでしか上昇できなかった。韓国国防省は、そのミサイルが成功しても300kmしか飛ばないし、潜水艦には1発しか搭載できないと発表している。中国SLBMのJL-2射程8000kmに比べてもあまりにも短すぎる。対艦ミサイルより射程が少し長い程度のもので、日本海の真ん中で発射しても日本に届かない。これでは、SLBMでなく対艦ミサイルと表現しても良い。米ロが保有しているSLBMとは全く異なるものであり、SLBMという用語に騙されてはいけない。
写真2 2016年4月23日発射SLBM
画像を見る
出典:北朝鮮労働新聞2014年4月25日付から抜粋
イ.北朝鮮の弾道ミサイル(テポドン2改)の射程1万3千kmの嘘
韓国国防相は2月7日、「北朝鮮が発射した弾道ミサイル(北朝鮮は衛星打ち上げロケットと発表)の射程が最大で1万3千kmに達する」との見方を示した。私は、北朝鮮の軍事技術からはあり得ないと考える。その理由は簡単だ。同じ液体燃料を使用するのであれば、ミサイルの大きさ(長さや直径)が変わらないのに、射程が倍に伸びることなどない。米国、ロシア、中国、インド、パキスタン、イランの弾道ミサイルを見ても、射程は大きさや長さに比例している。米国フロリダのケープケネディ発射場に、各国のミサイル一覧ポスターが販売されている。そのポスターを見ると、各国の弾道ミサイルが時代の変化とともに大型になって、射程も伸びているのがわかる。
韓国国防相が、何故このような数字を発表しているのかという疑問が生じる。これは、韓国軍が自軍にTHAADミサイル(戦域高高度ミサイル)を導入したいという思惑のために、「北朝鮮がより長射程で高高度を飛行するミサイルを開発した」と強調したかったのではないかと考える。
ウ.発射前、何故ミサイル本体を映し出さなかったのか
北朝鮮は、昨年、東倉里(トンチャンリ)基地のミサイル発射台を改修して、十数メートル高くした。改修した発射台からは、これまでのミサイルよりも大型のもの、すなわち米国まで届くミサイルを発射すると見られていた。
発射前、発射台が開閉可能なカバーで覆われていたために、どのようなミサイルが発射されるのか、分析できなかった。発射されると、韓国国防部は、「発射されたミサイルが射程1万3千kmで米国東海岸まで届く」と発表した。その後、日本の軍事分析家の方々は発射されたミサイルを見ていないにもかかわらず、韓国国防部の情報に引きずられて、マスメディアを通じて1万3千kmの射程で米本土のワシントンに届くと発言したために、その情報が駆け巡った。
私は北朝鮮ミサイル発射の情報が発信された時、大型ミサイル本体のエンジン燃焼実験を実施していないのに、何故、発射実験を実施したのか不思議に思っていた。さらに、ミサイル発射実験時に、ミサイル本体を隠さなければいけなかったのかについて大きな疑問を持った。北朝鮮は、日米韓を恫喝するために、米国に届くミサイルを見せつけたかったはずだ。それなのに何かで覆って見えないようにしたのは何故か。大きな理由が隠れていると考えざるを得なかった。
1万3千kmの情報が駆け巡った数日後、北朝鮮はミサイル発射時の映像を公開した。そこで、2012年12月の発射時の映像と今回のものを比較して見ると、大きさ(長さ・幅)が同じものだった。北朝鮮は大型のミサイルを製造し、実験して、それを今回36年ぶりの北朝鮮労働党大会の前に発射したかったはずだ。しかし、大型化はできなかった。もしも、金正恩の思惑通りに開発が進み、大型のミサイルであれば、これ見よがしに、衛星写真でミサイル本体を見せたはずだ。しかし、それをしなかったのは、前回と同様のテポドン2の改良型では、金正恩執政時の成果とはならないからだ。「新型で大型のミサイルではない」、このバツの悪さを隠したかったと考える。
エ.2016年1月6日の実験は、水爆実験なのか
核兵器の脅威を実力以上に大きく見せている。
1月6日に、金正恩の命令により最初の水爆実験を実施し、「水爆実験に成功した」と国営メディアは伝えた。各国も、北東部にある豊渓里(プンゲリ)核実験場周辺でマグニチュード5前後の揺れを確認した。
ところが、米国、中国、ロシア、日本などから、爆発の規模やこれまでの北朝鮮の開発経緯、米ロの水爆開発経緯との比較などから、「水爆実験」ではないとの見方が噴出した。
水素爆弾の前段階であるブースト型核分離爆弾の実験とすればどうなのか。ブースト爆弾は、通常の原爆よりも数倍の威力がある。前回と今回の爆破威力を比較すると、前回の原爆実験が約6~7ktで、今回は6kt程度のほぼ同じ規模であることから、ブースト爆弾ではなく、通常の原爆の可能性が高いと評価してよいだろう。
とはいえ、核実験を重ねるごとに、北朝鮮の核兵器の脅威が増加していることは事実だ。金正恩は「核物質をどんどん生産し、小型化した核兵器とその運搬手段をさらに多くつくるだけでなく、既に実戦配備した核攻撃手段も不断に更新するべきだ」と述べ、核・ミサイル開発を進める方針をあらためて主張した。
写真3 小型化された核弾頭の模型とKN-08弾道ミサイル
画像を見る
出典:「朝鮮中央通信」2016年3月9日付
米韓は、北朝鮮が核実験を重ねて核の小型化技術を進歩させているものの、ミサイルに搭載できるほどの小型化には成功していないとみている。韓国国防省も3月9日、北朝鮮は「小型化された核弾頭と弾道ミサイルKN-08の実戦能力は確保できていない」との見方を示した。
米韓日を脅すのであれば、実物を見せれば効果満点であるはずなのだが、おもちゃのような模型を見せて、小型化された本物があると言わんばかりであった。だが、金正恩から「早く完成せよ」と言われてはいるが、「まだ完成していない、当分完成できない」ために、やむを得ず模型を出して、米韓日をなんとか騙したかった。いや、軍技術者達は、これで金正恩を騙したかったのかもしれない。
- 一般社団法人日本戦略研究フォーラム
- 外交安全保障を主軸としたシンクタンク



