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地震の「常識」をことごとく覆した熊本地震 - 柴田鉄治

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北朝鮮の報じ方が、ちょっぴり変わった?

 北朝鮮は、4月に入ってからも中距離弾道ミサイル「ムスダン」の発射を何回も試みて失敗したり、潜水艦からのミサイルを発射させたり、相変わらずの人騒がせなことである。5月に36年ぶりという党大会を開くのを目指して、相次ぐミサイルの発射は国威発揚のためだろうが、失敗続きでは国威の発揚になっているのかどうか。
 それより国連の発表によると、北朝鮮のコメなどの食糧生産量が前年より落ちているということだから、国民の飢えが心配だ。軍事費を削って食糧に回せばいいのに、思うのだが……。

 北朝鮮についての報道といえば、ロケットなどの軍事パレードと正装の女性アナウンサーの甲高い声の声明発表の画像が思い浮かぶほど、画一化されたものばかりという印象だったが、最近になってやっと、おや? と思わせる報道が出てきた。
 4月24日のフジテレビ「新報道2001」の「金正恩体制で何が…」という現地報告は、なかなか中身のあるものだった。北朝鮮が大嫌いな産経新聞系列のテレビ局とは思えない内容だったと言ったら失礼かもしれないが…。

 また、4月26日の朝日新聞のオピニオンのページ、「北朝鮮と向き合う」での元公安調査庁第2部長、坂井隆氏と関西学院大学教授、平岩俊司氏の対談も、いつもとは違って中身の濃いものだった。国際面の連載「北朝鮮を読む」もよかった。メディアたるもの、これが当然で、いつもワンパターンでは困るのだ。

 ついでに付言すると、拉致被害者家族会の事務局長だった蓮池透氏の著書『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)は、北朝鮮と日本とのゆがんだ関係や拉致被害者を利用しようとする人たちの姿を描いてなかなか読ませる本だ。この本で批判された中山恭子・元拉致問題担当相(現・日本のこころを大切にする党代表)が、国会で「蓮池透氏は北朝鮮の工作員に利用されているのではないか」と質問したほどだから、かなり気にしているのだろう。
 北朝鮮は5月6日から始まった36年ぶりという党大会を機に世界中から記者団を招き、日本からも大勢出かけたので、一時、北朝鮮報道がメディアにあふれた。ところが、北朝鮮は肝心の党大会を記者団に見せなかったのだ。これでは宣伝効果はないどころか、むしろ逆効果であろう。

水俣病60周年、チェルノブイリ30周年

 4月26日はチェルノブイリ原発事故から30周年、5月1日は水俣病の公式発見から60周年だった。メディアは、それぞれ特集を組んでその後の経過を詳しく報じた。
 水俣病も原発事故も、科学技術の産み出した「負の遺産」だ。そしてどちらも、科学報道の失敗の歴史でもある。

 水俣病は1956年5月1日にチッソ附属病院から奇病患者の多発が保健所に届けられ、熊本大学医学部が総力を挙げて究明した結果、59年、工場排水から魚介類を介しての有機水銀が原因であると発表し、厚生省の食品衛生調査会もそう答申した。そこまでは、やや時間がかかったとはいえ、まずまずの経緯だった。

 ところが、チッソに加担した通産省が、御用学者に「水銀ではない」という論文を書かせ、学界が対立しているのだからと厚生省を抑え込んで、それから9年間、公式発見から12年間も工場排水の垂れ流しを放置したままにしたのである。
 後知恵ではあるが、科学記者が熊本大学の研究結果と御用学者の論文を比較してみれば、すぐ見破れる経過だったのに、科学記者が公害に関心を持たず、メディアのチェックがまったく機能しなかったケースだったのだ。
 チェルノブイリ原発事故のほうも、当時の日本の原子力関係者、いわるる「原子力ムラ」の人たちが「炉型も違うし、日本ではあんな事故は起こらない」と口をそろえて言うのを、科学記者たちもそのまま信じ、同じように受け取ってしまったのである。

 チェルノブイリ事故は、原発がいったん大事故を起こすと、その処理は30年どころか100年も200年も続くことを示しており、福島事故の今後を考える際の例示となっている。
 福島事故から5年、日本のメディアは原発の再稼働をめぐって二極分化しているが、チェルノブイリの教訓をまだ、しっかりと受け止めていないのかもしれない。科学ジャーナリストの役割は、科学者・技術者とは違って、科学技術の負の面を指摘し、警鐘を鳴らしていくことだ。科学報道の発足したころの「科学をやさしく解説する役割」にいまだにこだわっている人もいるようだが、それはほんの一面で、科学ジャーナリズムの使命はやはり社会に対するチェック機能なのである。

憲法記念日、今年の報道はひときわ多彩に

 5月3日は憲法記念日。69周年と半端な年なのに、安倍首相が「私の任期中に憲法改正をやりたい」と宣言し、夏の参院選で3分の2をとれば、改憲に走り出そうとしているときだけに、今年のメディアは、ひときわ多彩に憲法特集を組んだ。
 よく言われることだが、日本国憲法ほど世界のなかで特異な存在はない。制定以来70年間、一度も改定されたことがなく、ドイツの60回、フランスの24回、米国の18回などと比べても際立っている。

 それほど国民の支持が高いのかというと、そうではなく、国論は真っ二つで、しかも与党が改憲派、野党が護憲派という常識とは逆のねじれ状態なのだ。
 一方、メディアのほうは、91年の湾岸戦争で改憲派の読売・産経新聞と護憲派の朝日・毎日新聞と二極分化し、94年に読売新聞が改憲案を発表し、95年に朝日新聞が護憲大社説を発表して「読売・朝日の憲法対決」の時代に入り、そのままの状況が続いている。
 こうした歴史的な背景を考えながら、5月3日の読売新聞と朝日新聞の社説を比べてみると興味深い。読売は「改正へ立憲主義を体現しよう――『緊急事態』を優先的に論じたい」と題して、本命の9条ではなく、緊急事態に対応するところから改憲していこうと提案している。

 それに対して朝日新聞の社説は「個人と国家と憲法と――歴史の後戻りはさせない」と題して、国家を前面にせり出そうとする自民党の改憲案を厳しく批判し、歴史を後戻りさせてはならないと論じている。
 憲法特集の内容も対照的だ。朝日新聞は世論調査の結果を中心に、憲法を「変える必要はない」が昨年の48%から55%に増え、「変える必要がある」が43%から37%に減ったこと、9条についても「変えない方がよい」が63%から68%へ、「変える方がよい」が29%から27%へ、国民の意識とその動いている方向を報じた。

 それに対して読売の特集には世論調査の結果はなく、各政党の見解や9条の改憲の必要性を論じた解説記事などで2ページを埋めている。
 改憲派の読売は、世論調査で9条の賛否を問うと、反対が多いことに困って、2002年から3択方式に変えた。答えを①現行通り解釈と運用で対応する②解釈と運用では無理があるので改憲する③9条を厳密に守り、解釈や運用では対応しない、の3つから選ばせる方式だ。

 3択方式に変えた当時は、読売の思惑通り②が一番多かったが、その後変わってきて、今年2月の世論調査では①38%②35%③23%となった。9条を厳密に守るというのは自衛隊を災害救助隊にするようなことだが、①と③が増え、足すと61%が9条は変えるなという意見なのである。
 NHKの5月3日の憲法記念日特集「憲法70年 9党代表に問う」の2時間番組もなかなかよかった。その中で紹介された世論調査の結果は、「憲法改正の必要がある」27%、「必要がない」31%、「どちらともいえない」38%で、「必要がない」がこの4年間で急速に増えていったことを紹介した。

 世論調査は実施主体によって結果が違うことも珍しくないが、それにしてもNHKの調査はなぜ「どちらともいえない」が極端に多くなるのだろうか。
 また、4日の紙面で、東京で開かれた護憲派の集会(主催者発表5万人)と改憲派の集会(主催者発表1100人)を、護憲派の朝日新聞がまったく平等に両論併記で扱い、護憲派集会の写真も載せなかったことに驚いた。いまだに「中立、中立」と委縮したままなのである。

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