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「私」的怨念が、「公」的空間に暴れ出る

昨夜の生放送は楽しかったし、発見も大きかった。
一番良かったのは、泉美さんがSNSというのは、ツイッターにしろ、フェイスブックにせよ、閉ざされた「私」的空間になりやすく、私情、怨嗟、陰口が渦巻いてしまうということを指摘してくれたことだ。

そうなのだ。SNSは「私」的なつぶやきであり、「私」的な恨みつらみのはけ口であったり、「私」的な承認願望の底なし沼だったりする。

その「私」的な感情をそれなりの人数が集まって、共有しあうから、まるでその「私」的な呪詛の念が市民権を得たように勘ちがいしてしまうのだ。

しかも、その「私」的空間では、過激なことを言う者に引きずられていく傾向がある。
SNS内で「朝鮮人は死ね」などというところまでエスカレートしてしまった言動が、市民権を得たと勘違いしてしまった連中が、「公」的空間に暴れ出てしまったのが、ヘイトスピーチなのである。

同様にSNS内で市民権を得たと思い込んだ「男を呪う」言葉が、「公」的空間に暴れ出てしまったのが、熊本地震の最中の「生理用品を軽んじる男への怒り」のバッシングである。

その際の根拠になった「生理用品を拒否したボランティア」というデマがどこから発生したかということまで、泉美さんが見事に突き止めてくれていた。
そんなボランティアがいるはずないという「常識」的な感覚が怨念の暴走の前には消滅してしまう。
関東大震災の際に、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマで、自警団が暴走してしまったのと似ている。

SNSの閉鎖空間では、「私」的な怨念が市民権を得たと勘違いされ、ついには「公」的空間に暴れ出てしまう。
これが真相だろう。泉美さんは、この現象を連合赤軍に例え、「連合生理軍」と名付けていたが、言い得て妙だ。

SNSの「私」情を、「公」論と勘ちがいする愚かさは、自称保守の論壇誌でも頻繁に起こっている。
自称保守論壇誌が、なるべく刺激的なタイトルや煽り文句を付けるうちに、言論人の主張が過激化していく。
自称保守論壇誌はそもそもネトウヨ読者をも、商売相手として承認しているから、過激な主張の方がウケを取りやすい。
その言論世間も、似た考えの持ち主が集まった閉鎖空間なので、西尾幹二の事実誤認やデマだらけのバッシング記事に、刺激を感じる読者(実は皇室に関して無知)の好評を得て、商売になったりする。

西尾の「私」的な怨念が、雑誌内で市民権を得たと勘違いし、編集長もトップ記事扱いにして、「公」共空間に流出させてしまうから、本気で皇室を敬愛している者の目に触れると、怒りの鉄槌が下ってしまうのだ。

SNSから自称保守論壇誌まで、「公私混同」なのである。
何が「私」で、なにが「公」なのか、分からなくなってしまっている。
我々は「常識」と「国語力」で、「私的怨念」の暴走を抑止しなければならない。

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