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文系学部廃止 瑣末な議論は終わりにしよう 『「文系学部廃止」の衝撃』吉見俊哉東京大学大学院教授インタビュー - 本多カツヒロ

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ーー人文社会科学者の中ではどんな人達が、どんなことを考えていくのでしょうか?

吉見 ドイツの新カント派がこの問題を焦点化していきますが、その代表的な人物がマックス・ウェーバーです。彼は社会科学にとって最も重要な概念が「価値」であると考えました。また、価値に注目した彼は、合理性には2つあると考えました。それは目的合理性と価値合理性です。彼の古典『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』では、ピューリタンにとって勤勉に働くこと自体が神への奉仕であり、お金を儲けるために働くのではない、つまり、これは価値合理性ですね。しかし、ピューリタンは贅沢や豪遊を良としないのでお金は貯まり、それを投資に使っていきます。投資が重なることで経済が発展し、資本主義を拡げていく。そして資本主義がシステムとしてまわりはじめると「価値合理性」が見失われ、目的に対して手段と追求しつづける「目的合理性」が社会を覆っていきます。

 20世紀の人文社会科学ではこの種の議論は批判もされていきます。ウェバーは価値を強調しましたが、それに対してマルクス主義は階級のほうが重要だと主張しましたし、フーコーを始めとする構造主義では構造が重要だという議論をします。こうして人文社会科学が考えてきたことは多様ですが、自然科学的な合理性に対し、自明な価値を批判し、新しい複数の価値軸を考える点では一貫しているのです。

 つまり、目的は自明ではないし、階級も、構造も、私たちを無意識のレベルから呪縛している。しかし、その自明性の呪縛から解き放たれるには、創造力を培うことが必要で、それには価値に照準した文系的な知が必要だということはウェバー以来繰り返し論じられてきたことです。決してそれは、ここ2年~3年、あるいは国立大学法人化以降の議論ではないのです。こうした長いスパンの歴史的なビジョンが去年の夏の文系学部論争では著しく欠けていたと思います。

ーー翻って、現状では理系も含め大学を取り巻く状況は厳しいです。現状をどうお考えですか?

吉見 日本は大学の数を増やしすぎてしまいました。終戦直後の1945年には48校しかなかったのが、今では800校近くあります。80年代後半には18歳人口は減り始めたにも関わらず、規制緩和の流れで増やし続けたことは致命的でした。

 さらに悪いことに、志願者を獲得しようとした各大学は手を変え品を変え、新商品にラベルを貼るように学部名称をコロコロと変えていった。90年頃まで学部名称の数は97種類だったのが、現在では464種類、まさにカンブリア的大爆発です。

 この2つに加え、大学院重点化政策のために大学院生の定員を増やした。しかし、社会は変化していないわけですから、大学院生の数だけ増やし、学生が修士号や博士号を取得してもその後のキャリアパスが開けません。そうした先輩たちを見ていた後輩世代は、優秀な学生ほど大学院へ進学しなくなります。しかし、大学院は定員を充足させようとしますから、さらに入学しやすくなる。そうなると、学部の4年生より、大学院の1年生のほうが学力が低いといった現象も生じます。ますます日本の大学院は世界で評価されなくなりますし、学部も含めた大学全体の質が劣化していったのがここ15年の状況です。

ーーこうした状況に対し、吉見先生は今後大学をどう変革していくべきだと考えていますか?

吉見 この本の後半では、まさにそのビジョンを示しました。まず、1人の学生が1つの学部に所属する仕組みを止め、1人の学生は基本的に2つの専門分野を学ぶダブルメジャーを採用すべきです。これは、アメリカの大学では当たり前で、主専攻と副専攻を必ず取ります。たとえば、ある学生は法学部と工学部、文学部と農学部に所属するといったように。そうした仕組みが当たり前にならないとイノベーティブな知は生まれてきません。

 これは前半にお話した役に立つ、立たないと関係していて、文系が役に立つと主張しましたが、理系が役に立たないとは一言も言っていません。文系、理系にそれぞれの役立ち方があり、それを組み合わせれば強力なわけです。たとえば、コンピュータサイエンスを専攻している学生が、副専攻で法学部の知的財産権についての勉強をする。あるいは、医学を主専攻にしている学生が、副専攻で哲学や倫理について勉強し、人間とは何であるかを知れば良い。しかしこれは理系的な知と教養知を学ぶということではなく、大学の仕組みとして理系的な知と文系的な知を有機的に組み合わせる仕組みを日本の大学に作るということです。

ーー他にも考えていることはありますか?

吉見 人生で3回大学に行く。日本では大学に進学した場合、小中高校、大学、そして就職があります。高校と大学の間には入試という壁があり、大学から社会人の間にも就活という2つの壁があります。若い人が入試や就活のことだけを考えて若い時代を送るのは貧しいと思うのですよ。今の仕組みでは大学は通過儀礼のようになっていて、入試と就活の壁を越えれば大学在学中はどうでもいいとなってしまっている。それでは大学の意味がなくなってしまうので、2つの壁を低くし、大学へいつでも入れるようにし、学んだことがキャリアの転換点となるようにする。

 そのことを可能にするにはまず成績を厳密な基準のもとにコントロールし、単位取得を難しくすべきです。そうなると一つひとつの科目がハードになりますから、学生が取得しなければならない科目数を大幅に減らす。また科目と科目をどう組み合わせれば学生が得たい能力に結びつくかを大学側がサポートする仕組みも必要です。こうしたことが出来るようになると、学生が大学でどんなことを学び、どんな評価を得たかが可視化され、社会と大学の関係も変わってきます。

 やがて、大学はただの通過儀礼ではなくなりますから、人生でいつ大学に入っても良くなる。たとえば、1回目は18歳で、社会に出て色々と経験し30代前半で2回目の入学をする。そして3回目は60前後。定年が見えてくる頃に、何か事を成したい人に大学で再び必死に学んでもう一花咲かせるチャンスを与える。日本では欧米の大学に比べ社会人学生の数が圧倒的に少ないし、そうやって3回大学に入るのが一般化すれば、800校は救えないかもしれませんが、多くの大学の経営的な支えになります。なにより、社会が大学での学びを評価するようになると思いますね。

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