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日本がこれから経験する 超格差の中での民主主義 フィリピン大統領選インタビュー/日下渉 名古屋大学大学院准教授 - 野嶋 剛 (ジャーナリスト)

 フィリピンでは、現職のベニグノ・アキノ大統領の任期満了に伴う大統領選の投票が9日に行われる。激戦が続いており、目下のところ、アキノ大統領の後継指名を受けたマヌエル・ロハス前内務自治大臣、有名俳優のフェルナンド・ポー・ジュニアの娘であるグレース・ポー上院議員(47)、元マカティ市長のジェジョマル・ビナイ副大統領(73)、そして、南部・ミンダナオのダバオ市長のロドリゴ・ドゥテルテ氏(71)が競っている状況だが、ダークホースのドゥテルテ氏が頭一つリードし、ポー上院議員が追いかける展開になっている。今回の大統領選について、フィリピン政治に詳しい日下渉・名古屋大学大学院准教授に話を聞いた。

野嶋 今回の選挙のこれまでの展開をどう読み解きますでしょうか。

日下 今回の面白さは従来の階層による分析が効かないところです。フィリピンは一部のお金持ち、2〜3割の中間層、そして残りは貧困層だとされています。近年の選挙では、多数を占める貧困層向けに貧困の解決を訴えるポピュリズムが人気を集めてきました。エストラダ元大統領は、1998年大統領選で「貧者のための政治」を訴えて地滑り的勝利をしました。今回の候補者になっているポーの父親フェルナンド・ポー・ジュニアも2004年の大統領選で、「すべての食卓に三度のご飯を」と主張して、あともうちょっとで政権が取れるところまで行きました。10年大統領選挙でも、貧者に優しい政治を主張した二人の候補の得票数は、当選したアキノよりも多かったのです。

 今回の選挙の候補者のなかで、貧困問題を最も語っているのはビナイです。彼自身が貧しい生まれだとして、貧困層へのサービスを強調します。1986年の民主化以来、ビジネスの中心マカティ市の市政を牛耳り、豊富な税収をもとに教育と医療の無料化、高齢者福祉の充実などの実績を挙げました。大統領になって全国でも同じことを実施すると主張しています。月収3万ペソ以下の中低所得層への所得税をなくすとも言っています。

 ビナイの主張はポピュリズム的なものです。しかし、今回ビナイの支持はマニラ首都圏を越えて伸びていません。アキノ政権が政敵であるビナイの腐敗疑惑を執拗に追及したからだけではなく、「貧者を助ける」というアピールが貧困層から飽きられているからなのかも知れません。

野嶋 今回の選挙で格差問題、貧困問題はイシューではない、ということでしょうか。

日下 実際、フィリピンではまだまだ格差はすごいし、貧困への不満はあります。しかし、その不満を受け止めるものが、従来のポピュリズムではなくなっているのです。また、ポピュリストは既存の権力構造にいないから変革が可能だと期待されます。しかし、ビナイはずっと86年から政治の表舞台にいた人であって、フレッシュさがないのです。

野嶋 そこでポーとドゥテルテが抜け出したのですね。

日下 ポーは中間層にも貧困層にも受ける人です。ポーの人生は、テレビドラマのようにドラマチックです。生後まもなく教会に置き去りにされ、実の両親も知りません。国民的映画俳優のフェルナンド・ポー・ジュニアとスーサン・ロセスの夫婦に養子として育てられ、フィリピン大学とアメリカの大学を卒業しました。長らくアメリカで暮らしており、政治の世界に入ったのは2010年からです。そのため、腐敗に巻き込まれていないフレッシュなイメージが人気の元です。

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日下氏プロフィール:フィリピン政治を研究。国立フィリピン大学研究員、京都大学人文科学研究所助教などを経て現職。著書に『反市民の政治学—フィリピンの民主主義と道徳』(大平正芳記念賞・ジェトロ発展途上国研究奨励賞)

 ただし、大統領選挙への出馬を表明すると、出生の問題からフィリピン国籍がなく、出馬資格がないのではないかと裁判で争われました。「孤児だから国籍がなく、出馬資格がない」という批判は、貧困層に同情される部分があります。貧困層は役所で出生届など様々な書類に不備があるとして、社会保障を受けられない、旅券が取れない、各種行政サービスが受けられないといった苦労を日々経験しているからです。また、ポーの人生は一種の殉教者として解釈され、人びとの共感を呼んだ点もあるかもしれません。最高裁の判決で候補者資格が認められましたが、そのプロセスは、パリサイ人に無実の罪で訴えられたキリストの受難、死、復活に重なる部分があります。なんといっても、フィリピンは、キリスト教徒は9割、カトリックが84%の国だからです。

 最新の世論調査でトップに躍り出たドゥテルテは、ダバオ市の犯罪対策で強面のイメージがあり、歯に衣きせぬ率直な物言いで騒動を巻き起こしますが、下世話なジョークもうまく、人間味に溢れた魅力的な人物にみえます。南部の出身で、とりわけミンダナオ、ビサヤ地域では、圧倒的な人気を誇っています。ドゥテルテは「鉄拳」による犯罪と汚職の撲滅、麻薬の徹底的な取締りを掲げています。アンチクライムで有言実行、腐敗した警官も役人も許さない、「民衆を苦しめる悪い奴らは皆殺しにしてやる」というのが彼の主張です。実際、彼はダバオ市で犯罪対策を厳しくすると同時に、警官の給料をあげて運転手から賄賂を取らないようにしたといいます。そのため、マニラでもタクシーに乗ると、ほとんどの運転手は彼の支持者です。ただし、ダバオで治安部局による超法規的な殺人に加担したとして国内外の人権団体から批判もされています。

 ドゥテルテのイメージは「優しい権威主義者」ですが、それを求める傾向は、もともと中間層や華人系のビジネスマンに多かったです。フィリピンを発展させるためには、マハティールやリー・クアンユーのように厳格な規律で統治する強いリーダーが必要だというのです。実際、富裕・中間層にもドゥテルテの支持が広がっております。たしかにアキノ政権の改革主義は着実に成果を上げてきましたが、複雑な社会問題の改革には時間がかかります。そうしたなか、年々悪化する劣悪な交通渋滞、非効率な役所仕事、治安への不安といった日々のストレスにもう耐えられない、強いリーダーによってフィリピン社会の問題を一気呵成に徹底的に変革してもらいたいという期待が広がっているのです。しかも、貧困層までもが彼の言う規律による犯罪の撲滅を支持するようになっています。スラムの子供たちがヒップポップでドゥテルテの応援歌を歌ったり、麻薬を常習している若者まで「フィリピンには規律が必要だ」と言ってドゥテルテを支持しています。スラムでは「俺たちが期待しているのは独裁者だ」といった声さえ聞こえてきます。

野嶋 フィリピンの好調な経済で、貧者に優しいポピュリズムが求められなくなったのでしょうか。

日下 確かに経済成長は続いていますが、貧困層がポピュリズムを必要としないほど豊かになったかといえば、そうではありません。ただ、医療や教育や食料を貧困層にばらまくという従来のポピュリズムがマンネリ化してきている。むしろ貧困層の間でも、法治主義も含めてエリートの作ってきた国家と社会の仕組みそのもの、そして自分たちの生活そのものを、厳しくも優しい父権的な規律によって変革したいという希望が強まっているように思います。

 フィリピンは若い国です。若い有権者がインターネットをつかって勝手にキャンペーン・ソングやポスターをつくってSNSで盛り上がります。携帯やネットで発信するスタイルです。そうした選挙運動を貧困層もやる。国民参加型の選挙です。候補者を揶揄するパロディもたくさんつくる。そこで叩かれているのがロハスで、盛り上がっているのがドゥテルテなのです。

野嶋 アキノ大統領はどうしてうまく6年間を乗り切れたのでしょうか。

日下 高木佑輔氏(政策研究大学大学院)が最近の研究で強調しているように、アキノ政権が順調だった一因はブレーンがよかったからです。アキノのもとに改革志向の知識人が集結しました。彼らの共通点は、もともと反マルコス闘争をやった社会運動の人々です。母のコラソン・アキノ政権で彼らはまだ若く、軍のクーデターで政府から追い出されるなどして、必ずしも改革を実施できませんでした。しかし、あれから20数年、政官財学さまざまな分野で経験を積んだ改革主義者が、アキノ政権で改めて政策の主導権を握りました。

 そして彼らが、教育、税制、健康保険、人口対策、反腐敗などの改革を断行したのです。もし昨年のうちに、アキノがロハスの後継指名を諦めて、ポーを与党に迎え入れていれば、彼らが次政権でも改革を継続できる可能性が高まりました。しかし、アキノは前回の選挙で自らに大統領候補の座を譲ったロハスへの恩義を優先してしまったので、アキノ政権の改革路線が継続されるかは不透明です。

野嶋 フィリピンの民主主義は、遅れているのか、進んでいるのか、分かりにくいところがあります。

日下 フィリピンは圧倒的な格差社会で民主主義を実行しています。それは日本がこれから経験する世界です。経済的にネオリベの政策を取りながら、民主主義をやる。これはつまり莫大な格差を作りながら、平等の原則に基づく政治を続けるということにほかなりません。タイの民主主義はそれで破綻してしまいました。格差社会になるとどうしても人びとの不満や怨嗟に訴えるルサンチマンの政治が強まり、それに乗じる政治家も増えてくる。日本でもすでに始まっている現象だと思います。そんな問題に、フィリピンはずっと試行錯誤しながら取り組んできました。フィリピンは現代の民主主義の課題を良くも悪くも先取りして経験している「先進国」なのです。

 ピープル・パワーの意味も変わってきました。1986年の「ピープル・パワー1」では、民主主義の名のもとに連帯した国民が、超憲法的なデモでマルコス権威主義体制を打倒しました。でも、2001年にはエストラダを退陣させた中間層の「ピープル・パワー2」と、彼を大統領に戻そうした貧困層の「ピープル・パワー3」が連続して発動され、大変な混乱が生じました。その後、タイのこともありましたし、これ以上、デモで大統領を変えるとぐちゃぐちゃになってしまうというのが痛感されました。そのため、アロヨ政権の時には、国軍の改革派が何度もクーデター未遂事件を起こして、ピープル・パワーを呼びかけましたが、大きな運動にはつながらなかったのです。ただし、より良い政治を求めるピープル・パワーの精神が死んだわけではありません。 

 2010年大統領選挙におけるアキノの地滑り的な勝利は、投票によるピープル・パワーの勝利だと語られました。それまで制度と対立する形であったピープル・パワーが、制度内での改革を志向するようになったのです。その意味ではフィリピンの民主主義は成熟していると言えます。また、ピープル・パワーはマルコスやアロヨのような「国民の敵」がいないと発動できないので、今回はそうした局面にはならないでしょう。

野嶋 今回の選挙で決定的な要素になるのは何でしょうか。

日下 フィリピンでは、大量の政治家による党籍変更が繰り返されるので、政党を追っても動向は分かりません。また、具体的な政策もそれほど語られません。むしろ、候補者がフィリピンの現状を変革するためとして語る「道徳の言葉」が決定的に重要です。道徳の言葉が有権者に受けると、世論調査で支持率があがり、勝ち馬に乗ろうとする企業の献金と地方政治家の支持が集まります。言葉が支持率をつくり、支持率が組織と資金をつくるのです。

 たとえば、ロハスはアキノを引き継いで、腐敗をなくす「誠実な道」(Matuwid na Daan)を語ります。ポーは「有能で優しい」(Galing at Puso)、ビナイは「ビナイがいれば生活が良くなる」(Ganda Ang Buhay kay Binay)、ドゥテルテは「大胆不敵で、困難な人に寄り添う」(Matapang at Malasakit)です。善悪で政治を語り、腐敗・貧困・犯罪といった人びとを苦しめる「悪」を攻撃し、新しいフィリピンの姿を描き、それに共感する「われわれ」という仲間を作っていく。その点で、ドゥテルテが今のところ最も成功しています。

 ただし、社会を善悪に分ける道徳の政治は、悪しき敵の排除を訴えるルサンチマンの政治に助長して、社会を分断し、複雑な問題を少しずつ改善していく改革主義に背反します。格差の拡大、既成政党やエリートへの不満、インターネットを通じたイメージの氾濫などを背景に、こうした現象はフィリピン以外でもますます広がっていくでしょう。その意味で、フィリピンは良くも悪くも現代民主主義のトップランナーで、世界中がフィリピン化していると言うこともできるでしょう。

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